そこにいる君に逢いたくて。
この頃の私の趣味は子供の頃の足跡を回る事だ。
子供達が楽しそうに公園で遊んでいる姿を見るだけで懐かしさが蘇る。
全てが輝いていた青春の時代。
今では、記憶を手繰る様に思い出すが、青春は確かに存在した。
「楽しかったなぁ・・・」
友達達とバカ騒ぎした思い出。
「今頃みんなどうしているんだろう・・・」
甘く切ない思い出。
「志津音はどうしているんだろう・・・。」
激しく愛した初恋の思いで・・・
「志津音・・・ここにいるんだろう?」
千葉県にはいるはず・・だが、どんなに探しても見つからなかった。
「そこにいる君に・・・逢いたい・・・」
それら全てが懐かしい私の青春。
家に戻るとお隣さんの部屋の灯りが灯っていた。
どうやら退院したようだ。
引っ越しから既に3ヶ月が経とうとしているが挨拶はシッカリしておかないと
コンビニで1000円のお菓子を買ってお隣さんに挨拶に行く。
コンコンコン。
インターホンが鳴らなかったので、ノックをすると
「は~い♪」
退院したばかりだからおばあちゃんかと思ったら声が少し若いちょっと違うようだ。
ガチャっと扉が開き
「はい。どちら様ですか?」
そう言って出てきた女性は50代前半位だろうか
歳の割には綺麗でスラッとしたスタイル。
だが、顔からは疲労の色が伺えた。
「ご挨拶が遅くなりました。隣に引っ越してきたので、挨拶に伺いました。」
「それは、それは、ご丁寧にありがとうございます♪」
相手を気遣えるのだろう、疲れを見せない様に明るく振舞ってくれる。
「お菓子を召し上がるか分かりませんが、宜しければこれを・・・。」
そう言ってお菓子の詰め合わせを手渡す。
「わざわざご丁寧に有難うございます。」
「煩くなるような事はないと思いますが宜しくお願い致しますね♪」
「こちらこそ。こちらにはご夫婦で?」
「いえ。恥ずかしながら妻とは随分昔に離婚しているので、私一人です。」
「それは、失礼しました。」
「いえ、全然気にしませんよ♪ それにしても・・・この辺はあまり変わっていないですね。」
「ええ。もしかして以前こちらに住んでいらっしゃったんですか?」
「そうですね・・・随分昔の事ですけど・・・死ぬときは思い出深いこの地が良いと思いまして・・・ってこんな事言ったら変な人と思われちゃいますね♪」
「いえいえ。そのお気持ち分かる気がします。私も似たようなものかも知れません。」
「ハハ。そう言って頂けると救われます。」
そこで会話が途切れた。
「どうされましたか?」
「あっ・・・失礼しました。いつ頃のお話なのかなと思いまして」
「ああ。小学生や中学生の時の話ですよ。」
そして、会話が途切れる。
『そう言えば名乗り忘れていたな・・・そりゃ~失礼だよな・・・』
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。」
「え・・・はい・・・そうですね・・・」
何故か田中さんの目がお化けを見るような眼で俺を見つめている。
「申し訳ありません。私は神山と申します。」
「神山・・・下の・・・下のお名前を聞いても?」
「重ね重ね申し訳ありません。 神山龍徳と申します。」
すると目の前のご婦人の目に涙があふれた。
「そんな・・・こんな事って・・・」
「ど・どうされたんですか?」
突然泣き崩れた田中さんを慌てて支える。
「本当に・・・龍徳君なの?」
「龍徳君って・・・えっと・・・どこかでお会い・・・」
失礼だと思い余りジロジロ見ていなかったのだが、気になって顔をシッカリ見て気が付いた。
「まさか・・・その・・・泣きボクロ・・・いや・・・苗字が違う・・・だって・・・田中って書いてあるじゃないか!」
「フフ♪ それは母の旧姓なの・・・」
「そんな・・・」
力が抜けたように崩れる。
「ちょっと!大丈夫?」
「ああ・・・驚き過ぎて・・・」
「取り敢えず中に入ってよ」
「ああ・・・そうだね。」
中に入ると何か懐かしい感じがした。
「何か昔に戻ったようだ・・・」
「フフ♪」
「探したんだ・・・ずっと・・・ずっと志津音の事を・・・」
「私も龍徳君の事をずっと・・・ず~っと探してたのよ・・・」
「今までどこにいたんだ?」
「私はここに来てからもう45年になるかな・・・」
「そんな・・・千葉にいるって情報はあったけど・・・」
「フフ♪ ここにいれば龍徳君が迎えに来てくれる日が来ると思って・・・ずっと・・・ずっと待ってた。・・・待っていたの・・・」
志津音の目には昔と変わらぬ笑顔に涙が浮かんでいた。
「スキー場でのこと覚えてる?」
「ああ・・・」
「あの時の事は今でも覚えてる・・・記憶喪失だった私を守ろうと龍徳君が落ちて、その後、凄い数の捜索隊が編成されたのに何故か龍徳君は発見されなかった。それでも私は生きているって信じてた・・・」
「そうだったのか・・・」
「何処に行っていたの? 私の様に記憶喪失だったの? 心配だった・・・あの時、貴方を失いそうな激しい感情のお陰で記憶が戻ったの。」
「・・・・・」
「直ぐにでも家を飛び出して探しに行きたかった・・・けど子供の私には・・・だから高校を卒業するまで耐えたの・・・。そして、卒業と同時に家を出たわ。」
「ごめん・・・」
「お金がないから働きながらコツコツとためたお金で探偵を雇って・・・でも貴方は神隠しに合ったように見つからなかった・・・。」
どれだけ壮絶な人生を送ったのだろう・・・誰よりも幸せにしたかった最愛の女性。
「健一が卒業して、その後、父と母が離婚する事になって・・・」
「ごめん・・・」
「ちょうど私が勤めていた会社で、千葉に転勤の話があったから母を連れて千葉に来て・・・でもバブルが弾けたせいで会社が倒産。あの時代は本当に貧乏だったなぁ~」
「ごめん・・・」
枯れたと思った俺の目に涙が浮かぶ
「龍徳君を探す為に貯めていたお金があったから助かったんだけどね・・・・その時に昔を思い出して団地ならいつか会えると思って引っ越したの・・・馬鹿だよね・・・」
この子の人生を俺が不幸にしてしまったのかも知れない。
そう思うとズキンと胸が痛んだ。
「昔遊んだ公園・・・休みのたびに見に行って・・・それをずっと続けてきたわ・・・」
「俺も・・・何度も同じ事をしたよ・・・。」
「そうなの? そっか・・・ちょっと嬉しいかも・・・」
少し驚いた顔・・・そのすぐ後に優しい笑顔を浮かべた
『ああ・・・変わらない・・・』
「旦那さんは?・・・結婚はしてないのか?」
「してない。・・・結婚するのは龍徳君とだけって決めていたから・・・」
「ごめん・・・」
「こう見えても私ってモテたんだよ♪」
「知ってる・・・。」
「でも、龍徳君を超える様な人とは出会えなかった・・・。実は何度か結婚しちゃおうかなぁ~って思たんだけど・・・初恋が龍徳君だったからなぁ~理想が高過ぎたの♪ 気付いたらおばあちゃんになっちゃった・・・。」
俺がこの子の人生を壊したんだ。
本当なら幸せだったはずの人生を・・・俺が奪ってしまった。
「つい最近ね・・・お母さんが倒れて・・・ずっと看病してたの・・・病院から仕事に行って・・・少し前にお母さんが息を引き取って・・・肉体的にも精神的にも限界で・・・」
「ごめん・・・」
何が絶対に幸せにして見せるだ・・・。
俺だけぬくぬくと別の女性と結婚して・・・
志津音を苦しめたのは俺じゃないか・・・。
「でね・・・その時に思い出すのがやっぱり龍徳君だった。」
「えっ?」
「フフ♪不思議だよね・・・今まで私が助ける番だと思っていたから言葉にしなかったんだけど・・・お母さんが死んで・・・辛過ぎて・・・ついさっき、龍徳君・・・助けてよ!ってそう言ったら玄関にいたの」
「・・・」
「フフ♪ 本当に来てくれたんだね・・・それが本当に嬉しかった。」
「志津音・・・ゴメン」
涙腺が壊れた・・・。
人生でここまで涙があふれたのは父が死んだ時・・・否、それ以上だな。
止めどなく涙があふれる。
「フフ♪相変わらず大袈裟なんだから♪」
「志津音・・・遅くなったけど・・・」
「うん♪」
「俺の・・・彼女・・・違うな・・・」
「フフ♪」
「俺と・・・結婚して欲しい!」
「え~いまさら~どうしよう~かな~♪」
悪戯な笑顔・・・本当に昔のままだ。
「今度こそ幸せにして見せる!だから神山志津音になってくれないか!」
「もう~・・・遅いよ・・・私・・・ずっと・・・ずっと待ってたんだよ・・・。」
涙を零して話す彼女の姿が昔とダブって見えた。
立ち上がって志津音の傍に寄り添い優しく抱きしめた。
「こうしていると昔を思い出す。」
「フフ♪ そうだね・・・今でもハッキリ覚えてるわ・・・。」
「あの時言った言葉・・・覚えているかい?」
「うん。次に会ったら我慢しないんだって♪」
「ああ。だから志津音は俺のものだ!嫌がっても結婚する!」
「ウフッ♪強引だなぁ~・・・フフ♪変わってないんだから・・・」
「改めて言うよ・・・これからの人生で志津音の笑顔を俺だけに見せて欲しい。」
「うん♪ 良いよ♪」
そう答えた彼女の微笑みは昔のままだ。
「俺と結婚してくれるかい?」
「はい♪」
それと同時に俺は志津音に口付けをした。
この夜、俺達は結ばれた。
紆余曲折だった人生の最後に幸せが残っていた。
翌日、息子夫婦に再婚した事を報告したら心から喜んでくれた。
これからは、何処に行くのも一緒だ。
新しい家を買おう。
今まで不幸にさせた分、幸せにするんだ。
やりたかった事を全部やろう。
不思議だ。
気力が萎えたはずの俺にやる気が戻って来た。
結婚式も上げよう。
旅行にもいきたいな。
幸いにも自分で貯めたお金と望からもらったお金があるから何の不安もない。