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鈍い鉛色の円錐  作者: 無秋
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第四話 僕と幼馴染

 流石に僕が汚れきったままではろくに訓練も行えないだろうということで、その日は本当に顔合わせのみで終了した。

 父が外で訓練を行っていた職員に一通りの説明をすると、訓練用として支給される作業着をくれた。僕と巽には規格の都合上支給する予定は無かったそうなのだが、どうせならということで二人ともお揃いの作業着を手渡された。

 着てみると確かに袖や裾にあまりが多く不恰好ではあるが、端を折れば着れないこともない。必要もないのに何故か着用している巽は、流れている血の関係なのか同世代の男子に比べれば体の造りが大きいので、あまり違和感はなかった。一方、僕の方は散々たる結果である。

 まあそこは諦めよう。

 諦めきれないのは犬の分担の方である。しかし一度決まった事に繰り返し言及するのも何とも男らしくはない。これでも大和男児だ。矜持というものがある。

かと言ってまあいいやとわだかまりを捨てることもできない。

そんなわけで、心のしこりを不解消のまま明日を迎えたくない僕の足は僕を司の元へと連れて行ったのである。

父にスペースの敷地まで送ってもらった後(二度目は吐かずに済んだ)、寮の自室に引き返す前に校舎の方へと向かった。司の元を尋ねるにあたり巽がついてくるのは好ましくないと思っていたが、幸いにも巽は犬の飼育について知識を入れておきたいということで図書館へ消えた。

校舎に入り、複数ある理科実験室の一番端の部屋へと足を運ぶ。本校の実験室は、午後の講義時間終了から校舎の施錠までの間は申請すれば自由に使えることになっている。と言っても唯でさえ過密な講義に課題の量もそれなりにあるので、好んで実験室で何かしらの独学をと考える生徒は皆無だ。一人を除いて。

その例外が司であることは言うまでもないだろう。

ドアを開けると複数の記憶を同時に呼び覚ますような不思議な音が部屋で反響していた。司は部屋の真ん中で手にした箱と共にその音の発生源と化している。

司だけが自由時間での使用申請を行っており、また廊下の最端にあるこの理科実験室は普段の講義では使用されないことから、この部屋は半ば司の私室のようなものであった。

今日も今日とてあまりにも異様な雰囲気なので入り口から声をかけてみる。

「-よう、司。今日はまた何をしてるんだそれは」

 焦点が曖昧だった司の目が僕を見た。

「やあやあ櫂季。いつものとおり実験だよ」

「見りゃわかるよそんなことは。司がここで実験以外のことをしていたことがあるか、いやないね。そうじゃなくて、その実験は何を目的として、行っているのかってことさ」

「さあ?私もよくわかってないから。だからこそ取り合えずやってみているんだけれど。私は何をしてるんだろうねー」

「僕が知るかよ」

 聞いても無駄だと判断して話を打ち切った。というかそもそもそこまでの興味はない。司のやっていることを僕が正しく理解できたことなんてそうないのだから。理解できないわりには度々、僕は司の実験の手伝いをしているけれど。

 腐れ縁。

 部活に所属していない理由として、不定期に行われる司の手伝いに参加する時間をそがれたくないというのも、まぁなくはない。

 ちなみに巽も結構な頻度で参加する。あいつが部活に所属していないのも同じ理由だと僕は考えている。

 不思議な音を出し続けていた箱は、僕が部屋の敷居を跨ぐと途端に静かになった。司が止めたのだろうか。

「あれ?」

 部屋に一歩入って違和感。否、部屋に一歩入れたことに対する違和感と言い換えた方がいいだろう。この実験室はいつだって司の理解不能な私物が散乱していて、足の踏み場もなかったのだ。しかし今日は綺麗なものである。理解不能が行方不明になっている。

「部屋、片付けたのか」

「まあちょっとね。私がここを使う必要もなくなったから」

「実験やめるのか。僕には何をしてたのかついぞ分からなかったけど」

「やめる、ってわけじゃないよ」

 そう言いつつ司は窓の外に視線をやる。口元はかすかに笑みを浮かべていた。

 驚いた。珍しいことに司は少々ご機嫌な様子だ。この場合、外から見てそれがわかるというのが珍しい。

「むしろこれからという感じ」

「どういうこと?」

「私の担任も櫂季の担任同様に宇宙局局員と教師を兼任しているんだけど、この前やった実験の成果を報告書にして提出してみたら興味もってくれたみたいでねー、宇宙局の実験室を一室、私の研究室として貸してくれるらしいのね」

「そりゃ、凄いな。正式な研究課題として採用されたってことだろ」

 使える人材を育てることもスペース設立目的の一つだ。司はその枠に入ったということか。

「うん。自分でも上出来だと思う」

「教師に見せた実験って、部屋の窓吹き飛ばしたやつか?」

「そっちの実験じゃなくて、屋上から落下させた実験の方」

「ああ、僕の目と鼻の先に落ちたやつか」

 あの時は死ぬかと思ったが。

「今日は後片付けのつもりでこの実験室に来たのさ」

「今まさに実験してたじゃん」

「思いついちゃったからねー。そうだそうだ思い出した。あれを思いついたから実験してたんだっけ」

 後方扉の前に荷物が積まれている台車があった。司はそこに不思議な音を発生させていた箱を置く。

「それも持って行くのか」

「まだ途中だから」

 司はよくこの言葉を口にする。

──まだ途中。

何の途中なんだろう。

「これから櫂季には実験の手伝いしてもらえなくなるけど、ごめんねー、悪いねー」

 大して申し訳なさそうでもなく司は言う。

 別に好き好んで実験に参加していた(させられていた)わけではないのだけれど。

「いや、それはともかく。僕が実験に参加したいかどうかは別として、何で僕が手伝うことができなくなるのさ」

「だって私に与えられた実験室は宇宙局の研究棟にあるから。凄くない?研究棟だよ。んふふ、色々無茶できるんだろうな。で、まあその代わり、許可証のない高次防衛教育機関の学生じゃ入れないのよ」

 司の話を聞いて、僕はここに足を運んだ理由を思い出した。そういえばまだ司に何も話してない。

「ああ、それは大丈夫なんだ。僕も許可証持ってるから」

「へえ、どうして」

 僕は父から与えられた仕事を司に話した。恥ずかしいので嘔吐に関してははぐらかして、巽と一緒に犬の訓練をすることになった事実と、僕がはずれっぽい犬を飼育するということだけ。

「その犬の飼育目的は?」

「よくわからない。何かの記録を取るために活用されるんだろうけど」

「櫂季はその確認をしておいた方がいいよ。うん、絶対そう。目的によって犬の伸ばすべきところとそうでないところが分かれるわけだし。元から劣っているのなら、余計なことに注ぐ労力はないはずだからさ。もっともその飼育自体が余計でしたってオチが付かなければだけれどねん」

「至極もっともだな」

 最後の混ぜっ返しは別として、司の言うとおり、僕とあのくせっ毛には遠回りするだけの余裕はないだろう。じゃないと巽に負けてしまう。

 何を持って勝ちとするかもわからないけれど。

「でもそういうことなら丁度よかった。うん、最高」

「何が?」

「荷物、運ぶの手伝って」

 僕は出入り口前の台車を見て言う。

「台車一台なら、司一人で運べるだろ」

 司は首を横に振った。

「あれの五倍くらいの量が隣の準備室に押し込んであるから。櫂季はそれを運ぶのが仕事」

「仕事?」

「そう、仕事」

「・・・・・・仕事なら仕方ないな」

 嘆息して諦める。

 結局五倍どころではない量の用途不明の何かを僕は延々運ぶこととなった。と言っても、スペースと宇宙局研究棟の境界から先は車だったけれど。運転したのは司だ。なぜ、とは訊かなかった。彼女にまつわる不思議な事柄をいちいち言及していたらきりがない。

 研究棟の前に車を止め、一通りの積荷を降ろして一息つく。司の研究室は研究棟の五番棟二階にある一室だった。スペース校舎内の理科実験室よりはいささか手狭にはなったものの、司個人に対して割り当てられた部屋と考えれば十分すぎるだろう。

「これからはここが司の実験場か」

 司が成果を認められて勝ち取った場所。自分のことではないにしても、感慨深いものはある。当の本人はあまりそこらへんに頓着してはいなさそうなのが勿体ないけれど。

「僕も犬の訓練でそれどころではなくなるだろうけど、たまにはこの部屋に着てみるのもいいかもな」

「いつでもどうぞ。いや、むしろ住んじゃう?」

 いそいそと荷物を配置しながら司はそう言った。

 何をどこに置けばいいのかは司の頭の中に既にあるようで、箱を開ける端から戸棚や金属製の据付台に黙々と乗せていっている。

 僕が中央の作業台に箱から出した荷物を置き、司がそれを適切な位置へ配置する。箱の中から出てくるものはどれも僕には用途のわからないものばかりだ。透明な容器に入れられた発光体、小さくそれでいて高い音を出す銅製の模型、やわらかいんだか硬いんだか触るたびに触感の変わる何か。それらをおっかなびっくり作業台に並べていく。

 五つ六つと箱を開け進めていたら、一つだけ僕にもわかりやすい形のものが出てきた。押し込み式の開閉器がついた合成樹脂の箱。遠隔式で電源の切り替えにでも使うのだろう。開閉器を硝子の外郭で覆っているのはうっかり押さないようにという配慮だろうか。

「なあ司、これって何の操作に使うんだ?」

「人間だね」

 司は戸棚に金属の板を置きながら、こともなげにそう言った。

「何だ、人間か・・・・・・・・・は?」

「結果的にはってことだけどね。それを押したからって人が動き出すわけじゃないよ」

 刷り硝子を二重にしたような何かしらを運びながら司は言う。

「えっと、一旦手を止めて、もっとわかりやすく説明してくれないか」

「しょうがないなほんとに、櫂季は私がいないと駄目駄目ちゃんなんだから」

 言われて司はめんどくさそうに肯くと、僕が開いていた箱の中から黒い輪を取り出した。黒い輪は途中につなぎ目があり、つなぎ目の反対側には支点がついていた。どうやら半円形に開くことができるらしい。

「はいこれ、首にはめて」

「ん?あ、あぁ」

 わけがわからないがとりあえず司の言う通りにしてみる。

 半円形に開き首にあて、つなぎ目を押さえたら咬み合う音がした。

「それで、どうなるんだ?」

「これを押すと首輪が爆発します」

「は?え、ちょっと──。」

 慌てる僕を尻目に司は硝子の外郭を外し、押し込み式開閉器の上に指をかけた状態で僕に突きつける。

「押されたくなければラムネを謙譲しなさい」

「は、はい」

「毎日朝晩の計二本」

「わかったから、わかったからその指をどけてくれ」

 力のこめ方間違えれば僕が死ぬ!

「・・・ってね。ほら、人間を操作できたでしょ」

 司は口角を僅かに上げて、そのまま開閉器を押し込んだ。

「いやーーーーーーーーーー・・・・・・・・・って、あれ?」

 叫んではみたものの、僕はまだ生きている。首を触るが何ともない。黒い輪もついたままだ。

「爆発するってのは嘘か」

「嘘じゃないよ。まだ途中だから。遠隔操作で爆発させるためには色々と技術が足りなくてさ。だからまだそれには爆薬も積んでない。というか積めない。積むならその倍くらいの大きさが必要だしね」

 たしかに首輪からは火薬の臭いがしない。薬品系も皆無だ。

「死ぬかと思ったよ。ていうか死んだかと。だったらその開閉器も模造品か」

 司の手にある箱を指差す。いつの間にか硝子の外郭も付け直されていた。

 司は僕の言葉に首を振る。

「ううん。こっちはもう完成済み。あとは首輪の方が完成するのを待つだけ」

「何で本体より先に操作装置を作っちまうのか。まあいいや、とりあえずこれどうやって外すんだ?」

 付けるときは抵抗なんて感じなかったのに、外そうとするとつなぎ目が咬み合ってどうにも上手くいかない。

 しかし爆薬は無いと知りつつも、用途が用途だけに無理に力を加えづらい。

 それを見てまた司が口角を歪ませた。

「外すのもこの操作装置でやるんだけど、せっかく犬の世話するんだし、同じ気持ちになるために櫂季もしばらくつけてみたら?首輪を」

「絶対、嫌」


 6


 犬を割り振られた翌日、まずはいつもと同じ寮生活をまっとうする。やるべきことが新たに出てきたからと言って、今までのことが無くなるわけではないのだ。

 冷たい水で顔を洗っていると珍しく僕より遅く起きた巽がやってきた。

「どうした、顔に疲れてますって書いてあるけど」

「借りてきた犬の本を一通り調べていました。どうやら私が割り振られた犬の種類はシェットランドシープドッグというものらしい」

「またよくわからん名前だな。それは巽の母国語での表現か?」

 僕の質問に巽は顔を洗いながら器用に首を振る。

「いいえ。イギリス圏から渡ってきた犬らしいので英語です。名前はそのままシェットランド諸島の牧羊犬という意味です」

「つまり、牧畜犬か。家畜の管理をする犬ってことは、相当頭がよさそうだな」

 羨ましいことだ。

「血統上仕方のないことですが、よく吠えるらしいのでそこは注意していかなければいけませんが」

「犬が吠えるのはいいことなんじゃないの?」

「本当に賢い犬というのは、人が必要としているときにのみ吠える犬のことです。無駄吠え、というのですが、それをする犬は二流もいいところです。少なくとも祖父の価値観では」

「ふーん」

 二人して歯磨きを終え、食堂へ向かう。

 牧羊犬か。

用途を考えても人の命令には忠実そうだ。と、そこで一つ気になった。

「ちなみに僕の担当するあの犬は何て犬種なんだ?」

「実はよくわからなくて」

 巽はこめかみに指を当てる。

「私の担当はすぐにわかったのですが、櫂季の犬ははっきりとしないんですよ。寝不足もそれが原因でして。雑種ってことはないとは思いますが」

「何だよそりゃ」

「他にも調べますから、その中でわかったら教えますよ」

 でも、と巽は僕を見据える。どこか呆れたような顔で。

「むしろ何故櫂季が調べていないのか、と苦言を呈させていただきます」

「僕も僕で色々あるんだよ」

 具体的には荷物運びとか。

 しかしそれを巽に言うわけにもいかない。僕があの後司と二人でいたという事実は巽を不愉快にさせるに足る。朝から余計な労力は使いたくはない。

 いつも通りの授業をいつも通りに受ける。

 授業の途中も気づけば犬のことを考えている自分がいた。何だろう、実は少し楽しみだったりするのだろうか。

 放課後になり、巽と共に犬たちの待つ研究棟へ向かう。

 昨日の顔合わせの後、父は「明日もここに来るように」と言っていた。今日から本格始動なのだろう。

体操着に着替え、研究棟までの道のりを走っている間も、やはり鼓動はいつもより高鳴っていた。

 そうだ、間抜けそうな犬をあてがわれたからといって何を落ち込む必要がある。そもそも研究対象にされているだけでも数多いる犬種の中から選び抜かれたということではないか。確かに巽との勝負──勝ち負けの基準も曖昧だが──を考えれば若干の不利は認めなければならないけれど、それを覆してこそ達成感というものが得られるというものだ。

「いまに見ていろよ巽」

「急にどうしました」

「僕は絶対にお前に勝つ」

「いつも櫂季が言ってることですね」

「今日のこれはいつも以上だ」

 研究棟の立ち並ぶ敷地内に到着し、一番奥の飼育小屋がある棟へと向かう。

 区分けされた小屋、その中から一つを選び前に立つ。

「さあ出て来い僕の相棒」

 扉を開くと同時にくせ毛の犬が出てくる。

そうとも、こいつは今日から、もとい昨日から僕の相棒となったのだ。何の因果か父の研究を手伝うことになり、そして偶然と不遇により選び抜かれた相手。

顔立ちや行動に不安はあるものの、それはそれ、どうとでもなる問題なのだ。よく見れば愛嬌のある容姿をしているように見えなくもない。さあ、相棒がやってきた。

くせ毛の相棒は僕の足元に来て、そして片足を上げてぶちまけた。

「・・・・・・・・・この馬鹿犬が」

 右足が嫌な湿り気で溢れている。ほのかに硝石のような臭いもする。

 僕の状態に気づいた巽が声を殺して笑っていた。

「巽、言いたいことがあるなら言えよ」

「また臭くなりましたね」

「ちくしょう」

 くせ毛の犬は何事もなかったような顔をして僕の前で後ろ足を使って頭を掻いていた。何だその態度は、自分がしでかしたことを悪びれもしないのか。犬のくせに、犬だからか。

 こいつを怒鳴り散らすべきかそれとも体罰でも与えるかと逡巡していると、種本先生が飼育小屋にやってきた。

「よし、二人とも揃っているな」

「先生、どうされたのですか」

 先に気づいた巽が一礼に続けて訊ねる。

 因みに巽の横には例の牧羊犬がお座りをしている。従順そうであり、また賢そうな態度。交換してくれ。

「乾とグラフ、二人とも昨日は顔合わせをしただけで、まだどんな訓練を行うかは聞いていないだろう。乾の親父さんに頼まれてな、そこら辺を一通り説明しに来た」

「種本先生が?てっきり父が今日も来るものだと思っていました」

「あの人は忙しいからな。内も外も・・・・・・・・・まぁいいか。とりあえず、そういうわけだ。犬の訓練内容及び進捗の管理は俺が担当する。といっても基本は目的を示すだけで、やり方は各々にまかせるからそのつもりでいるように」

「「はい」」

 僕と巽が肯いたのを見て取ると、種本先生は文字の書き込まれた紙を手渡した。

「見ればわかると思うが、そこに書いてあるのが君たちが犬に訓練し学習させることだ。それを満たしてようやく役立つものになる」

「結構多いですね」

 一足先に目を通した巽が言う。

「数としてはな。ただ、半数近くは犬の躾としてはごく一般的なものだからそれほど障害にはならないはずだ。気にすべきは数よりも個々の内容だな。特に後半はちゃんと考えないと立ち行かないかもしれん」

「何か要点みたいなものはお聞かせいただけないのですか?私も櫂季もこういったことは経験がないものですから」

「あるにはあるが、君達には教えない」

「え、何で?あ、いや、どうしてですか。せめて僕にはこっそりと」

 巽は別にいいから。

「乾の親父さんにも言っていないが、これも一応生徒指導の一環でな。中等部2年目からは全員部活に参加していなければならないという規則は知っているよな」

「はい、一応」

「では今現在、中等部1年で部活に所属していない生徒が何人いるか、知ってるか?」

「いえ、存じ上げておりません」

 巽が律儀に答える。そりゃわかるわけない。

「二人だよ」

 なるほど。

「僕と巽ですか」

「そう、乾とグラフだけだ。普通はどんなに遅くとも1年目の夏には入部しているものなんだけどな」

 珍しいやつらだよ、と種本先生は笑う。

「でも君たちは入ってない。これから入るにしても時期を逸してるし難しいだろう。こんなこと、教師が言うことではないけどな。ともあれ、そういうわけで君たちは部活動における評価を受けられない状況になってる。その代替措置として今回の役目が回ってきたということもある」

「えっとつまり──学業の一環だから、訓練方法も自分の力で考えろと、そうなるわけですか」

「まあ、そういうことだ」

「私と櫂季に関してはそれでいいとしても、犬は研究対象なのに、よいのですかそれで」

「正直なところ、あの二匹には期待していないからな。残されていたことからもそれはわかるだろう」

「・・・・・・・・・。」

「とはいっても、手抜きをしていいわけではない。研究対象であることは変わらないのだからな。君たちは君たちにできる範囲をやりなさい」

 それでも十分な参考資料にはなる、種本先生はそう言い残して部屋を去っていった。

 ───素直に言って、僕は何か思い違いをしていたのかもしれない。ひょっとしたら選ばれたのかと、ともすれば特別になったのではないかと、そんな風には考えていなかったと言えば嘘になる。自分は何か必要とされていて、とても大切な研究のとても価値のある部品として巽と共に選ばれたのだと、昨日寝る間際に夢想したのだから。他の生徒が持たない許可証を手に、皆がスペースいにいる間に、こっそりと研究の一助を担う。そんな何者かに僕がなれたのだと、勘違いしてしまっていたのだ。

 だけどこんなものは教育の一環で、僕らの対象とするのは早々に大人が選定を終えた後の残りカスみたいなものでしかないのだとしたら。

「悔しいな」

「そうですね」

 沈んだ声は二人とも同じだった。

 そしてそれ以上に。

「見返すぞ」

「勿論です」

 熱く、そして強く滾っていたのも同じだった。

「やってやる」

 何も期待していないと言ったやつらに煮え湯を飲ませてやる。たとえ末席だとしても、席を用意したことを後悔させてやる。外で今まさに訓練を続けている大人たちにも言ってやろう。あんたたちは選び間違えた。あんたたちの残した犬こそが最も優秀たりえたのだと。

「なあ巽、何から始めようか」

 巽は不適に笑う。

「山ほどありますよ。基礎的な躾に身体能力の強化、目的にそった条件付けを踏まえた基幹訓練。その上本能と間逆のことを教える必要もあります」

 でもしかし、と巽は続ける。

「まずはズボンをはきかえることからでしょうか。両足がそれでは格好もつきませんしね」

 いつの間にか僕の足元に擦り寄っていたくせ毛の相棒が、僕の左足にまたもやぶちまけていた。

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