ボソッとデレる女勇者のクレハさん 〜俺は魔王の側近で嫌われているはずなのに、チラチラ俺を見てくるんですがそれは〜
「悪魔ジェイド! 今日こそ貴様の首はもらい受けるぞ!」
威勢の良い声を発した女勇者が、裂帛の気合を込めて俺に剣の切っ先を向けた。
あいつだけじゃない。
他にも三人、バラバラの位置で戦闘の構えを取っている。
あれこそ、俗にいう勇者パーティー……
俺を殺しにきた人間どもだ。
★
俺の名はジェイド。
人間からは《悪魔ジェイド》と呼ばれている。
見た目は人間とほぼ変わらないのに、悪魔とは悲しいよなぁ。
きっと、俺がいままでに多くの人間を追い返したからこそついた名前だろう。
まぁ、俺も好きで人の邪魔をしているわけじゃない。
生まれたときから、この役目だったから……
魔王の側近として、それが任務だったから……
ただ、それだけのことだ。
そして今日も、俺が守護するダンジョン《ボックスガーデン》にて、勇者パーティーたちと戦うところだった。
「さあ悪魔ジェイド、さっさと構えろ! 今度は負けぬぞ!」
……はぁ、あの女勇者、可愛いなぁ。
銀髪のショートカットに、ちょっとだけ幼さの残る顔つき。瞳は翡翠色に透き通っており、思わずずっと見入ってしまうような――そんな魅力を秘めている。
あと、胸もでかい。ここ重要。
「……一度でいいから、俺も味わってみたかったよ。人の温もりってやつを」
「はぁ? なにを言っているんだ!」
よく聞き取れなかったのか、女勇者が大声を張り上げる。
威勢だけはめちゃめちゃ良いが、さっきから足が震えっぱなしで目線も覚束ない。
まだ幼いだろうに、「剣の才能があったから」という理由だけで勇者を務めてるんだろうなぁ。その様子がありありと伝わってくるよ。
正直、人間は弱い。
あの女勇者を蹴散らすくらいは容易だろう。
だけど……もうどうでもいい。どうでもいいんだ。
「ああ……わかったよ。かかってくるがいい」
俺は中腰になると、戦闘の構えを取るフリをする。
――こんなこと知られたら、きっと魔王様に叱られるだろうけど。
でもいいんだ。
こんな損な役回り、もうやりたくもないし。
「うおおおおおおおおおっ!」
勢いよく突進してきた女勇者の剣が。
俺の右胸を、あっさり貫いた。
「なっ……!」
このことに一番驚いていたのは、当の女勇者だった。
「なんだ貴様! なぜ避けなかった⁉」
「はは……おかしなことを言う。避けてほしかったのか?」
「い、いや、そういうわけでは……」
ああ……死ぬ。
痛いなぁ。
視界がぼやけるし、足がガクガク震えて、もう立つことさえままならない。
そんななかにあって、女勇者の可憐な顔はひときわ美しく見えた。
自分の死よりも、この子のことを考えてしまうなんて。
ひょっとしたら、俺は死ぬ間際で初めて知ったのかもしれない。
――恋っていうやつを。
「好きだ。人間の女……」
「ふえっ⁉」
俺の意識が途切れるその寸前で。
女勇者が、初めて素の声を出したのが聞こえた。
★
悪魔と呼ばれる俺でも、人を殺したことはない。
あくまで追い返しただけだ。
人殺しになんか興味はないし、逆恨みで殺されても構わない。
究極的には、すべてのものに興味を持てないのかもしれないな。
その徹底した無関心が、人によっては恐ろしく思えたんだろう。
ああ――せめて、死後くらいは天国に行けるだろうか。
少なくとも地獄には行きたくない……
「んお……?」
しかしながら目を覚ましたとき、俺は天国でも地獄でもない場所にいた。
ここは……どこだ?
少なくともダンジョンのなかではない。俺はふかふかのベッドの上で寝かされていて、窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。部屋にはゴミひとつ落ちておらず、ダンジョン特有の腐敗臭もない。
「あ……起きたようね」
「なに……⁉」
後ろから聞こえた声に、俺は思いっきり上半身を起こした。
なんだ。誰かここにいるのか……⁉
「ふむ……。その反応……治療は良好みたいね」
「な……」
馬鹿な。
誰かと思えば……さっきの女勇者じゃないか。椅子の背もたれを前側にして座っている。
俺の記憶では銀の甲冑をまとっていた気がするが、いまはそれもない。
白いワンピース、ってやつだろうか。
さっきの勇猛な剣士ではなく、ひとりの可憐な少女がそこにいた。
「あ、暴れようと思っても無駄よ。両腕に魔力封じのリング嵌めてるし……きっと、思うように力を出せないはずよ」
「……なんだそれは。フリか?」
「へ?」
あまりに盛大なフリをつけられたので、俺はなんとなく両腕に力を込めてみせた。
「あ」
パリン、と。
あまりにも呆気なく、女勇者の自慢するリングがぶっ壊れた。
「な、なななななななな!」
途端、女勇者が血相を変えて立ち上がった。
「なんで壊すのよ! っていうか、なんで壊せるのよ!」
「いや、なんとなく」
「なんとなく⁉」
女勇者は慌てたように床にあった剣を拾い上げるが、俺は降参の意を込めて両腕を上げる。
「……冗談だ。別に危害を加えるつもりはない」
「本当ね……?」
「ああ。不審に思うならまた剣振ってみろよ。俺は避けないから」
「…………」
女勇者はなおも逡巡したように視線をさまよわせていたが。
すこしは警戒を解いてくれたらしいな。
とりあえず、構えだけは解除してくれた。
……っていうか、訳わからんな。
そんなに俺を警戒するなら、さっさと殺しちまえばよかったのに。
「俺の治療は、おまえがやったのか?」
「ち、ちちちちち違うわよ!」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ⁉ だ、誰があんたなんかを……!」
「そうか……残念だな」
「は? 残念?」
「ああ。おまえに治療してもらってたら嬉しかった。一目惚れした女だし」
「ひ、一目惚れ……って……」
ぼふっと顔を赤くする女勇者。
頭から湯気が出ているんだが、人間はそういう生き物なのだろうか。
「そうだよ。言っただろ? おまえが好きだって」
「――――っ!」
「おわっ!」
いきなり枕を投げつけられた。
「なんだよ! そんな中途半端な攻撃じゃ痛くもなんともないぞ!」
「攻撃したかったんじゃありません! べーだ!」
「は……?」
意味がわからん。
やはり、人間はよくわからないところが多いな。
とりあえず投げつけられた枕をベッドに戻していると、
「……エクストラヒール」
女勇者がぼそりと呟いた。
「あんたと戦う前に身につけた回復魔法。これで治すことができたみたい」
「ん? 結局おまえが治したのか?」
「そ、そうよっ! なに、悪い⁉」
「いや、悪くはないんだが……」
むしろ俺としては嬉しいんだけどな。
でも、ならばなぜさっきは嘘をついたのか。
やはり、わからない。
「それと!」
俺が戸惑っていると、女勇者が続けて大声を張った。
「私は《おまえ》って名前じゃないわ! クレハ・ノーブル。きちんとクレハって呼んで!」
「わかった。じゃあ俺のことはジェイドって呼んでくれ」
「はぁ⁉ なんであんたとそんな親しくならないといけないわけ⁉」
「じゃあ俺もそう呼ばないだけだが。人間の女」
「――――っ!」
女勇者はそこでまたも顔を赤らめると。
「わかったわよ! ジェイド! これでいいのね⁉」
「ああ。これからよろしく頼むぞ、クレハ」
「うう……! なんか悔しい……」
なぜか涙目になる女勇者……改めクレハ。
いったいどうしてこんなに取り乱しているのか。
やっぱり人間のことはよくわからない。
★
「…………で」
俺はベッドの側に腰かけると、改めてクレハに問いかけた。
「どうして俺を助けたんだ? そこが一番の謎なんだが」
自分で言うのも気恥ずかしいが、俺は人間にとって厄介な存在だった。
俺が守護していた《ボックスガーデン》は、魔王城へと繋がるダンジョン。
だからこそ連日のように人間が押し寄せてきていたし、俺はその全員をひとり漏らさず追い返した。
なかには俺を恨んでいる人間もいるはずだ。
間違いなく。
「そ、それは……」
クレハはさっきと同じように椅子に座りながら、戸惑いの声を発する。
ちなみに剣は握っていない。
相手が俺だからいいものの、色々と危なっかしいお嬢様である。
「……き、決まってるでしょ! あんたを利用するためよ!」
「やはりそうか……」
まあ、それ以外に理由がないもんな。
「で、どんな理由なんだ? 俺を拷問して苦しめたいとか?」
「どんな理由よ! そんなことしないわよ!」
「違うのか?」
「当たり前でしょ! 私をなんだと思ってるの⁉」
なんだ違うのか。
俺は相当恨まれているはずだし、その可能性もあると思っていたんだが。
じゃあ、残る理由はひとつだけか。
「ジェイド。あんたには魔王討伐に協力してほしい。戦闘でも役に立ちそうだし、魔王城の攻略も楽になりそうだから」
やっぱりな。
まあ、妥当なところだろう。
「言っておくが……無理だぞ」
「へ……?」
「俺たち魔物は魔王とは戦えない。そういうふうにできてるんだ」
「そういうにできてるって……どういうこと?」
「そのままの意味だよ。魔王と戦おうとした瞬間、立つことさえままならなくなる」
魔物というのは血気盛んな生き物だからな。
これまでも、己の腕に自信を持つ魔物が魔王に挑んでいったらしいが……
その全員が、ろくに戦うこともできず殺された。
「俺たち魔物は魔王から生み出された存在。だから逆らえないんだよ」
「そんな……」
クレハの悲しそうな表情を見て、なぜだか俺の胸が痛んだ。
なんだろう。
彼女にはずっと笑顔を浮かべていてほしい。
こんな感情、いままで抱いたこともなかったのに。
人間と関わることで、俺もおかしくなっちまったのか。
「……でも、できることはしよう」
「へ……?」
「魔王城への案内とか、普通の魔物との戦闘とかな。それくらいなら俺でもできる」
「できるの? 本当に?」
「ああ。そのために俺を助けたんだろ?」
「そ、そうね! そう! よろしく頼むわよ、ジェイド!」
「ああ。任せてくれ」
この感情はなんだろう。
クレハの笑顔を見たら、俺まで嬉しくなってしまった。
人間と関わったことで、俺もおかしくなっちまったのかもしれないな……
「そうと決まったら。とっとと準備するか。もう行くんだろ?」
「え? う、うん。行くけど……」
なぜだか目をぱちぱちさせるクレハ。
「で、でもいきなり出向くのは危険だわ! 武器とか防具とか道具とか……色々揃えてから行きましょう!」
「なるほど、それもそうだな」
「でしょ!」
にんまり笑うクレハ。
理由はわからないが、ものすごく嬉しそうだった。
「そうと決まったら早く着替えて! その角だけ隠してもらったら、魔物だとバレないから!」
★
「これは……?」
外に出た俺は、ぱちくりと目を見開いた。
なぜなら外には、多くの人間で溢れていて。
老若男女問わず、大勢の人間たちが朗らかな様子で周囲を行きかっていたのだ。路上にはいくつもの売店があって、街全体が活気づいているというか……
「ふふ、びっくりしたでしょ?」
なぜか誇らしげに俺を見つめるクレハ。
「これはね、《生誕祭》。国王様の誕生を祈って、年に一回だけお祭りをやるんだ!」
「そ、そうなのか……」
正直、びっくりした。
魔物たちには、魔王の生誕祭なんてないし……
そもそも《祭り》という概念さえ、俺にはよくわからなかった。
けれど。
「いいかも、な……」
「へ?」
「この空気は嫌いじゃない。ずっと薄暗いダンジョンで過ごしてきたからな」
「そっか……」
と。
街の人間模様を観察していると、ひとつ気になることができた。
「クレハ、ひとつ聞いてもいいか?」
「え? なに?」
「あそこにいる若い男女二人組……あれは俗に言う《カップル》ってやつか?」
「う……うん。そうじゃない? たぶん」
なぜか頬を赤らめながら答えるクレハ。
「じゃあ、あっちの二人組は? あれもカップルか?」
「た、たぶんね。どうしてそんなこと聞くの?」
「なに。カップルっていうのは、みんな手を繋ぐもんかと思ってな」
ざっと見渡す限りでも、手を繋いでいる組み合わせは多い。
もちろん当てはまらないカップルもいるが、それにしたって仲睦まじい距離感であることが伺えた。
さらに言えば、手を繋ぐ前に許可を取っているわけではないことも判明。
自然な流れでさっと握っているようだ。
「そ、そういうもんよ。カップルっていうのはみんな――って、え⁉ なにしてるの⁉」
「いや。手を繋いでみた」
悪魔と呼ばれていた俺からすれば、クレハの視認できない速度で手を握ることなど容易。
朝飯前ってやつだ。
「ちょ……っ、そんないきなりっ! なにしてんのよっ!」
顔を真っ赤にして慌てふためく女勇者。
「ん? 嫌なのか?」
嫌だと言う割には暴れてないし、本気で振り払ってくる様子もない。
よくわからないんだが。
「い、嫌に決まってるでしょ! 早く離してよ!」
「そ、そうか……」
そこまで言われては仕方ない。
俺は素直に手を離した。
「あ…………」
そこで一瞬、クレハの表情に変化が生じる。
なんだろう。
思いっきり動揺してるんだが。
「なんだ? どうしたんださっきから」
「な、なななんでもないです! べーだ!」
「…………はぁ」
手を繋ぐどころか、あっかんべーをされてしまうとは。
まわりのカップルと比べて、あまりにかけ離れた距離感という他ない。
これは前途多難……というか、諦めるべき恋なのでは?
俺は思いっきりため息をついてしまうのだった。
★
「……というか」
数分後。
二人で街を歩いていた俺は、ふとあることに気づいた。
「武器屋、やってないんじゃないか? 防具屋も」
そう。
《生誕祭》というのがどれほど目出度いのかは知らないが、営業しているのは屋台くらいのもんだ。
武器屋にも防具屋にも「closed」という看板が掲げられていて、営業している様子もない。
「あ」
そこでしまったという顔をするクレハ。
「そ、そうかもね。あはは……」
「知らなかったのか? 勇者なのに」
「う、うん。し……しし、知らなかった」
なぜかめちゃくちゃ視線を泳がせているが、知らなかったのなら仕方ない。
また後日出直せばいいだろう。
祭りは数日間続くらしいが、それまで待てばいい。
「しょうがないな。帰るか」
そうして身を翻した俺に対し、
「えっ、え? 帰るの?」
と不安そうに呟くクレハ。
「ああ。だって武器と防具を買いにきたんだろ? でも店がやってないんじゃ、どうしようもないじゃないか」
「そ、そうだけど……」
「そうだけど?」
なんだろう。
クレハの奴、めちゃくちゃ悩んでいる顔をしている。
「せ、せっかくだからお祭り楽しもうよ。このまま帰るなんて、もったいなくない?」
「は? もったいない?」
「うん。ご飯食べたりゲームしたり話し合ったり……できること、いっぱいあるのに……」
「ん……?」
さっきから意味がわからんな。
「だっておまえ、そういうのは彼氏とやるもんじゃ……」
「そ、そそそ、そうだけど!」
顔を真っ赤にしながら地団駄を踏むクレハ。
――なんだろう。
周囲の人間たちから、なんか微笑ましいものを見る目で眺められている。
そんなに面白い光景なのだろうか。これ。
「私、あなたのこともっと知りたい。だから、だからっ……!」
「ああ。いいぞ」
「へっ……?」
「だからさっきから言ってるだろ。俺はクレハに一目ぼれしてる。それくらいなら、いつまででも付き合えるんだが?」
「っっっっ…………!」
そこで恥ずかしそうに目線をずらすクレハ。
「ずるいってば……そういうの……」
そして目線をそらしたまま、彼女は小指だけを差し出してきた。
「……これは?」
「指」
いや、それは見りゃわかるんだが。
「指つなぎならいいから。早く……」
「? あ、ああ……」
俺は小首を傾げながら、同じく小指を差し出す。
途端、彼女の柔らかな温もりが、俺の肌に伝わってきた。
――これが、人の温もりか。
長らくダンジョンにこもり続けていた俺には、決して味わうことができなかったもの。
一時は死んでもいいとさえ思っていたけれど。
――これはこれで、悪くないのかもな……
謎の安心感を覚えながら、俺はクレハとともに祭りの道を行くのだった。
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