記憶喪失
兎に角、コブの上で止まろうものなら怖くて仕方がない。
体勢を変えようとするだけで急加速してしまう。
コブを回避しようとするが、対応が間に合わず吹っ飛んでしまう。
だが、今回は話が違う。
当たり前の様に上級コースを滑走する。
当然だ。
何せ大学生の時のサークルがスキーサークル。
しかも、アルペンスキー経験者だ。
たかが高校生に負ける訳がない。
だが、ここで思い出した事がある。
そう言えば・・・俺が遅かったから大塚がもう一回リフトに乗って降りて来た事が何度かあったはず・・・
何故、そんな事を思い出すのか・・・答えは簡単。
一人でリフトに乗る事が増え、その中の1回が志津音に会ったからだ。
正に奇跡的な出会い。
それが、初日なのか2日目なのか・・・それが思い出せない。
「ここに・・・いるんだろう?」
逢いたい・・・
「ここにいるはずなんだ・・・」
逢いたい・・・
「志津音・・・何処にいるんだ・・・。」
そして、夕方になりこの日は終了。
本来ならペンション桜に3歳年上の女の子達が止まっていて友達の3人が初体験をする事になるが、今回の龍徳には関係ない話。
あの時は、俺がいたから声を掛けて来たけど・・・今回は・・・女性経験のないあいつ等じゃ・・・無理だろうな~・・・
一人でホテルへと戻って行くと無性に寂しさが襲う。
「ここは寒いからかな・・・」
そして、何かを紛らわせるように
「ナイター行くか・・・」
目線を上げるとコースを灯りが照らしている。
別にスキーがやりたい訳ではない。
ただ、何かをしていないと余計な事を考えてしまう。
前回は初日の疲労でナイターを滑る事はなかったゲレンデはカップルで溢れかえっている。
そんな場所を一人で滑る。
大塚達がいない今、実力を隠す必要がない。
交通事故を回避した事で、前回を上回る運動神経に経験値が上乗せされるのだ。
その実力は、かなりのもの。
無我夢中で滑り続けているとゲレンデが俄かにざわついていた。
「凄くないあの人・・・。」
「メチャクチャ上手」
「プロかな~」
前回の時もそうだったが、あるスキー映画の影響でスキーが上手い人はそれだけでモテたのだ。
その為、ゲレンデに恋を求める女性も多く来ていた。
「カッコいい・・・」
「ねえ!声掛けちゃおうか?」
「あの子達動いたわ!」
この時の龍徳の身長は既に177㎝高校2年生間近だが、大きい方だ。
心が顔に及ぼす影響は大きい。
その為、誰が見ても高校1年生には見えない。
志津音に逢えなくなった1年の間に少年から男の顔になっている。
パッと見は20歳位の好青年っと言った印象だ。
先程から声を掛けようとしている女性の大半が実際は年上。
「はぁはぁはぁ・・・」
全力滑走を何本もしていれば息が上がるのも当然。
「もう一本行くか・・・」
その時、女の子から声を掛けられた。
「お兄さん一人なんですか?」
後ろから声を掛けられ振り向くと
「違うか・・・」
「あの~良かったら~私達と一緒に滑りませんか?」
「悪い・・・ちょっと今は滑りたい気分で・・・普段なら断らないんだけどゴメンね♪」
っと爽やかに断った。
「はぁ~素敵~♪」
「カッコいい・・・」
「はっ・・・そ・そうですよね!もし、時間があったらお願い出来ますか?」
そう言われて周囲を見渡す。
両手を広げて
「周りにカッコいい男が一杯いるよ♪お姉さんたち綺麗なんだから、こんな俺なんか構ってない方が良いんじゃない♪」
そう言ってリフトへと向かって行く。
「あの人・・・声もカッコいい♪」
「うん・・・芸能人かな~?」
「それに凄く紳士的だよね!」
そんな事を言われているとも知らずその後も滑り続ける。
そして、降りてくるたびに
「お一人ですか?」
「一緒に遊びませんか?」
「お名前教えて貰えませんか?」
等など必ず声を掛けられてしまう。
もしかしたら志津音の姿があるかと期待したが
「本当にゴメン・・・俺みたいな男に声を掛けてくれて嬉しいよ・・・だけど・・・ごめん。」
そう言ってリフトへと向かって行く。
龍徳は気が付かないだろうが、実は順番待ちが出来ていたのだった。
さっきから後ろの女性たちが
「また振ったよ・・・」
「それにしても凄い美形・・・」
「メチャクチャ大当たりだよ!」
とか
「貴方!さっき断られたでしょう?」
「タイミングが悪かっただけよ!」
などと一度断られてももう一度話したい女性も後ろへと並んでいたのだった。
前回の人生でもホスト時代に同じ様な経験が何度もあったが、高校1年生ではここまでの経験はなかった。
女性達で来ているグループを狙って他の男達もナンパを始めるが、大半が失敗していた。
誰が見ても龍徳のせいだろう。
夏と冬は男女共に普段の30%増しに美化されてしまう。
だからナンパの成功率が高くなるが、食事など止まった時に見ると勘違いだと気が付く事が度々あるのだ。
だからこそ止まった状態で龍徳と話す事が出来た女性陣は、他の男達と比べてしまった。
何度目かの滑走の時、龍徳の前を下手糞が斜行する。
「アブなっ!」
直撃は避けたものの体制を崩しコブに乗り上げてしまった。
「ヤベッ・・・」
そのまま吹っ飛び斜面を80メートルは滑り落ちて行った。
「マジか・・・痛ってぇ~・・・」
上級者コースでいつまでも横たわると非常に危険だから直ぐにその場を移動しようとするが・・・
「板どこ行った?」
近くに1本見つけたが、もう1本が見当たらない。
「マジか・・・」
仕方なくスキー板一本で降りて行くが、アイスバーンのキツイ上級者コースを1本のスキー板で滑走出来るものでは無い。
「取り敢えず邪魔にならない様に端に行くか。」
そして、ゲレンデに大の字になって倒れ込む。
「はぁ~・・・何やってんだろう俺・・・」
すると龍徳が困っている事を見た女性が声を掛けて来た。
「あのう・・・多分スキー板下の方に落ちていきましたよ?」
フイに声を掛けられ目を開けると
「わざわざ、ご丁寧にありが・・・えっ・・・」
その女性を見た龍徳の目が驚きと共に大きくなる。
「多分50m以上は、下に落ちていったと思うんだけど・・・」
『あれ・・・他人の空似なのか・・・俺が志津音を見間違える?・・・』
「大丈夫ですか?」
「あ・ああ・・・」
志津音なら俺が分からない訳がない・・・だったら何でそんな他人行儀なんだ・・・
「さっきから見ていましたけど凄いですね♪」
「あ・ありがとう・・・」
胸が締め付けられそうだ・・・。
「私の顔に何かついてます?」
「ああ・・・ホクロ・・・」
「ホクロ? フフ♪ 確かについてますね♪」
「ああ・・・間違いない・・・見違える程綺麗になって・・・」
ガバッと起き上がりその子の手を取る
「志津音!!」
龍徳にそう言われビクッと反応してしまう。
「えっと・・・ごめんなさい。どこかでお会いした事がありましたか?」
「何言ってんだよ・・・俺だよ・・・どうしたんだよ・・・」
「ご・ごめんなさい。・・・私・・・その・・・記憶がないんです。」
「何をイキナリ・・・記憶がない?」
「はい・・・1年位前に大きな交通事故で・・・」
「1年前・・・俺の事も思い出せないのか?」
そう言って志津音に帽子と額にあるゴーグルを取って自分の顔を見せる。
「・・・どこかで・・・」
「うそだろう・・・龍徳だよ・・・俺の名前は神山龍徳!!お前をこの世界の誰よりも愛している男の名前だ!!」
大声を出すつもりはなかった・・・
だが、感情が爆発してしまう。
「その名前・・・誰かが・・・うぅ・・・」
「だ・大丈夫か志津音!!」
その時、誰かに突き飛ばされてしまう。
「志津音に何してんだよ!!」
「だれだ・・・邪魔をするな・・・」
「大丈夫か志津音?」
「うん・・・ありがとう水野君・・・」
「誰だよお前・・・」
有り得ない光景・・・
頭を抑えた志津音を庇うように一人の男が立っている。
「俺は志津音の彼氏だ!!」
「水野君?」
「シッ!黙っていろ!」
「か・彼氏・・・」
「ああ!俺の女になんのようだよ!」
『俺の・・・おんな・・・?』
気が狂いそうになる。
「ちょっと・・・待ってくれ・・・お前が彼氏?・・・ふざけるな!!」
「ふざけてんのはあんただろうがよ!」
志津音に顔を見ると水野と名乗った男の後ろに後ずさる。
「志津音! 俺との約束を忘れたのか? 俺・・・頑張ったんだぜ? 青山学園も首席で受かったんだ・・・だからポケベルを何度も・・・何度も鳴らしたんだよ・・・覚えてないって・・・うそだろう・・・」
龍徳の瞳から大粒の涙が零れ落ちる
「・・・あっ・・・『なみだ・・・なんで・・・私の胸が痛むの?・・・』」
力強い目を志津音に向けジッと顔を見つめる龍徳。
『・・・なんだろう・・・なんだかとっても・・・忘れたらダメな気が・・・記憶がないのに・・・胸が締め付けられる・・・』
「悪いがあんたが何もんだろうが、今は俺のおんなだ!あきらめろよ!」
このセリフに龍徳の顔が歪み、乾いた笑いが出てしまう。
「ハハ・・・諦める?・・・ハハ・・・俺がどれだけ志津音に惚れているか知らないだろうが・・・お前に何がわかる!!!」
・・・虚しさ、悔しさ、喜び・・・様々な感情が入り交じった自分を抑えきれない。
「小学生の時から・・・ずっと・・・ずっと俺の理想の女だった・・・志津音に追いつきたくって・・・志津音に相応しい男になりたくって・・・今まで頑張って来たんだ・・・それがお前に分かる訳がないだろうが!! 諦めろだ!!諦められねぇんだよ!!!」




