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そこにいる君に逢いたくて。  作者: 神乃手龍
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有頂天

不思議だ・・・

志津音と暮らし始めてから元気になっていく。

身体のあちこちが痛かったのに・・・


今までを取り戻すかのように2人で色んなことをした。

志津音も結婚した2年前より若返って見える。

否、間違いなく若い。

どう見ても40代前半にしか見えない。


かくいう俺もこの歳で髪の毛が戻って来てくれた。

元から若く見られていた事もあり俺も若返ったかのようだ。

妻のお陰でメタボもなくなり夫婦そろって健康。


志津音は毎日カッコいいと言ってくれる。

俺も40代に見られるようになったけど志津音が本気で化粧すると30代にしか見えない。


「綺麗だ・・・」

「フフ♪ありがとう♪」

「お世辞じゃないぞ?」

「分かってる♪」


「それに・・・とっても可愛い♪」

「フフ♪ 龍徳君はカッコいいよ♪」

「何でカッコいいって言う時は君付け何だ?」


「クスクスクス♪ 龍徳さんが私を待たせ過ぎたから癖が付いちゃって♪」

「クッ・・・なら仕方がない。」


「私幸せだよ♪」

「ああ知ってる。」


「フフ♪龍徳さんも幸せ?」

「当然だろう!この世界の誰よりも幸せだよ!」

「クスクスクス♪大袈裟だな~♪」

「それはしょうがない!本当の事だから!」

「フフ♪知ってる♪」



過去の自分を許せない事も多い。

今が幸せだと言っても彼女の人生の半分を奪ってしまった罪がある。


昔に戻ってもう一度彼女を幸せにしたい。

これも偽らざる俺の本音だ。

だが、こんなにも幸せな今を捨てるなんて考えられない。


このまま彼女を笑顔のまま見取って上げるのが俺の最後の役目だろう。

そして、志津音を追うように俺も死にたいと思う。

気が付けば俺も志津音も70歳になった。


最後に言うセリフはもう決まっている。

「次も必ず君に惚れる。」

っと言っても既に言ってしまったが


それを言うと彼女も

「フフ♪私も絶対に惚れちゃうよ♪」

っと昔と変わらぬ笑顔を俺に向けてくれた。


この笑顔にどれだけ救われたか・・・

この笑顔がどれだけ見たかったか・・・

妻は惜しみなく俺に笑顔を向けてくれる。


幸せ過ぎて朝目覚めると隣の妻を確認する。

幸せそうな寝息と共に美しい妻の姿にホッとする。


「おはよう志津音♪」

「おはよう龍徳さん♪」

たったこれだけで朝から幸福に包まれた。


一緒に食事をして、一緒に食器を洗い、一緒に買い物に行き、一緒に散歩をする。

たったこれだけの事が、幸せで仕方がない。


「お休み志津音。」

「お休みなさい龍徳さん♪」


俺の胸に顔を埋めて幸せそうに頬を緩める。

言葉に言い表せない幸福感。


一緒のベッドに寝るだけで幸せに包まれる。

一緒の空気を吸っているだけで幸せだ。


「志津音・・・愛してるよ」

「私も・・・心から愛してる」

そう言って昔と変わらぬ思いで抱きしめる。


幸せだ・・・

人生の晩年にこんな幸せが待っているとは思ってもみなかった。

だからこそ怖くなる。


何時だったか似たような記憶がある。

そうだ・・・否。違うはずだ・・・“有頂天”な訳がない。




今までも地獄は味わった。

人生の晩年にある訳がない。

そう思っていたが悲劇は繰り返される。



それは3月12日・・・俺の誕生日の出来事であった。

「そんな・・・」

言葉にならない・・・


俺の誕生日を祝ってくれる為に志津音が昔の様にデートしようと待ち合わせをした時の事

駅に向かうと一足先に出た彼女が昔の様に待っていた。


一緒に出ようと言った俺に

「龍徳君の事を待っていたいの♪」

そう言った彼女が幸せそうだったから先に行かせた。


この事を俺は死んでも後悔するだろう。

バスを降り俺の姿を見付けた彼女が大きく手を振った。


その時、ロータリーを逆走する暴走車が、俺達が待ち合わせにした場所に突っ込んだのだった。

俺が見ている前で・・・彼女は押し潰されて死んでいた。


発狂した・・・。

現実が受け入れられない。


後で分かったが、年配者による操作ミス。

近年良く繰り返される車両事故に彼女は巻き込まれた。





人間が天界だと思っている場所には実は第六天の魔王が住んでいるらしい。

人間界に住む人間が天界を求めて辿り着く世界の大半が、その天界だそうだ。


その名も“有頂天”。

有頂天界地獄に通ず


第六天の魔王は有頂天となった人間を地獄に突き落とす。

幸福であればある程、地獄が深い。





気が狂いそうになる。否、もう狂っている。

葬式が終わっても彼女の死を認める事が出来ない。

こんな悲劇があってたまるか・・・。


喪失感・・・。

心にポッカリと大きな穴が開いて塞がらない。

息をする事さえ忘れてしまう。


そして、俺は再び生気を失っていった。

心配した龍聖が大きくなった孫を連れて頻繁に遊びに来てくれるが、表面上は心配を掛けないように繕うのが精一杯だった。


毎日、いないはずの彼女に声を掛け思い出を胸に眠りにつく。

見る夢は彼女と過ごした日々ばかりだ、


目覚めると

「おはよう志津音♪」


朝食は2人分。


「お休み志津音・・・」

だが、最愛の妻は返事を返してくれる事はもうない。


悲しい・・・

寂しい・・・


涸れ果てた涙が止まらない。


そして、後悔。

あの日、確かにデジャヴを感じたのだ。

朝、先に家を出ようとした彼女を引き留めキスをする。


「もう離れたくない・・・」

このセリフ・・・

デジャヴでは行ったはずのセリフ・・・。


それを言っていたら未来が変わったんじゃないだろうか・・・

人生など些細な事で変わってしまう。


あの時、俺が待っていたいと言っていたら?

それだけで未来が変わる。


死が俺に近寄ってきている事が分かる。

もうじきだ・・・


何かで読んだが、自殺では同じ世界に行けないらしい。

だから自然に死が訪れるまで我慢する。

こんなもの彼女が我慢した歳月に比べればなんてことはない。


目を覚ますと枕がよく濡れている。

理由は分かっている。


この頃、昔の事を夢で良く見る様になった。

若かりしき頃の記憶。

その幸せに涙が零れ落ちた。


眠る時間が増えて行く。

食事は一日一食で十分だ。


この頃、立ち上がる気力も湧かない。

そろそろお迎えが来る。

多分、老人は皆同じなのだろう。


自分の死が何となくわかる。

そして俺は眠りにつく・・・

深く・・・深く・・・永い眠りに・・・


見る夢は彼女と過ごした若かりしき頃の宝物。

来世も一緒になりたいと躱した約束・・・。





「ここは・・・」

気が付くと白い世界を歩いている。


「やっと・・・彼女に会える。」

俺は死んだのだと分かった。


「どこまで進めばいいんだろう・・・」

何時間歩いただろう・・・

それともまだ何分も歩いていないのか?

時間の感覚がない。


志津音に逢いたい・・・。

ただひたすらにその事だけを思う。


すると川のせせらぎが聞こえて来た。

対岸を見ると何人かの人が立っている。


「志津音は・・・」

その不可思議な状況を当たり前の様に探し始める。


何人かどこかで見たような顔がある気がする。

大きく手を手前に振っている者や横に振る者

微笑んでいる様な者や怒っている様な者まで様々。


そして見つけた。

「志津音!!」

俺は川を渡ろうと足を入れようとした時、彼女の笑顔が曇った。


「どうした?俺だ!龍徳だよ!!」

「大声を出しても彼女の顔は曇ったままだった。


そして違和感に気が付いた。

志津音の姿が若かりしき頃の姿であった。


「もしかして・・・俺が年老いているから分からないのか?」

そしてもう一度川を渡ろうとすると


「何でそんなに怒っているんだ?」

意を決して渡ろうと川を見たら先程まで穏やかだった川の流れが急流と変わっていた。


「なんで・・・」

これを教えてくれようとしていたのか?


「どうしたら」

泳ぎには自信がある・・・

一か八か挑戦してみようと思った時だった。


誰かが俺の身体を引っ張る感覚がある。

「邪魔をしないでくれ・・・」

すると先程より強く身体を引っ張られた。


頭に来て声を荒げる

「邪魔をするな!!」

大声を出した途端。


景色が一変した。


何なんだ・・・真っ暗だ・・・

周りが全く見えない。


どうなっている・・・俺は今・・・目を開いているのか?

そう思って手で確認しようとするが腕が鉛の様に思い。


クソッ!


瞼を逆に閉じようとした事で、既に瞼が閉じていた事が分かった。

腕どころか身体全体が重い。

意志の強さで瞼を開くと・・・



「なっ!・・・」

そこに映っていたのは自分の部屋。


「まさか・・・」

そう思って上を見当てると


「よう・・・また会ったな。」

以前より大きくなった子供がそこに立っていた。


「幽霊って成長するのか?」

そして、強引に腕を持ち上げ幽霊に触れた。



その瞬間、またしても真っ白な世界の中にいた。



「またか・・・何なんだ一体・・・」

だが、これで死ねる

そう思った瞬間眠くなってきた。


「なんだか眠い・・・」

そして深く深く眠りに着いて行く。





「意識は戻ったか?」

「いえまだ・・・」


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、っと規則的なリズムで音が聞こえる。



『どこだここは・・・』

目を開けようとしても開かない。


『またかよ・・・』

このパターンは金縛り。

そう思ったがいつもと雰囲気が違う。


『誰だ?』

ハッキリと腕に誰かが触っている感覚がある。


次に感じたのは

『痛っ・・・』

身体中に走る痛み。


余りの激痛に意識を手放した。


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・・

規則的に聞こえる機械音

何度この音が聞こえたのだろう・・・


誰かが会話している声が何度も聞こえるが良く聞こえない・・・。

兎に角・・・眠い・・・。




「ここは・・・」

いつもと同じかと思ったが目を開けようと意識する。

すると重かった瞼が微かに開いた。


「病院・・・だな」

病院の独特の雰囲気。

微かに見えるだけでもそれと分かった。


それから数日が過ぎた。




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