偏見の目
人間はわりと先入観というものがあります。バイアスというものがあります。偏見というものもあります。ラベリングという心理があります。この心理実験を知っておくと、自分のなかのラベリングに気づいて見つめ直すことができるかもしれません。
突然ですが、アナタは精神疾患だと診断されとある隔離施設で拘束されています。しかしアナタはれっきとした健常者であるとします。そうなった場合、アナタはどうやって医者を説得すればよいでしょうか?
「俺は正気だ!」 ――アタマおかしい人はそういうんだよ
「ここからだせ!」 ――アタマおかしいんだからムリだよ
「開放しないとタダじゃおかないぞ!」 ――これは重症だ拘束しなきゃ(使命感)
……まあ、そうなるな。
冗談じみた語り方ですが、これは実際に起こり得ることで、そして実際に起こっていました。それを浮き彫りにして世間へと知らしめた人物がいます。本日はその人と、その人が成した実験について語っていこうと思います。
彼の名前は『デイビッド・ローゼンハン』。アメリカ出身の心理学者で、1929年に誕生しました。心理学者ではありますが、彼が心理学の博士号を取得したのは58年コロンビア大学でのことで、それまではイェシーバー大学で数学の学士号、コロンビア大学では53年に経済学の修士号を取得しています。わりとあちこちに手を出していたようですね。それからはいくつかの大学にて教鞭をとり、最終的にスタンフォード大学にて名誉教授の位を授かるほど心理学会に貢献しました。没年は2012年。82歳の生涯でした。
彼は『法』に関して心理学的手法をどうあつかっていくべきか? という研究についての先駆者であったようで、そのなかでも有名なのは今回ご紹介する『ローゼンハン実験』――通称『ドシン実験』――です。
彼は自身の著作のなかにこの実験を記しました。一説によると、彼はスコットランド出身でありイギリスの精神科医『ロナルド・レイン』の反精神医学運動に刺激を受けてこの実験をしたとあります。反精神医学運動とは精神疾患の患者を入院し隔離する当時の主流精神医学を批判するものです。まあ現代もそんな感じだと思うのですが……個人的な感想は別として、この考えに刺激を受けたローゼンハンは、ある7人の協力者を得て精神医学がどの程度の間違いを犯しているのかを明らかにしようとしました。
誤解を恐れずざっくばらんな表現をすると『精神科医であっても正常と精神異常の区別を見分けることができない』を証明するための実験だったと言えます。
7人の研究者の協力を得た後、ローゼンハンは彼らを精神病院に入院させることにしました。つまりは潜入捜査みたいなものです。協力者たちはそれぞれアメリカ全土の病院にちらばり、偽名を用いて幻聴に悩まされていると訴えました。聞こえる幻聴とは、何を言っているのかわからないものの『ドシン』という音がする、というものです。
ローゼンハン含め8人のメンバーはすべて入院を許され、その後数日以内に、ひとりを除いた全員が『統合失調症』と診断されました。
ここまででも上記の実験の意義は明らかになったと思いますが、この実験はさらに続きます。
メンバーは入院中の記録を事細かにとりました。そりゃあそうですよね、だってこの実験に必要な資料ですから。実際これはふつうのことなのですが、これは医療スタッフから見れば『異常な行動』に見えたようです。つまりその人の精神がおかしい証拠のひとつだ、としたわけです。ウソで入院し始めましたが彼らはすぐに幻聴がなくなったと病院に伝えます。はじめに退院できたメンバーは7日目でした。ほかの人達はふつうに2週間以上も入院を余儀なくされ、最終的な平均入院期間は19日間にもなったようです。
ちなみに、入院している他の患者さんのいくつかは、彼らが健康なのに入院させられていることに気づいていたようです。これは皮肉な結果でしょう。退院できたのも、回復期ではあるが精神異常である、という診断結果に同意した上で退院するという条件が課せられていました。
これが実験の『第1部』です。続いて『第2部』があります。
彼はこの実験内容を世間に公表しました。入院する患者は全て精神的におかしいという『ラベリング』がなされていて、入院中どのような行動をとってもそのラベルのために医療者からは『アタマおかしい人』と扱われたことに辛さを報告した実験参加者たちのレポートをともに添えて。
そこに反論したのは精神医療機関の関係者たちです。彼らはもう一度、同じようにニセ患者を送り込むように要求しました。そして病院内部に対してニセ患者に騙されないようにと強く注意を促していました。ローゼンハンもこの提案を快く受け、その後、入院者193名に対して、41名を疑似患者の疑いをかけ、そこから諸説ありますが、最終的に23名を『ニセ患者』だと特定しました。
ところがどっこい、このときローゼンハンが送り込んだニセ患者の数は『0』です。つまり、病院に駆け込んだ患者さんたちはすべて自らの足で病院へ赴き、そこでお医者さんに「おまえニセモノだろ」と疑いの眼差しで見つめられたわけです。
この調査結果は『精神病院施設内において正気と狂気を区別することは不可能』である強い示唆を表しています。それとともに人間の『バイアス』や『ラベリング』の心理の恐ろしさについても如実に語っていますね。相手にたいして「こうだ」という先入観があると、それだけで先々の選択や判断を誤ってしまう。そしてこの実験は『病院施設内において人間のラベリング、および人間性を損なう危険性が存在する』ことを結論としました。つまり、偏見に満ちた閉鎖空間のなかで精神治療をする危険性を説いたのです。
まあ、このひとつの実験だけで『そう』と結論づけるのは難しいでしょう。しかし、人が思い込みや日々の慣れたルーティーンのなかで生活すると、『そうでない』人にさえ『そう』と思ってしまうものです。これと似たようなケースはいくつかあり、同じように精神病院に潜入捜査し施設内の劣悪な環境を告発した、なんて例もあったり、自ら仮病を患って精神病院に入院した人は歴史上に数多く存在するようです。
いちおう反論も載せておくと、これは科学的根拠に基づかない『疑似科学』ではないかという批判や、ローゼンハン自身がこの実験に関するデータをこれ以提示せず、実験も終えたためにそこまで深いデータはないのです。ただ、それこそがローゼンハンの狙いなのかもしれません。こうやって検証などを霧のようなモヤに紛れさせることによりこの実験のポイント――つまりラベリングに引っかからない――という部分が強調され、科学的根拠がなくとも、なんとなく『ラベリングには気をつけよう』という気分にさせてくれる。世の中には偏見や思い込みがたくさんあるのだから、アナタはそれに気をつけて生きていかなければならない。それこそが彼が主張したいことだったのかもしれません。
みなさんはどうでしょうか? 日々の生活のなかで、そういえばこれ、実はわたし偏見の目で見ていたのかも、と思えるような事はありませんか?
いや、まあ別に思い込みが悪いことというわけじゃないんだけどね?




