志津音が千葉にいる
神木商事があれば、どうなったのかを聞けたのだが、存在自体がない。
「何が何だか・・・」
渋谷など15年以上来ていない。
スッカリ様変わりした渋谷の姿に付いていけない。
「ハハ・・・思い出もくそもないな・・・」
そこで、さらに思い出した。
「木村・・・望・・・もしかして・・・実在するのか?」
そして、木村建設の社長の家に向かう。
記憶にある道とかなり違う為、多少迷ったものの
「あった・・・間違いない・・・ここだ。」
表札には木村の文字
「どうする・・・って・・・考えるまでもないな・・・」
そして、インターホンに指を掛ける。
「は~い♪ どちら様ですか?」
「あっ突然申し訳ありません。神山と申しますが、木村望さんはいらっしゃいますか?」
「・・・えっ・・・少々お待ちください」
少しして、玄関が開くと
「失礼ですが・・・龍徳君?」
「望か?」
「うそ・・・なんで?」
「お互いに老けたな。」
「久しぶりに会ったって言うのに失礼な人。」
「冗談だ♪ 望は綺麗なままだ♪」
「・・・もう・・龍徳君は渋くなったね・・・」
髪が薄くなったとは言え、未だに40代前半に見られる容姿。
髪があれば未だに30代半ばに見られるほど若々しいが、顎髭がちょい悪親父の様な印象だ。
「ハハ・・・それよりも教えて欲しい事があるんだ。」
そして、事の顛末を全て伝えた。
「とても信じられない話ね・・・」
「そうだよな・・・話した俺が信じ切れていない。」
「でも・・・間違いなく言える事は、私の初恋は龍徳君だった。」
「ハハ。サンキュー」
望が言うには
ある日突然俺は姿を消したそうだ。
神木商事は俺と言う司令塔を失いバブルが弾けると同時に倒産したらしい。
結果、神山総合企画も10年後に倒産。
これは、本来の未来とそこまで変わらない。
そして、望があるものを俺に持って来た。
どうやら望の宝物らしい。
「これ・・・覚えてる?」
そう言って銀行のキャッシュカードを俺に見せた。
「それって・・・」
初めて望みを抱いた後、望の悩みを聞き出した俺が、もし家を出るなら使えと渡したもの
当時、身分証明書がなくとも銀行への信頼で作って貰えた時に用意した別口座。
「俺の渡した口座か?」
「フフ・・・覚えていてくれたのね。」
口座名義には神山望と書いてある。
「驚いた・・・それも実在したのか・・・」
「当然でしょう?でも・・・私達はコレのお陰でこの家を守れたのよ」
「それは良かった。」
「フフ♪龍徳君は変わらないのね。」
「そっか? 頭が剥げてる上にメタボだぞ?」
「そう言う事じゃないわよ。これは私の宝物・・・墓場まで持って行こうと思っていたけど・・・貴方に返すわね。」
そう言って俺に差し出す。
「いや、これはお前に上げたものだ。受け取れない。」
「もう十分貰ったわ・・・」
そう言って返してもらった口座には
「残額・・・3億8千万?」
「半分以上使っちゃったけどね♪」
「そんなに渡したっけ?」
「覚えてないの? あの時龍徳君が言ってくれた言葉・・・今思い出しても心が温かくなるわ・・・。」
そう言って昔を思い出しているようだ。
「望・・・そんな下らない事・・・俺が全部、ぶっ壊してやろうか?」
「クスクスクス♪龍徳君なら本当にやりそうですね♪」
「笑ってんなよ!俺は本気で言ってんだ!」
「・・・うん・・・でも大丈夫♪」
「本当か?」
「フフ♪相変わらず優しいよね♪愛してるよ龍徳君♪」
「ふん。だけど・・・何かあったら俺に言えよ?」
「うん。でも・・・何でそこまでしてくれようとするの?」
「約束しただろう?俺の目が届くところにいれば必ず助けてやるって」
「・・・うん♪」
『本当にこの人は・・・優しい・・・大好きだよ・・・』
「それと・・・これを望にやる!」
「これは?」
渡された袋の中身を見ると
「通帳とキャッシュカード?なんで?」
「最初は金があればお前が結婚しなくても良いんじゃないかって思ったからだ。」
そう言われて通帳を開くと
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、・・・・10億円?」
「ああ。俺なりのケジメみたいなもんだ。」
「貰えないよ!こんな金額!!」
「貰って貰わないと俺が困るんだよ!」
「龍徳君が困るって・・・何が?」
「お前を抱いたって事は、お前は俺の女だ。」
「私・・・龍徳君の彼女で良いの?」
「彼女じゃない・・・女だ。」
「友達以上彼女未満って事?」
「彼女じゃないから終わりはあるが、振る事もない・・・それが俺の女だ。」
「うん・・・。」
「悪いが今だけだからな!」
「嬉しい・・・」
「そうなると俺にはお前を守る義務がある。望みの価値は、そんな端金じゃ効かないけど・・・これ位あれば今後、自分の身を守る事が出来るだろう?」
「どう言う時?」
「これは望の金だから好きに使って良いけど、例えば結婚相手に愛想を尽きた時とか家出をしたくなった時とか何でも良い・・・望が困った時に使ってくれれば・・・」
「本当に・・・本当に優しい・・・愛してるよ龍徳君♪」
「あの時も私の心配ばかり・・・本当に変わらない・・・今でも愛しているわよ♪」
「ば・ばかやろう・・・」
「フフ♪ 噓じゃないわよ♪」
その後も思い出話に花を咲かせて望の家を出た。
それにしても・・・元に戻ったと思ったのに・・・そうなると・・・志津音は?
そして、次の日に口座の金を引き出して貰い新たな自分の口座に移し替えた。
「分かりました。追加でお金がかかるかも知れませんが?」
「心配するな。前金で500万出そう。」
俺が頼んだのは探偵だ。
鈴木志津音を探して欲しい。
都内でも有名な探偵事務所。
捜索率は97%
一縷の望みに賭ける。
時が進み新たな情報が入る度に俺の携帯に連絡が入る。
かなり古い情報から新しい情報まで・・・それによると
志津音の親父の会社が倒産したのは、当時のバブル景気に経営者が限界を超えた融資を受け業務拡大を図ったタイミングで巨額の売掛があった2つの企業が続けて倒産した為、僅か数ヵ月で黒字倒産したと分かった。
他にも経営者が詐欺にあったりと運が悪いとしか言えない。
時期は、俺と志津音が約束していた受験までのちょうど2週間前。
その日中に引っ越しせざるを得ないなんて今では有り得ない。
だが、運良く当時、志津音の父親が手配した引っ越し業者の情報で発覚した。
志津音の親の給与が2ヶ月分遅延していた事と借金がかさんだ事で夜逃げをしなければならなかったようだ。
その翌日の早朝に交通事故。
その後、市外の病院でリハビリを含め2ヵ月の入院。
診断結果で記憶障害と認定。
父である一の実家が新潟県で健一が高校を卒業するまで住んでいたそうだ。
そして、鈴木志津音は高校を卒業すると同時に家を出た。
現在は父、一が10年前に他界。
母、紀子は2人の子供が自立すると同時に離婚。その後、消息不明。
健一は度重なる不況に転職を余儀なくされ10年前からの情報は調査中。
鈴木志津音は高校2年生になる前には記憶が戻っていたそうだ。
そして、最後の目撃証言が千葉である事が分かった。
「そうか・・・追加の金は振り込むから引き続き頼む。」
志津音が千葉にいる。
どこだ・・・何処にいるんだ・・・
今さらあってどうなるものでもないが・・・元気に生きてくれているだけで良い・・・
当然結婚して子供もいるだろう・・・。
今は幸せなんだろうか?
お金に困っていないだろうか?
俺がいなくなって心配をかけたはずだ・・・
だから・・・今さら遅いだろうが、俺が生きている事を伝えてあげたい。
だが、その後も消息が掴めない。
年月が過ぎ・・・
私の子供も無事に大学を卒業した。
元妻とは・・・この表現で分かるか・・・。
これで、思い残す事はなくなった。
気が付けば俺も60歳か・・・
そもそも既に離婚しているんだから内縁の妻と言われようが、家庭の事を何もしないのに妻と断定される訳がない。
家も家財も全て元妻に譲った・・・。さも当然と言わんばかりの態度。
あと腐れがないから逆に救われた気がした。
さらに時が過ぎ俺の子供が結婚する事になった。
結婚式には息子との思い出を思い出し涙が流れた。
それと・・・叶わなかった最愛の人との結婚が頭に過った。
気が付けば俺も63の歳を迎える。
この頃、昔を思い出す事が増えて来た。
どうしても探し出せなかった志津音の調査は5年前にキャンセルした。
「親父に会いたいな・・・」
この歳になっても親父が大好きだ。
「あの頃は幸せだったなぁ~・・・」
そして、64歳で会社の円満退職し、昔住んでいた団地に申請を出した。
「死ぬときは・・・ここで死にたいな・・・」
そう思ってまたしても懐かしい団地へと足を向けてしまう。
今は友達もいない。
妻もいない・・・。
完全に一人だ。
せめて子供には迷惑を掛けないようにしよう。
少しすると運良く団地の許可が下りた。
昔の棟とは違うけど足腰の弱った俺には1階が最適だった。
引っ越しを終わらせ一人で部屋を片付ける。
「息子夫婦が遊びに来られる様に綺麗にしておかないと・・・」
最後の段ボールを片し終えるのに2週間も掛かってしまった。
隣人への挨拶は終わっているが、隣の方だけが不在だ。
話を聞くと現在、入院中らしい。
隣人の苗字は、田中さん。
上が青木さんで、その隣が木村さん。
ここに引っ越したからかさらに昔を思い出す様になった。
思い出される記憶の全てが幸せだ。
せめて死ぬ時だけは幸せに死にたい。
それが、昔の記憶に縋ったものだとしても・・・。
息子の龍聖が毎週必ず顔を出してくれる。
立派になった息子が何よりも自慢だ。
私の事を心配して何かあれば必ず駆けつけてくれる。
本当に心の優しい子供だ。
奥さんを連れて毎月1回は必ず泊りに来てくれる
今では2歳と生まれたばかりの孫を連れて・・・
2人共可愛いが、長男は龍聖の子供の頃にそっくりだ。
抱っこすると物凄く幸せな気持ちにさせて貰える。
私の妻と違って本当に気が利く優しい奥さんだ。