論破ってなんだ???????
西村博之氏の論破力シリーズも7つまできちゃったよ。そろそろ別の本を紹介しようかな?
そろそろ『論破ってなんだシリーズ』も架橋に入ってきたところでしょうか? 連日お伝えしている議論についてのテクニックですが、これらを活かすか殺すかは結局その人次第ということになります。運用方法も気をつけなくてはならず、場合によっては議論で相手を論破したことによって反感を買い、その後の人間関係や議論においてもなかなかこじれた関係が構築されてしまうやもしれません。
そういった状況に陥ることがないよう、普段からほどよい人間関係を築いていきましょう。それでは、例によって議論についてのアレやコレについて書いていきましょう。
で、議論をすすめる上で勘違いしてはいけないことなのですが、議論とは『相手の言いたいことを理解する』要素がとても大事になってきます。そこには、例えあなたが理解できないとか、納得できない、みたいな主張があったとしても、しっかりとそれを受け止める、あるいは認識する必要があります。現在なにかと問題になっている森さんが発言した『女性は~』というアレも、議論の場として討論するのであれば、森さんがいかなる理由で「女性は〇〇だ」と発言したのか、真意を知る必要があります。全てにおいて否定して、相手の主義主張を封じた上で騒ぎ立てるのは単なる口喧嘩でしかないでしょう。
相手がなぜ「女性は〇〇だ」という発言をしたのか? そこにはどのような意図があるのか? を問いただす必要があるのです。で、相手の説明に対して(その理屈おかしくね?)という問題があった場合は、前回紹介した『詰める』戦法によってどんどん(相手がついているかもしれない)ウソを暴いていきましょう。
しかし、ここで注意しなくてはならないことがあります。世の中には非論理的な人というのはたくさんおりまして、というか、『非論理的な部分がない人なんていない』のではないか? というのがわたしの個人的な思いです。わたしは野球が好きだったりする人間なので、テレビで見てたりすると「なんでそんなクソボールスイングするねん!」みたいな思いに駆られることもあります。そのときは相手の考えなどもよく理解せずに「アホかほんまにぃ」なんてツッコミを入れたり、他にもゲームで楽しんでるときなんかは、そういう理性的な自分を棄て去ってハイになることもありますね、まあ、だいたい相手にやられるんですけど。
まあ、個人的な話はやめましょう。えー、世の中の非理論的な状況として『ぜんぜん働かない人をなぜか経営者が重要なポジションにつかせている』とか『だれも気にしないような小さな事にすごい剣幕で怒鳴ってる』とか……経験あります?
実はこういった人たちにもちゃんとした『理論』が存在するのです。要点はその人が『何を優先したのか?』ということで、痺れを切らした従業員が「あの社員使えないんだからクビにしようよ!」とお願いしても、実は"その働かない人は経営者の愛人だった"とか、はたまた"その人に会社の裏金問題のヒミツを握られている"とか切羽詰まった事情があるかもしれません。これも『立派な理由』ですが、さすがにこれを従業員に説明するわけにはいかないでしょう? ――だからこそ、経営者は従業員たちに対して「NO」という答えを出すわけです。
非理論的でも、その人の中ではちゃんと『理論的に考えている』わけですよ。なんだったら「こいつ優秀でムカつくからクビにしたい」というのも、ある種れっきとした理由になりえます。こういった相手の『非理論的な理論』を見抜くことも、議論において重要になってきますね。ドラマとかでもよくあるでしょ? なかなか行動に踏み出さない上司。その理由は〇〇にあった! とか、刑事ドラマだとよく『警察の上限関係などのしがらみ』などがよく非理論的な理論として挙げられていますね。
こういった場合は『ダイレクトに事情を訊く』ことも良い手段ですよね。まあ「愛人だからムリ」なんて理由を素直に話してくれる可能性は低いですけど、話せる範囲内では明かしてくれるはずです。他にも、相手と仲良くなれば、飲み屋で会話を繰り広げてる時に「いやぁ、俺も本当はそうしたいんだけどさぁ、契約先のあれこれの関係でそっちに手を回せなくて……」なんてお話が紛れ込んでくるかもしれない。それが分かれば、じゃあその手間を省くような取引をもちかければ、相手の首も縦に振ってもらえるというわけです。相手と仲良くなっておけば『見抜く』ことだって可能ですよね?
相手から嫌われても良いという思考は、議論の上ではちょっぴり危ないです。なにせ、世の中には「あの人が嫌いだからあの人が出したこの意見に反対」となってしまう方もいるからです。これは心理学的に仕方ない事情もあって、少なくないでしょう。基本的にはトゲが立たないよう軽やかにステップを踏むことが大切です。ただ、企業というのは仲良しさんの集まりではありませんので、そのヘンの主張はしっかりする必要がありそうですね。
参考にしている『西村博之』氏の著書によれば、こういった厄介な人間ほど転がしやすいそうです。「あの人が嫌いだから反対」というのは確かに厄介者ですが、では『なぜ?』その人が嫌いになったのでしょうかという疑問を持つと話が変わってきます。例えば「飼っていた猫を殺された」となれば(そりゃあ嫌いになるわ)と納得できるでしょう。さらにアナタもその相手を嫌いになるかもしれませんねぇ。わたしも犬を殺した人間を嫌いにならないでいられるか不安だわ。
そういった厄介者が厄介者になった理由を知ると、意外とその厄介者から好かれるものです。まあ巻き込みというか、アナタ私の味方でしょ? みたいな態度をとられると困るのでその距離感はもっておくとして、過度な感情移入はせず『事情を知ってる人』というポジションにうまく入り込みましょう。議論において情報は戦力。こういった人間関係の情報も取り入れておくと、双方の橋渡し役にもなりますし、そうなると『あの仲悪いふたりの間をとりもったスゲーヤツ』として周囲からも一目置かれる可能性がグンと上がります。
まあ、それで頼られると困るので距離感はほどほどに。これは会社で孤立している人に対しても有効な手段です。
世の中には『じじい転がし』という種族(?)もいるそうです。孤立している厄介なワガママじじいの懐に飛び込んで、いつのまにかじじいから好かれている。そういったじじいはたいてい権力あるタイプなので、それに好かれるということは一緒に権力者たちとの交流に参加できたり――まあ、可能性の話ですけど。周囲に壁を張っている"感"の人に近づくには、はじめ心理的な壁がめっさ立ちはだかっているのですが、それをひとつ乗り越えさえすれば、案外スラッと仲良くできちゃうものですよ? ちなみに若くてイケメンな方は『ばばあ転がし』にチャレンジしてみてはどうでしょう? エライ立場にいる女性にとって、イケメンが侍っていることはある種のステータスです。連れていきたいカッコイイタイプで、『いつでも参上しエスコートしてくれるイケメン』はとっても貴重な需要を秘めているでしょう。
さて、わたしは世界的観光地の日光市に住んでおります。ここでの生活のなかで、いくつかサービス業を経験していたのですが、そのなかでたくさんのお客さんと交流してきました。ほとんど、というかまあ9割9分ほどは良いお客さんなのですが、不特定多数の方と交流するという都合上、どうしてもよろしくないタイプのお客さんがいたりするんですよ。
イキナリ後ろから肩を叩かれて「おいこれどういうことだ!?」って言われたのはさすがにビックリしました。
こういうときのお客は『自分はお客様である』ということを強調してくるので、こっちとしては(はあ、そうなんですか)と内心思いつつ、お客人が怒り狂った理由を探したりするんですが、この場合、相手の言葉をすべて真に受けるとろくなことがないので、ここでは『暖簾に腕押し』的なマインドで参りましょう。クレーマーはクレームを入れたいからクレーマーになるのです。相手に改善点を伝えることが目的ではありませんよ。
なので、相手の言葉にいちいち反応するよりも、こういう時『相手にどう言い返せば良いか?』を模索していきましょう。テクニックとしては『相手が怒る前に、相手が怒りたいことを予測してこちらで怒っておく』とか『クレームのタイプを大別して説明し、わからないことはどんどん質問する』とか『上司に丸投げする』なんて手段が良いでしょう。ちょっと今思い出したんですけど、とある観光地で友人と話していた時、とある人がお店にクレームを入れてたんですよ。わたしだったら(あ、めんどくさいタイプだ)と思ってたところですが、クレームを言われた店員らしき人物が「少々お待ち下さい」的な感じで下がって、後からめっさガタイの良い男性が現れたときそのクレーマー目に見えて狼狽してましてね? ――その後のクレームの勢いが小便小僧のようにチョロチョロとしたような感じになっていました。
まあ、ちょっとした小話です。
本日は"スタンス"的なテクニック集になりましたね。しかしただ1冊の本でここまでのエピソードがある西村博之氏って、ほんとどんだけ味わい深い人生を歩んできたんでしょうね。法的なテクニックはもうあの時代の裁判漬けで学んだでしょうし、もう経験の塊の人が日々ウィキペディア覗いて知識を溜め込んだ的な? なんだ、ヘンな例えだな。
いずれにしても、良いポジションに居座るということは、議論においても人間関係においても重要なことなのでしょう。みなさんも自分のポジションにご注意ください。まあ、それで全てが終わるというわけではありませんけどね。
議論ってなんなの?(哲学)




