SIDE:???
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チュンチュンっと鳥の鳴き声で目が覚めた。
「ここは・・・」
薄っすらと目を開けるとカーテンの隙間から木漏れ日が見える。
「病院?」
少しすると誰かが入って来た。
「良かった・・・」
知らないおばさんが私の手を取って涙を零している。
「取り敢えず峠をこしたようですな。まだ暫くは入院して頂きますが、大丈夫でしょう。」
「先生有難うございます。」
なんなの?私・・・入院?
「良かったわね志津音。」
志津音?誰の事?・・・私の名前・・・私の・・・思い出せない!?
「あの・・・」
「どうしたの?」
「どなたですか?」
「何を・・・!?」
それから父と名乗る人と弟と名乗る子が来たけど母と名乗る人と同じリアクションで驚いていた。
その後、精密検査を繰り返して私が記憶喪失だと教えて貰った。
話を聞くとどうやら交通事故にあったらしい。
父が乗る車が国道を直進していた時に居眠りをしたトラックが信号を無視して私達の車の右側に追突したらしい。
その時、父の後ろに乗っていた私が、一番怪我が酷かったようだ。
幸いにも傷は綺麗に消えてくれたそうだけど入院して既に1ヶ月が過ぎたらしい。
その後、やせ細った私は一人で歩く事が出来ず賢明なリハビリの結果何とか新しい高校に通う事が出来る様になった。
交通事故から既に2ヶ月が過ぎた。
未だに記憶は戻らない。
家族が私に気を使ってくれるけど違和感が拭えない。
親子兄弟と言う名の赤の他人・・・
そんな感覚。
高校に通って友達も出来たけど上手くなじめない。
理由は自分の事が良く分からないから。
今までの私はどの様に笑ったのだろう・・・。
今までの私はどの様に喋ったのだろう・・・。
性格は? 趣味は? 嫌いなものは? なにも思い出せない。
そんな状態で友達と言っても自分に嘘がある様に思えてしまう。
交通事故で私達の乗っていた車は中心から右後ろにかけてグチャグチャだったらしい。
車のトランクに入っていた荷物も一部使い物にならなくなったそうだ。
ある時、弟の健一君が
「姉ちゃん・・・龍兄の事も覚えてないの?」
「龍兄って?」
「姉ちゃんが惚れていた人だよ!龍徳さん!神山龍徳さんだよ!!」
龍徳・・・頭が・・・
「ごめんなさい・・・思い出せない・・・」
「ホラ!この人・・・この人だよ!!」
そう言って写真を見せてくれたけど・・・
「うう・・・龍兄の写真・・・これしか残ってないんだって・・・」
そこには、幸せそうな顔で笑う私と寄り添う一人の男の子の姿。
だけど、男の子の顔が何かが強くぶつかった後で擦れている。
「この人が・・・龍徳さん・・・」
ウッ・・・何だろうさっきから・・・
「ごめんなさい・・・やっぱり思い出せないの・・・。」
「俺のもだけど姉ちゃんの卒業アルバムも全部グチャグチャで・・・それしか龍兄の写真がないんだよ・・・」
「ううん・・・ありがとう・・・大丈夫だから♪」
「うう・・・母ちゃん・・・」
「よしよし・・・。そうだわ!今度昔のお家を見に行ってみましょうか♪」
「マジで!俺も久しぶりに見に生きたい・・・あっ!そうだよ!そうすれば兄ちゃんに会えるじゃん!!」
さっきから・・・そんなにその人に合わせたいの?
「ふふ。お父さんにお願いしてGWに行ってみましょうか♪」
「やった~!兄ちゃんだったら絶対姉ちゃんの記憶を戻してくれるよ!」
「ふふ。そうね♪ そうなると良いわね♪」
「神山龍徳さん・・・名前を呼んでも何とも思わない・・・」
≪これ・・・姉ちゃんが兄ちゃんから貰った大事な宝物だから!≫
そう言って渡された宝石入れに手を伸ばす。
「本当に酷い交通事故だったんだろうな・・・」
ネックレスは切れてしまっている。
それと髪留めは半分に割れていた。
「綺麗なルビー・・・誰・・・」
触れた瞬間に頭の中に一人の男の影がちらつく。
≪志津音の誕生石・・・≫
「ルビーは私の誕生石・・・」
気が付くと悲しくもないのに涙が零れ落ちた。
「あれ・・・何で涙が・・・でも・・・大事なものだったんだろうな・・・」
そう言ってもう一度写真を見る。
「貴方は誰なの・・・貴方に逢えれば記憶が戻るのかな・・・」
そして、家族で、小学生の頃過ごしたと言う団地を見に行く事になった。
「どう?何か思い出した?」
「うん・・・何となくこの小学校だったのかなぁ~って感じがするけど・・・」
そして、私の記憶を取り戻すかのように次々に場所を変えて行く。
「この公園!よく兄ちゃんと遊んだよね!覚えてないの姉ちゃん!?」
「この公園・・・」
頭の中に誰かがいる・・・けど・・・分からない。
「途中までこの中学校に通っていたのよ」
「ここに・・・」
「貴方は小学生からバスケットをやっていて・・・ここでもレギュラーに選ばれて・・・」
「バスケット・・・うん・・・何か分かる気がする・・・」
「やっぱり思い出せないの?」
「うん・・・ごめんなさい・・・」
「良いのよ!謝らないで・・・」
そして、最後に・・・
「兄ちゃんいるかな・・・」
「GWだからどうかな・・・」
そして、健一君がチャイムを鳴らす。
すると一人の男の子が扉を上げた。
「この人なの?」
「ちげぇ~よ!誰だよお前!」
「これ!健一!・・・ごめんなさいね・・・」
「えっと・・・どなたですか?」
「その・・・こちらは神山さんのお家では・・・」
「違いますけど・・・」
そう言われて母が健一の顔を見る
「ここで絶対に会ってるよ!」
「申し訳ありませんが、こちらにお住まいになっていた方をご存じありませんか?」
「さぁ・・・俺もつい最近引っ越してきたばかりだから・・・」
「そうでしたか・・・ごめんなさいね・・・」
その後、私の親友だった子の家に行ったが不在。
学校で卒業アルバムを見せて貰おうとしたが教員が不在。
その後、横浜の家に行く事になった。
住んでいた家を見ても何も思い出せない。
龍徳って人とプールに行ったとかで連れて行ってもらったけど時期が早過ぎて閉鎖されていた。
通っていた中学校にと昨日と同じ様に連れまわされたが何も思い出す事はなかった。
最後に住んでいたマンションの隣人に話を聞いてくると両親と健一が近くの公園に車を止めて出て行ったので、一人で、公園で待つ事にした。
夕焼けが空を照らすが既に薄暗い時刻。
フイに立ち止まって何かを思い出しそうになる。
「なんだっけ・・・ここで・・・誰かと・・・うぅ・・頭が・・・」
誰かの姿が頭に浮かぶがボヤケてハッキリしない・・・。
「だれ・・・あなたは誰なの?・・・」
気が付くと涙が流れていた。
「思い出したい・・・うう・・・」
その後、何の収穫もなく新潟に戻る事になった。
私の事を心配に思った家族は、無理やり私の記憶を戻そうとしなくなった。
だから、あの人の事も記憶の隅へと忘れ去られていった。
時が経つにつれ家族の大切さが身に染みて分かってきた。
恐らく今までと同じ様に接してくれようとしているんだと分かった。
今では、学校の友達とも仲良くなれた気がする。
身体が覚えているのかバスケットはやっぱり楽しいようで、途中入部する事になる。
分かった事がある。
どうやら私はモテるみたいだ。
「鈴木志津音さん!好きです!俺と付き合ってくれませんか!」
「ごめんなさい。恋愛に興味がないの・・・」
何度か告白されてそう思った。
だけど、いつ記憶が戻るかも知れないと思うと返事をする事が出来なかった。
でも、それよりも告白されても興味が湧かない。
どんなに告白されても私の心には何も響かない。
周りの友達は羨ましがるけど何をそんなに羨ましがるのか
本当に惚れてたらあんなものじゃない・・・もっと命を揺さぶる様な・・・って?
自分で言っていて意味が分からなくなった。
普通の高校生活を送っていると思う。
でも、私の心は満たされる事はない。
バスケ部に入ったけどレベルが低い。
あの人だったらもっと・・・あの人って誰だろう・・・
思い出しそうになる度に底なし沼へと記憶が引き込まれてしまう。
つまらない訳じゃないけど心から上手く笑う事が出来ない。
もっと心の底から楽しく笑えていたと思う。
記憶を失った事で胸にポッカリと穴が開いた様な喪失感が消えない。
時が進むにつれ前よりはぎこちなく笑えるようになったと思う。
家族も今まで通り接してくれているのは分かるが、間違いなく私に気を使っている。
そして、ベッドの上で千切れたネックレスを手に取った。
「これを見ていると胸に開いた穴が塞がる気がする・・・ねぇ・・・貴方誰なの・・・?」
時が進み新潟には雪が降り積もる。
もうすぐ事故から1年が経つ。
冬休みの前に友達がスキーにみんなで行こうと誘ってくれた。
学校の授業でもスキーを滑るのだから興味が湧かない。
私は断ろうとしたが、そろそろ勇気を出して一歩踏み出さなければと一緒に行く事になった。
男女7人で約束したスキー場の名前は妙高高原。
私の事を好きだと言ってくれた男の子も一緒だ。
運動神経が良く私にとっても優しくしてくれる。
もう2度と戻らない記憶に怯えている生活に終止符を打つ時が来たのかも知れない。
男子達が話していた会話が偶然聞こえた。
どうやらスキー場で私にもう一度告白するつもりらしい。
告白されたらどうしよう・・・
好きって気持ちは分からないけど・・・今度は頷いても良いのかも・・・
新年を家族で迎え。
新学期が始まる。
スキーは泊りだったが両親が快く承諾してくれたのだが、健一だけは・・・
「兄ちゃんの事忘れないでよ・・・」
思い出せない男の子の事を未だに言い続けている。
ごめんね・・・
その人が大事な人だったのかも知れないけど・・・
それでは、私が前に進めないの・・・。
今度こそ・・・
私は前に進まなければ・・・
水野君の告白を受けて・・・