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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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ミイラのアタマはスカスカ

今日はとある番組を見て衝動的に書いたものです。心が学問になるまでの過程をイロイロとつれづれグサッてます。

 さて、みなさんの常識として『心理学』と聞いたらどんなイメージをもつでしょうか? どんなにウソをつこうとしてもバレてしまいそうですか? あるいは、考えていることすべてを見透かされてしまいそうですか?


 みなさんの夢を壊すようなことを言ってしまうと、心理学を学んだからと言って、決して他者の心が読めるというわけではありません。それどころか、みなさんは心理学者以上に他者の心を読んでいると言っても過言ではないと思います。人間関係のなかであるような(〇〇さん、意外と根は優しそう)とか(〇〇さんって私に気がある?)のような考えはわりと的を射ており、案外思ったことが的中していたりするのです。だからと言ってそれをアテにしすぎると、人間には様々な『バイアス(思い込み)』がありますので失敗することもあるでしょうが……。


 みなさんが心と聞いて浮かぶのは『脳』か『心臓』のどちらかだと思います。心臓は興奮すると鼓動が跳ね上がりますので、昔から心と言えば胸のあたりを指していました。脳はどちらかというと日陰者扱いされており、それらは古代エジプトの時代からもよくわかります。今回は、私事ですがなんの気なしに家族が見ていたテレビを眺めていると、ふと古代エジプトの『ミイラ』がたくさん発掘されたという番組がやっていたことをきっかけに書こうと思ったものです。




 古代エジプトといえば、それはもう紀元前数百年から最古で3000年にまで遡る歴史ある世界です。そんな時代からも人類は知識をもって植物を加工して作られた『パピルス紙』をもって記録し、先人の教えなどを長期間に渡って保存していました。そのなかには『イムホテプ』という偉人がいます。彼は古代エジプトにおいて、紀元前2700~2600ごろに生存していたとされる人物です。第3王朝において王に仕え、知識を司る神官として活躍していました。史上初のピラミッドを建設した人物でもあり、優秀な医者でもあったそうです。なんとも非凡な才能を発揮した彼(彼女?)は後に医学の神として神格化されるほどの傑物ですが、彼によれは健康は心臓に由来するものとしているようで、脳に関してはさほど追求されていなかったようです。


 古代エジプトといえば『ミイラ』ですね。人為的な、または自然的な条件によって乾燥させられ長期間原型を留めている死体のことを指すようです。例えばエベレストなどの標高が高い山では、人間が登山に失敗し躯となったまま置かれています。微生物も活動できない凍える世界において、死体は自然環境によりミイラ化するのです。どうしてそこに死体を置き去りにするのかなどの問題はありますが、それは今回別問題なので各自でググっていただければと思います。


 心理学の歴史として考えた場合、ミイラには面白い特徴があります。ミイラを作る理由として、当時の信仰では『魂は不滅であり、また帰ってくるために身体が必要』というものがあります。つまり、ミイラ加工は死んだ人がまた身体に戻ってこられるようにしとく意味があったわけです。また戻ってその身体を使うのだから、内容物は適切に処理しなくちゃいけませんよね? ですから、ミイラ化するにはまず内蔵をすべて分けて専用の壺に入れられ、各自厳重に保管されていました。一方で、脳みそは鼻の穴から吸引され棄てられていたのです。なんという格差。これのいみするところは、当時の人間は脳という部位にたいしてそこまで大きな役割を考えていなかったということです。参考にしている著書『トム・ジャクソン』氏著作の『図鑑心理学 歴史を変えた100の話』では、脳は身体から余分になった熱を放出するだけの機能であり、考えたり感情を覚えたり、記憶したりする部位は心臓だったと考えられていました。


 日本でも『心の臓』と書いて心臓ですよね? 心臓は循環器系としてよく認知される部位のために、人間は身近に心臓を感じていたのです。さらにちょっと興奮したり、心の変化により脈拍が頻繁に変化するさまをみて、心臓こそが心を司ると考えてしまうのも無理はありません。


 当時頭に行われていた治療法といえば『穿頭手術』ですかね。ええ、その文字の通り『頭を穿つ手術』です。頭蓋骨にポッカリと穴を開けちゃって、塞がずにそのまま皮膚を縫っちゃう感じの手術です。当時の手術ですから、当然麻酔なんてないでしょうねぇ。実際、ノミと槌(鎚?)で穴を開ける絵画も発見されたようです。


 やべえ。


 遺跡で発掘される古代人の頭蓋骨のなかに、たまに頭に穴が穿たれたものが見つかります。これは殺すためじゃなくて治療。主に霊的な悪い存在を身体から追い出すために行われていた、いわゆる迷信からくるものです。実際1800年代までヨーロッパで頻繁に行われており、現代でもなにやら向精神薬レベルの覚醒を害なく味わうことができるという主張のもと手術をする組織があるようですが、わたしは想像するだけでもノーサンキューな施術ですわよ。




 脳に関する考察が始まったのは紀元前5世紀頃。医学の父とも言われる『ヒポクラテス』が『てんかん』の原因を脳とみたことから始まります。それまでの『悪魔的存在が体内で暴れて病気になる』という思想を真っ向から否定し、現代医療的な『原因を特定して治療する』方向性へと足を向けたのがこのヒポクラテスです。どのようにして解明したのかは不明ですが、彼は脳を『知性を解釈するもの』として扱っていました。


 脳の働きが発見されたのは2世紀のこと。古代ローマの医者であった『ガレノス』は、生きた動物を解体して『神経』を発見しました。脳と繋がれた神経を切るとその部分が動かなくなるという、当時としては大発見です。このことから、脳は身体に対してなにかしらの命令をだしていることが判明しました。


 さらに、キリスト教の教義として『心は脳にあるよ』という教えが広められたのですが、ここからとくに心理学が躍進したかと聞かれればそうでもありません。これらはあくまでも『脳』に関する研究ですし、心といった分野はしばしば哲学者の守備範囲でした。脳を医療として扱う精神医学の世界でさえ、その後、獣が身体に乗り移る『獣性』だの『頭から血を抜く治療法』だのオカルト的な話がわんさか出てきます。それもまぁ、医学上の紆余曲折としても良さげですが……精神治療としての医者、つまり精神科医は存在したのですが、人の心の分野は哲学者たちの担当ということで完全に住み分けられていましたから、それも心の理解が遅れる一因となったのかもしれません。


 そこから心理学に関しては冬の時代が到来します。一方でイスラム帝国では『アヴィセンナ(イブン・スィーナー)』などの偉人が心や精神疾患について数多くの記録を残しています。




 ヨーロッパでさらなる進化が訪れたのは14世紀以降のこと。古代ギリシャやローマなどの芸術を復興させようとしたいわゆる『ルネッサンス』が活発になり、この運動のなかで多くの発展が生まれました。長らく禁止されていた『人体解剖』が解禁されたので、脳研究も再び加速することになりました。これらの発展が当時の人々に理論的、合理的思考を与え、脳と心は深く関連しているという思考にたどり着いたのです。


 その後の発展は今までのそれと比べれば光速のようなもの。脳のあらゆる機能が発見されていくなかで、とうとう『精神物理学』といったものまで登場します。これは人間の『感覚』とはいったいなんなのか? といった学問で、物理的に受けた『量』と心で感じている『量』には相関関係があることを発見した『ウェーバー=フェヒナーの法則』が有名です。近代まできてやっと、心がなにか? といった問題が哲学者たちの手から科学者たちの手に渡ったのです。




 イロイロと書いているうちになんだか止まらなくなってしまった。やめどきというか、着地点がわからなくなったというか……。まあ、テレビで見たミイラに影響されて反射的に書き始めたものですから許してください。この内容を総じてまとめるなら、心理学が学問になるまでの歴史、といったところでしょうか?


 心理学は現在かなりの分岐があります。人の心はそれだけ複雑だということ。そんな複雑な心にうつるよしなしごとをつれづれなるままに書き記しつつ、わたしは今日もあやしうもの(本)こそ狂おしく求めております。

心についてアレコレと"智愛"したからこそ、哲学者たちは名言が多いのでしょう。

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