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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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【心理学】学校や社会で努力するのなぁぜなぁぜ?【やる気】

そもそも、なんでやる気を上げなきゃいけないの?

 人間は古くから支配者と被支配者に分かれていました。村長町長、地域をとりまとめる代表者、王侯貴族、そういった立場にいる人が、自らの近しい人と集まって『決まり』をつくり、その場所に暮らす人たちを存続させる工夫をしてきました。


 この字面だけ見ると、なんか上に立つ人ってエラいんだなぁ、なんて感慨も浮かびます。けど、人間は人間でしか(・・・・・)ありません(・・・・・)。人間は基本自己中心的でわりと好き勝手な生き物です。これは心理学をちょっとでも学ぶとわかることですが、詳しく書くと本ができちゃうので割愛します。興味ある方はそれっぽい本を探してみてくださいね。


 人間は、自らの利益を生むためなにかを使って(・・・・・・・)それらの活動をします。上に立つ人にとって使い勝手がいいモノ言うたら何かわかりますよね? ってことで、上に立つ人は『どうやったら下にいる人が動いてくれるか?』ってのを考えるわけです。言ってしまえば『やる気、モチベーションを引き出してくれる方法』ってのを模索したいわけですね。


 今回のテーマはまさにソレです。人はどうやったらやる気を出すのか? 上に立つ人はそれをどうやって開発してきたのか? ――どうぞお楽しみください。




 そもそも、どうやったらやる気が上がるのか? ってのはイロイロなテクニックがありますし人によるので「これだ!」とは言いにくいのです。ただし、たとえやる気が無くとも『何らかの行動を起こさせる方法』はたくさんあります。たとえば『罰』なんかがわかりやすいですね。ってことで、むかーしの支配者層は被支配者層を罰によって動かそうとしていました。


「疲れて歩けない? じゃあムチ打ちね」


「水がほしい? おまえの家族がどうなってもいいの?」


「落球エラー? 気合いが足りん! 罰走グラウンド10周!」



 あ、なんか最近の話もまじっちゃったゼ☆ ――っていう冗談はよしといて、まあこんな感じに「罰を利用すると人間って動くじゃん!」ってのが昔からありました。これ、心理学的に評価すれば「悪いけどサイアクではない」って感じです。


 メリットとしては『即効性がある』ってこと。アナタは親や先生や上司に叱られて行動を起こすようになった経験はありますか? んで次の瞬間にはちゃんとやってたでしょ? ――そういうことです。


 罰を与えると人は動く。ケツを叩くと人は走る。これは長らく人類のやる気を引き出す基本戦術となりました。それもわりと最近まで、っていうかぶっちゃけ今も絶賛活躍中です。親から叱られるってのも言ってしまえば『罰』なのですから。ただこれ無視できないデメリットがあります。


 罰は『望ましくない行動を減らす』ことには有効ですが『望ましい行動を増やす』ことには向かないのです。見た目にゃあ怒られてから(・・・・・・)ちゃんと働く(・・・・・・)ようになった(・・・・・・)という事実が見えていても、その内面では怒られたショックや理不尽な扱いに対する怒りが湧き上がっており、いつ爆発するかわからない状況にある。歴史的にも、堪忍袋の緒が切れちゃった奴隷たちの反乱があちこちで見受けられます。


 日本はどうなんですかねぇ……。


 でも支配者層としては都合よく働いて(・・・・・・・)くれる奴隷(・・・・・)が必要なのです。で、生まれたのが『報酬』という新たな設計。罰だけじゃなく目の前にニンジンをぶら下げてヨダレを垂らしてもらうって感じ。


 このメリットとしては『望ましい行動が増える』ってのがあります。わたしたちは今『お金という報酬』をもらって仕事をしていますね。じゃあお金貰えないとなったらアナタは働きますか? ――そういうことです。


 お金に限らず、人は何らかの報酬があればモチベーションが上がります。ある場所に住まわせてもらう約束を報酬として、その場所の清掃や管理を承ったり、ある学校に進学できることを報酬として、密かに相手の懐を温めてあげたり――あ、これは違うか。


 まあ、報酬は望ましい結果を生みます。それに、はじめは報酬のためといって始めたことが、やってみたら意外と楽しかったりするかもしれません。とはいえ良いことばかりではありません。報酬でやる気を引き起こすのは基本的に『報酬が目当て』だからです。とあるタクシードライバーを例にしますが、そのドライバーは駅から目的地までの道のりをやたら遠回りして「はい、この金額です」と客に請求しました。さて、なぜでしょう?


 もうひとつ例を出します。あるドライバーは定額制(・・・)のタクシーを運転しています。駅から目的地までの道のりをメッチャかっ飛ばしてほんの数分で到着しました。さて、なぜでしょう?


 報酬によるやる気は『報酬をより多く受け取るための工夫』を促進します。つまり、どうあがいても報酬が増えない場合、その人に今以上の効率を生み出す力があったとしても、その力を発揮させる要因にはならないのです。もし、ここにムリやり、たとえば『罰』を使ってでももらえる報酬以上の働きをさせてしまったらどうなるか、アナタに想像できますか?


 日本はどうなんですかねぇ……。


 ここで紹介してるメリットデメリットは氷山の一角でしかありません。でも、ここで紹介してない良い点悪い点についてはアナタ自身がとても(・・・・・・・・・)よくわかっている(・・・・・・・・)でしょう。だって、アナタはこういった『アナタのやる気をムリやり引き出させられる仕組み』の中で暮らしているのですから。




 今まで紹介したように、上に立つ人ってのは都合よく動いてくれる人を求めるものです。資本主義を掲げる今の世の中はより重要になってるんじゃないでしょうか? 学校やら企業が生徒従業員に掲げさせている(・・・・・・・)目標は、果たしてほんとうに学生従業員のための目標なのでしょうか? ――って話は置いといて、とりあえずやる気の話を続けましょう。


 今の世の中、どこかでかならず『競争』が起きています。A社とB社どっちのスマホがいい? どのアイドルが好き? 推しはだれ? AさんとBさんどっちのYouTuberを見たい? あの学校は倍率が高いからたくさん勉強して他者より頭が良くならんと入学できないし、面接大作して企業研究して御社が好きですアピールしないとその企業には入れないじゃん?


 競争は、わりと人間のやる気を引き上げます。これは1500年代くらいに判明した大発見(・・・)だったのですが、現代は資本主義やモロモロのおかげでより激しい競争が繰り広げられていますね。


 日々の生活でも当たり前のように存在します。たとえばテスト、運動会の徒競走、スピーチコンテスト、合唱コンクール、部活動の大会――数え上げたらキリない。アナタが好む好まざる関係なく、現代社会は競争にまみれています。


 ここまで広がってる手法なので当然メリットがあります。競争は個人、集団の技量向上に役立ちますし、競争相手という『明確な目標』があるとどのくらい努力すればいいか? ってのがわかりやすくなります。だからこそ、よくある「アナタのやる気を引き出すテクニック!」としてもたびたび登場していますね。


 野球に例えましょう。アナタが「自分よりバッティングがうまい」と思う人を勝手に競争相手認定し、その人に追いつけ追い越せといったモチベーションで練習に励むという手法です。相手の際立ったスキルを研究したり、それを模倣して感覚を掴むという練習は、実はかなり有効な技術向上手段だったりしますからね。あまりに遠すぎる目標だとかえってモチベダウンしちゃうので、手が届きそうな『ちょい難』レベルに設定すると良いでしょう。


 デメリットはまあ、これは挙げるとキリがない(他の例もそうだ)けど、突出してるのは『自己価値への脅威』ですかね。競争ってことはかならず『優劣・上下』ってのが生まれます。人って本来――まあアドラーさんに言わせればだけど――上も下もないわけで、それぞれがそれぞれの目標に向かってるだけでしかない。けど競争があることで一方が『優』と認定されもう一方が『劣』と認定されてしまう。人間にとって『他者より劣っている』とみなされるのは大きな心理的脅威となります。


 結果生まれるのが『競争自体の放棄』とか『他者を引きずり下ろすスキルの向上』とかです。たとえば「いやぁ~テスト勉強ぜんぜんしてないわ~きっと成績悪いわ~、かぁーやっちまったなぁ~」的なあれがそうです。あらかじめ『自分は競争する準備してなかった』と防御線をはっといて、実際に成績が悪かったとしても「ほらね」と『劣』の烙印を拒否するムーブ。その逆で「勉強してなかった」と言いつつウラでガリ勉し、テストで優秀な成績を挙げ『優』認定される快感を得る、なんて方法もあります。


 自己肯定感が低くなったり、挑戦自体を避けるようになったり――場合によっては『他者のジャマをして相対的に(・・・・)自分を優秀に見せる』ようなこともするでしょう。これは健全な競争と言えるでしょうか?


 日本はどうなんですかねぇ……。ちなみに、とある心理学の実験だと、どこかの国は他の国より『他者を蹴落とす思考』が強い的な示唆があったらしいですよ。気になった方は『10ドル 心理学』で検索するとわかるかもしれません。




 近年増えてきた『褒めて伸ばす』って方法――あれほんとうに良い方法なのでしょうか?


 基本良いことです。ある行動を褒める、つまり『その行動は適切だった』と示すことで、相手にその行動をやっていいんだという保証を与え、促進してくれます。ただこれ褒め方が重要だったりします。


 上記のように、褒めて伝えたいのは『それが良いコトなんだという保証』です。ただ「いいね!」って褒めるのも良いですが、たとえばこんな瞬間を想像してください。


部下「良いアイデアだと思います。ただその手続きだと作業工程が増えてしまうのでこうしたほうがいいと思います」


上司A「なるほど。それはわれわれにも盲点だったな……」


上司B「よし、その意見を取り入れてみよう」


 上司Aが思わず漏らしたこの言葉。字面では褒め言葉ではないけど、部下にとっては褒められた(・・・・・)と感じるような言葉だったのではないでしょうか? 自分が指摘したことが、上司たちが想定していなかった部分を指摘できた。しかも上司Bが『アナタの行動は適切だった』という保証を得られた。なら自分の意見には大きな価値がある、と容易にフィードバックできますね。


 褒めの真髄は言葉ではなく『真価を認め、それを相手に伝えること』です。


 あ、もちろんこれもデメリットあります。褒めりゃやる気が出るみたいな単純な問題じゃありません。褒めることでその行動に保証がつく(・・・・・)ということは、その行動をもう一度やってそれを注意されたとき「だって良いことだって(・・・・・・・)言ってくれた(・・・・・・)じゃん!」という思いにさせてしまったり、褒めてもらうこと自体を目的にしてしまったり、逆に褒められることをプレッシャーに感じることもあります。


 あまりにも簡単な課題を褒めると、それは逆に「アナタがそのカンタンな課題(・・・・・・・)をクリアできないと思っていたよ」というメッセージを送りかねません。褒めるという言葉、とても良いイメージがあるけど使い方次第ではフツーに牙を剥いてくるんだってことを忘れないようにしましょう。




 昔から、上に立つ人はそれ以外の人を『させる』ためにやる気・モチベーションに関するあれこれを利用してきました。通常だったらそのまま通じますし、運用次第ではとても良い関係が生まれます。が、社会が生み出してきた『やる気を引き出させるための仕組み』の多くは失敗に終わっています。これは、人間がただの数字ではなく『人間である』ということを忘れていたからです。


 A → Bなんていう計算式は人間に通じません。アレすればコレになる、アレだったらやる気が引き出される、コレしたらモチベーションがあがる、なんて簡単な作りではありません。だってそれが人間(・・・・・)という生き物(・・・・・・)なのですから。


 社会が今広めている『褒めて伸ばす』という手法、基本は良い手段となり得ますが、突き詰めると『褒めることでアナタを動かそうとしている』ということなのかもしれません。アナタは動かされるのではなく、アナタ自身の足で動いていくよう、うまくやる気を調整していきましょう。


 アナタがやりたいことはなんですか? やる気を出したいことはなんですか? ネット上に(というかわたしも発信してる)転がってる『やる気を引き出す方法』は、使い方次第でアナタの毒にもなるし、薬にもなります。


 アナタはアナタの足で、気長にやっていきましょう。アナタの人生に乾杯!

ここまで読んだな? じゃあやる気出せ! ほら!! ふぁいとーー!!!! いっぱーああああああああ!!!!!!!

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