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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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音楽とはなにか? どこからきたのか?

音楽は『理論』なのです。そこには歴史があり、様々な技法が誕生しては洗練されて現代まで歩んできました。今日は音楽と楽譜の歴史と、あるマリンバ奏者について書きます。

 作曲は数学だ。そう口にするのは日本滞在歴20年をゆうに越えるフランス人の作曲家『フランソワ・デュボワ』氏だ。彼は長い日本での生活や、中国での体験をもとにした著作をいくつも出版されている。そのなかで本日は、私が購入した『作曲の科学』の冒頭部分と、彼自身の略歴を簡潔ながら書いていこうと思います。




 彼は1962年にフランスで誕生しました。幼い頃より音楽家の過程で育った彼が音楽の素晴らしさに触れるのは時間の問題であり、やはり彼自身も音楽家として『マリンバ奏者』の道を志したようです。世界的なマリンバ奏者であり、作曲活動も手掛けている活動的な方です。日本の滞在期間が長いのは、慶應義塾大学で作曲法を指導し始めたことがきっかけだそう。もともとアジア文化に興味がある方で、一時期は中国の太極拳の修行のために山へ90日間こもっていたりもする本格的な方です。そういった経験があるためか、彼の作曲思考はガンガン攻める音楽というよりは、自然と一体となる、リラックスできるような型にとらわれないような音楽であるようです。気になった方は調べてみてね!


 ちなみにって話しですが、個人的には『マリンバ』と『シロフォン』と『木琴』の差がまったくわかりませんです。奏者の方は「めっちゃちがうよ!」と主張されるかもしれませんが……いちおう私の理解する範囲の違いをここに書いておくと、マリンバは低音域の音板(バチを打つ木の棒)の裏が抉れた形になっており、シロフォンは波打っているのだそう。で、シロフォン=木琴だということです。マリンバはラテンアメリカ系の楽器で、シロフォンはヨーロッパ系の楽器と、ついでにこれらは調律が異なるので音の表現も微妙に異なるのだそう(倍音の違い)。まあ見た目でわかりやすくしたのなら『下についてるパイプが短いのがシロフォン=木琴。長いしそもそも全体的にサイズがデカいのがマリンバ』と思ってください。




 彼の著作はプライベートに関する話題からはじまり、音楽の歴史をおおまかに紐解く場面が導入に使われています。そこで『最古の楽器と楽譜』が紹介されていましたのでここでご紹介しましょう。


 最古の楽譜は今からおおよそ3400年前、紀元前1400年ごろのものと見られる『フルリ人』が残した全36曲の楽譜です。もちろん5線もなければ玉も棒も旗もありません。文字が連なっているような形式ですが、解析した結果どうやら生産と果樹の神様『ニッカル』への讃歌があったことは確実だそうです。昔の人間は祈りや願いを音楽に込めていたのですね。


 では最古の楽器はいつ誕生したのでしょう? これがまた時代を大きくさかのぼって今からおおよそ3万5千年前、紀元前なんて表記がいらないほど昔の話です。ドイツのホーレ・フェルス洞窟という場所でハゲワシの骨でできた笛が発見されました。復元した結果、全長センチの骨に5つの穴が穿たれていたのです。著作のほうではフルートとも表記されていたので、おそらく音の出し方の原理は『木管楽器』と同じだということになります。つまり息を吹き込むとそのまま音が出るタイプの楽器ということになりますね。まあ大昔の人が金管楽器のごとく唇をプルプルさせて楽器を演奏していたと想像するとなかなか……。


 まあ『楽器として使っていたかどうか』はともかく、人間は3万5千年も以前から『音がなる道具』を利用していたということになります。まあ個人的には人間ははじめ自分の身体を叩いたり地面を叩いたりして『打楽器』を開発したんじゃないかなと思います。著者もそう言ってますしね。




 人類史においてこれほど歴史が深い音楽というものは、しかし長い間廃れることとなりました。それは『楽譜という文化そのもの』が人類から欠けていたためです。いちおう、紀元前6世紀ごろには現代の楽譜につながる『ネウマ譜』なるものがありましたが、そもそも音楽は長い間『口伝・耳伝』で存在するものであり、楽器も現在ほど調律が正確なわけでもないため、音楽は『人それぞれ』の世界だったのです。ではなぜ楽譜が現代までにここまで普及し統一されたルールに基づいているのかというと、だいたい『宗教』のおかげです。7世紀後半になり西ヨーロッパを支配した『カール大帝』がこの宗教の力を用いて人類を支配下におさめようと画策したわけです。そこでちょうどよかったのが『キリスト教』。まあキリスト教徒もごっつええ感じに波に乗っかることができまして、現代までに数多くの信者を手に入れたわけですがそれは割愛。


 キリスト教を国の統一した宗教にしようということで、まず初めに考えるのはそれをどう広めるか、ということです。そのなかでも良い手段が『音楽』。国として『グレゴリオ聖歌をローマ教皇が定めた通りに歌う』よう定めることにしました。ではこの『定めた通り』に歌うにはどうすれば良いのか? これはカンタンですね。だれもが『見ただけでこの音を発音すれば良いと分かる設計図』を用意する、つまり楽譜の必要性がここで現れたのです。


 たぶんこの時代から「オンチ」って言葉がうまれたんやろなぁ。


 さあ楽譜を作りましょうという話になって活躍したのはとある音楽技師です。『グイード・ダレッツォ』は(ネウマ譜を参考にしたのか定かではないものの)4本のラインの上に四角い音符を記譜する手法を編み出しました。これが10世紀頃の話。そこからさらに音の高さを統一するため『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ』の音階を考案しました。このドレミ~はグレゴリオ讃歌の、1~6節の冒頭の音がちょうど良い感じに分かれていたのでその歌詞の頭文字をとって名付けられたものです。この時代はまだ『シ』がありませんでしたが後に追加され、さらに書きやすさや印刷技術などの普及により効率的な書き方が選択され、やがて現在の楽譜の形が誕生したわけです。




 ちなみに、音楽はもともと『作曲家を支援するパトロン』の所有物という扱いでした。しかし19世紀になり国家としての様々な法律が定められ、世の中に『著作権』というものが誕生しました。これは世の作曲家たちの社会的立場をグインと変化させることになります。ようはアナタが作った曲はパトロンのものではなくアナタのものですよ、と国からの保証を受けたわけですからね。この瞬間に、楽譜というのは『パトロンのために送る音楽のメモ書き』ではなく『ひとつの立派な自分の作品』という扱いになったのです。これが現代までにどのような影響を与えたかと言うと、さまざまな表現、技法、奏法を指定する『記号』を爆発的に増量させることになります。現代ではマジでもうなにがなんだかわからないような種類の記号が立ち並んでおり、おそらくプロの奏者でもいちいち確認しなければならないところまで行き着いているのではないかと思います。なんにしろ、音楽という存在が『価値』を保証されたおかげで、音楽はより大きな発展を迎えることになりました。


 とはいえ、いくら価値あると保証されてもそれが売れなければ意味がありません。そして人は人気がある曲を寄って聞きたがるものです。そうすると、わりと似たような曲調が増えてしまうのは仕方ない現実かもしれません。そんななかでも独自の路線を突っ走ろうとする方々に対しては尊敬の念を覚えるばかりですが、まあ私も作曲するとしたら流行りの音楽をパk――ぇっと、参考にすると思いますね。




 音楽は人の心を癒やしたり、高揚させたり、はたまた感動的な気分に浸らせてくれます。そんな素晴らしい『音楽』とうものを生み出してくれたご先祖様たちに感謝をしつつ、わたしは今日も『KOKIA』さんの曲を聞くのだ。まじええ歌ばかりじゃぁ~。

あ、でも『平沢進』さんもいいなぁ。いやジャンル的にも演歌とかアニソンとか民族音楽の香りがするようなものとかいいよねぇ~。

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