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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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論破ってなんだ??

議論ってイロイロな技術や知識が必要なんですよ。

 では今回も『議論』についてイロイロと書いていきましょう。前回から『西村博之』氏著作の『論破力』と『1%の努力』を参照し、わたしなりの解釈や言葉を交えて書いているこのシリーズ。なるべく本で得た知識を正確に伝えようとしておりますが、ここは"わたし"というフィルターを介しているので、もし本の内容全てが気になった場合は書店にてお買い求めください。


 あ、あと真偽の程は定かではないのですが、著者である西村博之氏自身が「私が書いたわけでなく、私が話した内容を他人がいい感じにまとめてくれた」的な趣旨のお話をしていましたね。だからどうしたってことでもないのですけど。


 じゃ、本日も議論について、イロイロと書いていきましょうか。




 前回議論について『互いの主義主張や理論を理解して、ひとつの結論や合意を得る』ということを書きました。まあ、考え方は人それぞれなので、とりあえず「わたしはそう思っている」という感じで受け止めてください。ただし、少なくとも議論はただ喋りたいことだけを喋って相手の言葉は無視する場ではありませんので、議論をするためにはそれなりの準備が必要になります。


 まずは『感情移入をしない』ということですね。著者はよくあるパターンとして『行為自体の話をせずその人間の善悪を語る』を先にもってくることを指摘しています。


 これは非常に大きな要素ですね。たとえば「行為自体は悪いことだけど、でもアイツはイイ奴だから……」とか「まっとうな事してるけど嫌いなヤツだから悪だ!」なんて意見をかましてみたり。これはもはや議論とは呼べないでしょう。


 議論は基本的に『事実』をベースに会話を組み立てていきます。しかしそこに感情が入ってしまうと「なんでそんなこと言うの!」みたいなややこしい状況に発展して、やがて人格否定とかそっちの方向へと流れていってしまう。もう議論どころかまともに話すことすらできなくなるでしょう。こういった不毛な議論は得てして"どうてもいい議論"にありがちです。たとえば『目玉焼きには醤油か塩か』とか『ドラゴンクエストは名作ゲームか?』とかいうもの。そんなのは個人の感想ですし、もしそれらを厳密に議論したいというのなら、たとえば『名作とはなにか?』というところから始まる必要があります。これも議論の対象にするなら名作の定義を決めなければならず、これを"満足度"とかいう『個人の感想』をもとにするとしたら議論もへったくれもなくて個人で好き勝手に選ぶことだろ、みたいな流れになるでしょうし……不毛ですわね。


 なにも「感情を完全に捨てろ」というわけではありません。ただ感情ありきにすると「確かにそれは正しいよ。でも〇〇って許せなくない?」なんて論調があふれかえることはわかりきっているのでそれはやめましょうね。


 もし、議論の場でも感情を棄てきれないというのなら『損得』をベースにもっていったほうがまだ建設的でしょう。ある種のポジショントークになってしまうのは否めませんが、感情のままに駄々こねる人間になってしまうよりはマシです。ポジショントークをするのならば、少なくとも自分のポジションに見合った有利になるデータくらいは集めておいたほうが良いかもですね。




 著書では『平易な日本語でいうようにしたほうが、人は納得してくれる確率が高い』とあります。これは心理学のバイアス的なテクニックのひとつとしてあって、たとえば、


 「今回の提案は80%のコンセンサスを得ています」

 「8割の人がこれイイネって言ってくれたんですよ」


 という二つの『同じ意味』の文章のとき、どちらのほうがとっつきやすいのか? という話です。ビジネスシーンではなんとなく上のほうが良さげに思えますが、多くの人間には下の文章のほうが伝わりやすく、また堅苦しい表現でもないのでサラッと心に入ってきます。


 もちろん、必ず下が良いというわけではありません。互いにわかり合っている関係であればどちらでも構わないですし、場合によっては上の文章のほうが好まれるシーンもあるでしょう。しかし、コンセンサス(合意の意味)とかいう横文字を使うよりは、シンプルで簡潔な言葉を用いたほうが伝わりやすさ、説得力共に上位にランクインします。とくにああいった横文字は『定義が曖昧』なのでハッキリとした結果やデータが欲しい人にとってはひどく悪い印象を受けてしまいます。議論をする上では、相手でなく『オーディエンス』に対する説得力が肝心になります。シンプルな言葉でわかりやすくを意識するだけでも、周りで聞いている人たちの印象はとても違ってくるでしょう。




 ちなみに、著者である西村博之氏はだいたい論破的なイメージがついていますが、彼は決して論破したくて論破しているわけではありません。感情的に成らず、事実やデータを提示し、それらから導かれる結果を言うだけでも、日本での議論はだいたい論破的な方向にもっていくことができるのではないかなと個人的には思います。そもそもそれ議論か? みたいな議題もありますけどね。


 で、そんな論破王の西村博之氏ですが、ちゃんと(?)論破したあとの人間関係がこじれない方法なんかも著書で紹介しています。それは『人間』でなく『意見』にスポットをあてることです。


 具体的な言葉として「A案、B案、C案とあります。A案にはこういうメリットがあって、B案はこれが良いメリットですね。ただ、どちらもこういうデメリットがありますのでC案のほうが良くないですか?」 ――このような感じです。


 逆に悪い言葉として「Aさんが言ってた案ですけど、たしかにこういうメリットあるんですがこういうデメリットもあるんですよね。Bさんの案もこういうメリットはあるけどこれがデメリットだし、やっぱりCさんの案がよくないですか?」 ――まあ、聞こえは悪くなりますよね。


 これは『意見の否定』と『人格の否定』を明確に分けるテクニックです。決してアナタのことを否定するわけではありませんよ、と。あくまでも客観的に、それぞれの意見をスポイルしてとりあげて比較した結果ですよ、というニュアンスで言葉を選べるかどうかが肝心となります。この言葉選びが非常に繊細でして、ちょっとでも相手に『"俺の"意見を否定された!』と思われてはいけないのです。こういった受け取り方をする人が世の中少なくないようで、いちどそう思われたが最後、その会議中はずっとその人から否定的な態度をとられてしまうことでしょう。


 そうなるったら最後、こちらは終始相手に気を使った言葉を探さなきゃならないので、あらかじめ『意見に対する言葉です』というニュアンスを伝えられる言葉を考えておきましょう。あとは『相手から意見を退かせるようコントロールする』テクニックもあります。さきほどのABC案で言えば、


「みんなでシミュレーションしたら、A案はこう、B案はこうなりましたよね。なので、A案のほうがいいと思うんですけど、B案を押し通したいのならどうぞ」


 ――これならばB案を主張する方は意見を引き下げざるを得ない状況になります。"みんなで"シミュレーションした結果A案のほうが良いという合意を得たのですから、それでもB案を推すにはそれ相応の理由が必要となります。ムリヤリ押し通そうとすれば、その後彼らは「A案よりも悪いB案をムリヤリ押し通した人たち」となって、彼らは(B案が失敗すれば「あの人達のせいで……」とずっと後ろ指さされるかもしれない)という恐怖と議論中ずっと戦うことになるでしょう。


 やっぱオーディエンスの力って最強だわ。




 議論の目的は論破することではありませんが、建設的な議論をするためには議論を遮ってくる人間を論破する必要があるかもしれません。そんな状況がきたときのために、こういったテクニックは知っておいても損はないかもしれませんね。


 さあ、次はだれを論破しますか?

そもそもその議論って必要なんですか?

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