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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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すっぱいぶどう

脳が自らにウソをついてしまう『認知的不協和』とはなんでしょうか? 今回はその言葉とそれを生み出した人物。そしてとあるカルト集団についてご紹介したいと思います。

 みなさんは『すっぱい葡萄』というお話を知っているでしょうか? かの有名な『イソップ寓話』ひとつであり、狐が美味しそうな葡萄を食べたくて手を伸ばしても届かず、思いを成し遂げられなかった狐はついに「あの葡萄はすっぱいから食べない! 取れなくてよかった!」と思うことにしてしまうという物語です。これが転じて、自己の能力の低さをごまかし、または正当化するために相手を貶めたり対象に価値のないものだという擦り付けをして『負け惜しみ』することの意味として使われています。ちなみに題名を直訳すると『狐と葡萄』になるんですって。まさにそのままじゃねーかって話。


 さらにトリビアですが、このイソップ(アイソーポス)さんは紀元前619~564年ごろに存在した方だそうで、古代ギリシャの寓話作家ですが奴隷でもあったようです。まあこれらのお話が本当に彼が創り出した物語であるかどうかは賛否両論あるところですがそれは閑話休題。


 本題はこちらです。このお狐さん、葡萄を食べたいのに手が届かないというジレンマに陥っていましたね。そして「あれは価値がないものだ」と態度を改めて、原因が自分の能力不足にある事実から避けて心の安定を得ようとする心理を表しています。これはまさしく『認知的不協和』の典型的な例でして、これは


 『自分の考えと、それに対してとれる(とった)行動に矛盾が生じた場合に起こる不快な心』


 を指します。この認知的不協和が起きた場合、人の心はなんとかして自分の『考えとズレたように見える(・・・・・・)行動の意味』を説明しようとします。狐の場合は『ぶどうを食べたい!』が考えで『葡萄に手が届かない!』が不協和を起こす行動。そして『アレはすっぱいブドウだからいらない!』が修正した心にあたります。


 人間の脳はこのように『心と行動の矛盾(・・・・・・・)を嫌う』仕組みがあるのです。




 はじめて『認知的不協和』という言葉をつくりだしたのは、アメリカの心理学者『レオン・フェスティンガー』という人物。1919年に生まれ、アイオワ大学にて『社会心理学の父』とまで言われる『クルト・レヴィン』に学び、それから彼は社会心理学の権威とまで称されるようになりました。後にスタンフォード大学など多数の有名大学で教鞭をとり、社会心理学の様々な研究を行った人物です。没年は1989年です。


 彼によると、人は習慣や日課などを通して生活のなかで優先順位付けを行い満足感を得ています。習慣や日課などは自らの考えにのっとった行動をとることができるからですね。その結果人は混乱を避けてきました。ある意味で『思い通り』的な日常こそが理想ということですね。個人的な見解を述べるなら、これは『コンフォートゾーン』や『現状維持バイアス』などと同じような心理でしょうか? 毎日のサイクルが安定していると人間は安心感を覚えるものです。壇上に上がって発表会をする機会なんて滅多にありませんから緊張しますよね? ですが回を重ねるごとに『慣れ』がうまれ、やがて安定した心のもとで発表を行える。つまり心の安寧は場数を踏むということでしょうか。


 それはさておいて、彼の説によると、人は自分が信じていることが『正しくない!』という証拠にでくわすと不安になるということを発見しました。この、自らの思想と矛盾した事実をつきつけられることによって生じる不安を『認知的不協和』と名付けたのですね。それではこのような状態に陥った人はどうするか? 答えは単純です。この矛盾した二つの考えを『協和』させればよいのです。新しい事実が判明したとして、人間とは『これまで信じ続けてきた事実を否定したくない』生き物です。ですから、自分が『今まで今まで信じていた事実(・・)をベースに新しい話を作り上げてしまう』わけです。ようはいったん思い込んでしまったものを手放すのはなかなか難しいという話ですね。




 彼は協力者と一緒に、とあるカルト集団に侵入して人の心を研究していました。これは『ロバート・チャルディーニ』氏著作の『影響力の武器 第三版』にもあった内容ですのでそちらとご一緒に紹介してみましょう。


 シカゴにあったとある集団にて侵入調査をした研究。この集団の人たちは、1954年12月21日に大洪水が起きて世界は滅び、地球圏外から来たるエイリアンの空飛ぶ円盤によって救出されるのだという話を信じていました。30人もない小規模なもので、リーダーは中年夫婦。ただそれなりに学があった方のようで、夫のほうは大学の学生健康センターに勤務する内科医であり、神秘主義や超常現象や空飛ぶ円盤などを個人的に研究していたらしく、集団のなかではとても『権威性』がある立場だったようです。ただメインとなるのは妻のほうで、彼女が未知なるものからメッセージを受け自動書記(・・・・)し、集団で解釈するというスタイルだったようです。で、例によって――。


 ・メッセージを信じるものは救われる

 ・○○をしてはならない

 ・さもなければ大変なことになる


 という、まあ典型的なアレですね。なにがと問われればうまく説明できないんですけど……。えてしてこういった集団にいらっしゃる方々は『内集団』の心理が強く結束力も高く、相手から否定されればされるほど『ロミオとジュリエット効果』的な『心理的リアクタンス』が働いてもう手がつけられないような心理になります。彼らは実際に巨大な社会的、経済的、さらには法的な圧力にさえ屈しなかったようです。


 で、例によって彼らはその『審判の日(・・・・)』にてその瞬間を待っていました。重要な約束事であった『金属を持ち込んではいけない』というルールを直前で破っていた人が気づいたときには大慌てでパニックになりつつ外させたりするほどです。


 で、ここからが本題です。まあ、言うまでもないですよね。『世界をはめるさせる大洪水なんてなかったし、空飛ぶ円盤も来ませんでした』。


 さあ始まりましたよ信者たちの『認知的不協和』。これまで信じていた『世界大洪水&空飛ぶ円盤』が『そんなものなかった』という矛盾した事実に直面させられてしまいました。その結果に、皆が皆混乱をきたしたようです。なかには正気に、おっと、彼らにとってはそれが真理でした。失礼。えーっと、もしかしたら自分たちの考えは間違っているのではないかと考える人が出始めるかもしれません。


 しかし、数時間議論を繰り広げるうちに、リーダーである女性の新しい『自動書記』がはじまりました。曰く「小さなグループが一晩中まんじりともせず多くの光明を投げかけたので、神は世界を破滅から救ったのです」。


 これこそが『認知的不協和』に対する答えでした。つまるところ彼女の主張はこうです。『本来は世界破滅するとこだったけど私達の行いが神を満足させたから世界を破滅させないままでいてくれたよ。だから空飛ぶ円盤が来る必要もなかったよ』――これまでの『洪水で世界壊滅&空飛ぶ円盤』にたいして『そんなことはなかった』に繋がるストーリーをうまく作った結果ですね。大したもんだ。


 とはいえ、信者たちはさすがに正気に戻っていたようで、その話を聞いた瞬間にその場から立ち去る人もいたそうです。


 ここからは『影響力の武器』にあった話。この『認知的不協和』の解決だけでは説得力(・・・)に欠けると思ったのか、リーダーはそれまで頑なにマスコミなどに秘密にしていた集団の秘密を次々と発表していきました。みずから、そして信者の方が全員で各地に電話し、なぜ洪水が起こらなかったのか、なぜ空飛ぶ円盤が現れなかったのか、などなどを広く伝えようとしたのです。さらに、それまで頑なに断っていた入信希望者も受け入れ、あるいは積極的に勧誘していったのです。


 これは『社会的権威』の項目にて紹介されています。要は『数こそ力』というイメージで、つまり『みんながそう思ってるならそれは事実だ』とう心理。彼女は自らの考えを皆に広め、共感させ、さらには同じ信者になってもらおうとしたのでしょう。


 人を洗脳するって意外とカンタンなんです。例えば同じことなんども主張するとそのうち「本当かも」と思うようになってしまう。『百聞は一見に如かず』ということわざがありますが、アレは『偽』にも言えることで、これに関しては『一見は百聞に如かず』といった表現のほうがシックリくるでしょうか? なにはともあれ、このカルト集団は長く持たず消滅し、夫は職を失ってしまったようです。




 人間の心はある種の『矛盾』をすごく嫌います。全てをハッキリさせたいがために自らにウソをつき、それが事実でないとしても事実だと認識してしまうという本末転倒な機能を控えている困ったちゃんです。


 みなさんも日々の『矛盾』に気をつけてください。その『矛盾』を解決したとき、その解決策が本当に『解決できた』ものなのかどうか、今一度確認してみてはいかがでしょうか?

もしかしたら以前どこかで紹介したかもしれない。まあ心理学でも面白い話の上位候補だから仕方ないね。

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