病気だからこそ会いたい
翌日電話で志津音と話していると・・・
「コホコホ・・・あっ、ゴメンね。」
「大丈夫か? 昨日の雨で風邪ひいたんじゃないのか?」
「ううん♪ちょっと咳が出ただけだよ♪」
「それなら良いけど・・・熱があるようなら早めに病院に行くんだぞ?」
「うん♪ 分かったよお母さん♪」
「おかんじゃありません!」
「クスクス♪ 龍徳君は本当に心配性だよねぇ~♪」
「志津音だけにはな。」
「そ・そっか・・・ふ~ん・・・」
電話の向こうで志津音がどの様な顔になっているのかを想像するだけで幸せな気持ちになるから不思議だ・・・。
「おっと・・・時間だ・・・また明日電話するな♪」
テレフォンカードの切れる音が終わりの合図。
「あ・・・うん・・・」
いつまでも話していたいと言う切なさが思わず零れてしまう。
「そんな悲しい声を出すな コン、コン、コン、コン」
「ゴメン・・・コン、コン、コン、コン」
あ・い・た・い・・・志津音は既に知っているが今でも気付かぬ振り。
しかし、それが2人の合図。
電話が終わると離れているにも拘らず互いに同じリアクションをしている事など当の本人たちは知る由もない。
「はぁ~・・・志津音に逢いたいなぁ~・・・」
「はぁ~・・・龍徳君に逢いたいなぁ~・・・」
そして、次の日の同じ時間に龍徳が電話をすると・・・
「はい。鈴木です。」
『あれ?・・・志津音じゃない?・・・お母さんの声だ・・・』
「あっ! 神山です。志津音さんはいらっしゃいますか?」
「ごめんなさいね。志津音風邪ひいちゃって今寝ているのよ。」
「やっぱり・・・大丈夫なんですか?」
「さっき解熱剤を飲んだから今は落ち着いているけど39度以上も熱があったから・・・また元気になったら娘から電話させるわね。」
「そんなに熱が・・・分かりました。ゆっくり休んで欲しいので志津音さんによろしくお伝え下さい。」
「ごめんなさい。龍徳君から電話があった事は話しておくから」
「はい。宜しくお願いします。 心配なので明日も電話させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ♪ 娘を心配してくれてありがとうね。」
「いえ!当然ですので・・・では失礼致します。」
ところが翌日も熱が引かないとお母さんに言われてしまう。
すると受話器の向こうから微かに志津音の声が聞こえた。
「電話に出る~・・・」
「バカ!あんた何やってるの~!」
「龍徳君とお話しする~」
「ダメに決まっているでしょう! 早くお布団に入って休みなさい!」
「ちょっとだけでも~お母さん~お願い・・・」
「龍徳君ちょっとごめんなさいね♪」
そう言ってコトンっと電話代に受話器を置かれる音が聞こえた。
「やだ~龍徳君の声が聞きたいよ~」
「ダメ! ほら!サッサと寝る! ったくあんたは~!」
そして、受話器を取った音が聞こえると
「ごめんなさいね~明日は家に誰もいないから寂しがっちゃって・・・」
「そうでしたか・・・私が電話したせいで申し訳ありません。」
「クス♪ そんな事はないから心配しないで♪」
「はい。明日も電話させて頂きます。」
そう伝えて電話を切った後、受話器の向こうから聞えた志津音の声を思い出す。
「泣いてたな・・・」
恐らく龍徳の存在がなければ泣く事はない気丈な女の子のはずだ。
それが、龍徳と2日間も話せない上に引っ越しから2ヶ月程しか経っていないとなれば、寂しいと思っても当然だろう。
母親が言うには、お父さんは出張中で、お母さんも仕事のシフトの都合で夜の9時まで帰って来られなくなったらしい。
そして、健一は部活の合宿で不在との事だった。
翌日、本当であれば龍徳も仕事の打ち合わせがあったのだが、それを全てキャンセルした血龍徳の姿が志津音のマンションの入り口にあった。
ピ~ンポ~ン・・・
取り敢えずはポケベルで194と伝えてはあるが、返信はなかった。
チャイムを3度鳴らすが応答がない。
「立てない程、辛いって事だよなぁ~」
我慢出来ず来てしまったが、迷惑だったと反省しメモを書き、お見舞いのフルーツバスケットに挟み込んで玄関の脇に置こうとした時だった。
部屋の中から慌ただしい音が聞こえて玄関が勢いよく開かれた。
「ウオッ! ビビったぁ~」
「龍徳君~♪」
龍徳の姿を見るや否や志津音が抱き着いてきた。
「クスクス♪ そんなに慌てて熱があるんだからダメじゃないか?」
「だって・・・嬉しくて・・・」
『う~む・・・胸の感触がとってもグッドです♪ ノーブラの事は黙っておこう♪』
龍徳も迷惑だと分かっているが、それでも志津音を抱きしめられた事が嬉しいのか志津音の匂いを嗅いでしまう。
「相変わらず良い匂いだ♪」
その言葉に志津音は一気に顔を赤く染めた。
「ひゃ~・・・あ・汗臭いよね!? ご・ゴメン!」
バッと龍徳から離れ顔を両手で隠してしまう。
「汗臭い? 何度も言っているけど俺が好きな匂いだって言ってるだろう?」
「うぅ・・・それは分かっているんだけど・・・とっ・兎に角中に入って・・・」
「ああ♪ いきなり来てゴメンな?」
そして、家に入ると志津音を布団に寝かさせた。
話を聞くと龍徳が来るまで寝ていて、チャイムの音が薄っすら聞こえたから目を覚まして何となくポケベルを見たら194と入っていた事で、
「もしかして・・・さっきのチャイム・・・わぁ~っ!!! 龍徳君が帰っちゃう!!」
っと慌てて布団から飛び出して玄関を開けたそうだ。
夜になると39.5分まで熱が上がったそうで、現在も熱を計らせたら38.2分も熱があった。
「ったく・・・これ以上、熱が上がったらどうするんだ・・・」
「ごめんなさい・・・だって・・・逢いたかったんだもん・・・」
「と言っても俺が来たのが悪いな・・・ゴメンな無理させて・・・」
「ううん。龍徳君の顔見たら元気が出てきた♪」
「気持ちは分かるが、嘘はダメだぞ! そんな赤い顔して!」
「ゴメンね・・・」
「良いよ謝るな・・・それより、食欲はあるのか?」
「あんまりないかな・・・」
「そっか・・・ちょっとキッチン借りても良いか?」
「うん・・・良いけど・・・何するの?」
「取り敢えず胃に何か入れないとダメだろう? だから俺がおかゆを作ってやるよ♪」
「た・龍徳君が? 料理作れるの?」
「あれ? 話してなかったっけ? 大体は作れるぞ?」
本当なら「いいよ~悪いからぁ~!」
っと断るつもりだったのだろうが、余りにも意外なセリフに
「そうなんだ・・・ありがとう・・・」
っと素直にお礼を言ってしまう。
『へぇ~全然知らなかった・・・本当に何でも出来る人だなぁ~・・・龍徳君の料理か・・・へへ♪ ちょっと嬉しいかも♪』
っと龍徳が作る料理への楽しみが勝ったようだ。
「一口でも良いから先ずはこれでも食べて待ってて♪」
っと勝って来た果物を志津音が食べやすい様に一口サイズに切り分けて用意した。
「可愛い~♪」
何種類かの果物をメロンの皮を刳り貫いた器の中に丸くボール状にした果物を盛り込んだ。
「はい♪ あ~んして♪」
「はぅ・・・」
『恥ずかしいけど・・・これはラッキーかも・・・』
「あ~ん♪」
「クスクス♪ 幸せそうな顔♪ 雛鳥に餌を上げてる気分だな♪」
「どうせお子様だもんね~っだ!」
「クスクス♪ はい。あ~ん♪」
「あ~ん♪」
『きゃわゆいなぁ~♪』
そして、果物を志津音に渡してキッチンに戻ると薄味の卵の御粥と少し塩分を抑えた煮込みうどんを作って志津音の部屋に持って行く。
志津音の勉強机の上に出来立ての料理を置きながら
「お待たせ~♪」
「良い匂い♪」
「匂いも籠るし寒気も兼ねて窓を開けても良いかい?」
「うん♪ ありがとう」
窓を開けると料理を小さいテーブルの上に置き直す。
「へぇ~」
「へぇ~ってなんだ?」
「えへ。美味しそうだなぁって思って♪」
「まぁ~志津音と比べると落ちるだろうが愛情は込めて作ったぞ♪」
「ウフフ♪」
「クスクス♪ どうした?そんな嬉しそうな顔して?」
「へへ♪ だって龍徳君が私の為に作ってくれたんだよ♪ 嬉しいに決まってるじゃん♪」
「そっか♪ 一人で食べれそうか?」
その言葉を聞いて志津音は考えた。
『これは龍徳君に甘えられるチャンスなのでは・・・』
「無理だから食べさせて♪ あ~ん♪」
「さっきまで恥ずかしそうにしてたくせに・・・クスクス♪ ほら・・・あ~ん♪」
そう言いながらお粥を志津音の口へと運ぶ。
「あ~む。モグモグモグ・・・わぁ~♪ 美味しい~♪」
『幸せ~♪』
「喜んで貰えたなら作った甲斐があったな♪ もう一口食べれ・・・」
もう一口食べれそうか?っと聞く前に
「あ~ん♪」っと志津音が口を開いた。
『幸せ~♪』
「プッ・・・そんなに美味しかったのか?」
「何で笑うのよぉ~ だって美味しかったんだもん・・・」
「ごめんごめん♪ はい。あ~ん♪」
『くぅ~熱出してよかったぁ~♪』
そして、モグモグと食べ始めた。
『お粥ってこんなに美味しかったんだぁ~・・・煮込みうどんも美味しい~♪ って・・・あれ?・・・本当にメチャクチャ美味しいんですけど・・・』
その後もパクパクと食べ続け気が付けば全て完食していた。
「う~む・・・完食するとは・・・」
「ぷはぁ~美味しかったぁ~♪ ご馳走様でした♪」
『今日はいっぱい甘えよぉ~っと♪』
「食欲がなかったんじゃないのか? そんなに食べて平気か?」
「だって美味しかったんだもん・・・それに・・・龍徳君が私の為に作ってくれた料理を残すなんて絶対やだし!」
「なんかどっかで聞いた様なセリフだな?」
「フフ♪ 教えて上げない♪ でも本当に料理も上手なんだねぇ~」
「まあな♪散々作ったから♪」
「クスクス♪例の話だね♪」
「さて、俺は食器を片してくるからちゃんと熱を計って薬を飲んでおくんだよ?」
「は~い♪ お母さんありがとう♪」
「オカンじゃない!」
『不思議だなぁ~龍徳君といたら本当に元気になっちゃうんだもん♪ さ~て熱を計らないと♪』
枕元に置いてあった体温計を取って口の中に放り込みピピッっと音が鳴ったので確認すると。
「ん・んん?」
訝しげな眼をしたと思うともう一度体温を計り測定が終わると取り出した。
「ん~・・・ヤバい・・・熱が下がってる・・・」
36.5分・・・解熱剤を服用する前に既に熱が下がっていた。