論破ってなんだ????????
論破力の内容を参考にしている今シリーズ、内容は議論の場だけに及ばない応用範囲が広いものでございますね。
論破とはなにか? と問われたら、それは『みんながアナタに対して「あ、こいつ今論破したぞ!」という感想を抱かせること』とわたしは答えるでしょう。議論のお題によりますが、多くの議論ってわりと"どうでもいい"みたいなものが多いのですよ。目玉焼きには醤油か塩か? とかスイカに塩をかけるかかけないか? みたいな、そんなの『個人の勝手』であって、そこに絶対的な真理があるわけでもないじゃないですか。もし、これを厳密に決めたいというのなら、たとえばそれぞれの味覚を科学的に調査して、人間が感じる味覚の種類を全て数値化した上でそれと照らし合わせて、その人にとって最も"おいしい"と感じさせるようなテイストを追求していかなきゃいけなくるなるでしょう。
めんどくさいじゃん。
ただ、それでも議論というか、論理的に対話する方法が無いわけでもなくて、たとえば「スイカに塩をかけると本来の甘みが、微妙に混ざったしょっぱさのおかげでより強く感じることができる。だからスイカには塩をかけたほうが良い」みたいな理由を思いつくことはできるんですよ。まあ、こんなこと言っても「じゃあスイカ自体の甘さは変わってないんだから、塩かけずにふつうに食えばよくね?」というツッコミをくらうだけなのでアレですが。せっかくだから「甘さの変化ではなく"感じたかどうか"の主観的な問題だよ。甘さをより感じるという感覚を味わうためなら塩をかけるのもアリでしょ?」とか反論してみます?
ちなみにわたしは「スイカに塩かけない」派です。まあ、食ってみておいしいんだったら塩かけてもいいですけど。
小話はこれで良しとして、では、例によって『議論のテクニック』シリーズの続きを書いていきましょう。
議論をする上で、アナタが理解できないタイプというのはどうしても存在します。それは仕方ない。人間70億人、日本にだって1億人ちょっといるんですから。でもそれは相手とて同じこと。例えば、日本では家の中に入る場合『土足厳禁』ですよね? でも、国によっては靴を履いたまま家の中を歩き回るのは当たり前ってところもありますし、みんな裸でお湯がたまった水たまりの中にはいるとかいう文化を知らない人もいますし、食事中に『ズルズルズルウウゥゥ!!』って麺をすするのは考えられないって国もあります。
え? 日本だって行儀悪いって? アナタ蕎麦屋に行けない人なの?
これはしゃーない。お国柄だし、同じ日本人間だって地方によっちゃ文化はさまざま。わたしだってう◯こを食べたいっていう人の思考が理解できないですけど、話を聞いてみると「あー、うん、まあ、なるほど」くらいには思いました。これは議論の場においても同じです。相手の意見や主張、理論をまずしっかり聞くのは必要ですが、そこに納得いかない場合もあるでしょう。そういう時はいったん落ち着いて、相手の理論を分析して矛盾してないのならひとまず受け入れましょう。矛盾してたら『詰める』戦法でガンガンいこうぜスタイルでやっていきましょう。
さらに理解できない場合は『相手の立場になって考える』というのもひとつの手です。ポジショントークというか、組織に属する人間というのは得てして"わたしの意見"ではなく『組織の意見』を口にします。そりゃそうよね? だって組織代表でやってきてるんだもん。
さて、アナタが論破力を発揮して相手をいい感じに追い込んでいった時、ちょっと注意が必要になります。それは『相手を完全に言い負かさない』ということ。たしかにその瞬間は相手をけちょんけちょんにできるので爽快でしょうが、これからもお世話になるだろうその人を徹底的に追い込んでしまった場合人間関係がこじれてしまう場合があります。これからも仕事や友人関係としてその人と仲良く付き合っていきたいならなおさらですね。そこで、アナタが目指すべきは『ヘタなことはしないほうがいいけど格下』のポジションです。
アナタが普通の会社員であることを想定した場合ですが、そこには必ず先輩がいて、上司がいて、重役がいて、社長がいるわけです。アナタは議論が強くなってしまったばかりに彼らに向かって理路整然と話を進めてしまい、しかも周囲に見られる形で完全に"論破"してしまった日には、その後上司たちに非常に警戒されます。なんで? なんて疑問はもたないでください。そういうものです。
なので、ここはひとつ『能ある鷹は爪を隠す』スタイルでいきましょう。ただし『牙を向きそう感』をほのめかして。具体的には、論破までいかずとも、鋭い指摘をするヤツ、程度です。その加減は難しいでしょうが、ここまでの論破シリーズを読んでくれたアナタならすでにその素養は備わっているはずです。
参考にしている『論破力』の著者『西村博之』氏は「下に見られてナメられているほうが何かと得」と言います。付き合いやすいヤツと思われてなにかと誘われたり、イロイロなチャンスを与えられてくれるのですね、それでも「オレを脅かすことはないだろう」レベルの意識で……これってすごく"お得"じゃないですか?
具体的な戦略として紹介されている手段では、なにかの会議や会合が終わったあと、お目当ての上司などにメールを送り『あの時は言いませんでしたが、あれはこうだと思ったんですけど』なんて形で……心理学的にはどうでしょう。えー、おそらく小さいレベルでの自己開示的な効果はあるんじゃないかなぁとは思うのですが、べつにこれ共有のヒミツをもつレベルには至らないと思うし、まあ上司に対して個別に意見を述べることで、その上司に対して他の社員よりも存在感を与える効果はあると思います。
相手となかよくすることが大切とはいえ、どんなに頑張っても相手から嫌われるということはあると思います。でも、それは気にする必要はありません。先程も書きましたが、人間は世界に70億も存在します。その70億、まあ日本限定して1億ちょっととしても、その全てに好かれる人間はいないわけで、議論の相手は友達ではないのだから、こちらが意図せずとも嫌われてしまうことだってアリえます。
そういうときは「あー、あの人はわたしを嫌うタイプの人ね」くらいの認識でいきましょう。で、先んじて『わたしを嫌うタイプの人っぽい』と感じたのなら、逆にはじめから積極的に嫌われていくのも手段っちゃあ手段です。
そもそもす『すべての人間から嫌われようとしても難しい』のです。その逆もまたしかり。なので、みんなに好かれようと思わずに自然体でいくと、逆に自分にとって最適な人間関係ができあがったりするものです。で、自分を嫌ってくるタイプには「ああ、そうですよねぇ~」的な感じで流しましょう。相手をすると余計なストレスを抱えてしまうので、議論の場においてもわりと不利益だったりするのです。
それでもまあ、相手から敵意を持たれたり、なかなかうまい議論ができなくてイライラが募るという場合もあるでしょう。そんな時はとりあえず数秒間深呼吸しましょうか。怒りを感じる脳内物質はわりとすぐ半減してくれるので、ちょっと黙って深呼吸すれば怒りは自然と消えてなくなります。議論の場でそれができない時は、とにかく自分が集中して楽しめる趣味に打ち込むことです。ただ、著者が紹介する最も良い方法は『こうしておけばよかった』という後悔を残すこと無く議論しまくる、ということ。
要は相手に嫌われるとかそういう事を気にする前に、自分の気分が悪くなるのを避ける事を最優先にしましょうって話です。
今回は議論というよりも『人間関係のテクニック』って感じになりましたね。まあ論破力にこんな感じの内容が書いてあるんだから仕方ない。議論にはそれに対する準備も必要ってことですよ。
みなさんもなるべくストレスを溜め込まない生活を心がけましょう。どうでもいい議論で人間関係をこじらせるよりも、その場所では相手と仲良くなっといて、いざガッツリ議論する必要のある議題で全力投球する。そんな力加減こそが大切なんじゃないでしょうか?
2択を迫るってすっげーキラーフレーズよね?




