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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

牧場経営ゲームの世界に転生?第二の人生は牧場で!

作者: 冬空さんぽ



 仕事に疲れ、闘病に疲れ、俺は近所の川で投身自殺を図った。



 一年以上の通院を経ても原因不明。異常な倦怠感と吐き気を催すような悪臭。

 それに伴ない崩れる人間関係。見知らぬおっさんおばあさん達に擦れ違い様に鼻をつままれる。

 仲の良かった同僚には距離を置かれ、仕事の話を俺とする際におもむろにマスクを取り出される。


 ベッドから起き上がるだけで凄まじい気力が必要だった。

 シャワーを浴びる。洗顔をする。歯を磨く。ひげを剃る。髪型を整える。戸締りをして家を出る。

 全てに手間取る。朝の準備に時間が掛かる為、当然起床時間を早める必要が出てくる。

 しかし、激減した睡眠時間は俺の症状を更に悪化させ、苦渋の末に自主的に仕事を辞める事になった。


 限界だった。


 もう無理だった。


 事情を知らない人間からすれば不潔が原因だと思われているに違いない。

 朝晩風呂に入り、歯医者歯磨き咥内洗浄。皮膚科通いに体臭対策のスプレーを山ほど吹きかけた。

 対策をした一瞬は匂いが収まったが、それほどの間を置く事も無く再び臭気はあたりに充満した。

 

 それでも一縷の望みをかけて、しばらくは根気良く通院を続けた。

 その通院がまた、俺にとっては果てしない苦痛だった。

 病院の待合室で俺に対して露骨な態度を取る患者に怒鳴りそうになる。

 診察中に咳き込む医者を殴りたい衝動に駆られる。


 でも出来る訳が無い。

 彼ら彼女らはむしろ俺が放つ悪臭の被害者で、彼らを不快にしている俺こそが加害者なのだから。

 疑心暗鬼と自己嫌悪。何も好転しない日々。

 


 だが、病気の改善どころか匂いの発生源すら碌に掴めない。

 身体のどこからこの匂いが発生しているのか、医者にも俺にも分からなかった。

 直に収まるという楽観した考えは、日に日に悪化する病状によって思い込むのも難しくなっていった。


 

 貯金もやりたい事もまだあった。

 無いのは仕事と健康な身体ぐらいだった。


 親や友人に縋った事もあった。しかし碌に取り合ってもらえなかった。

 匂いがするだけ。倦怠感があるだけ。

 それは健常者の想像力からすると「軽い病状」に思えるみたいだ。



 俺はこんなに苦しんでるのに、俺はこんなに絶望しているのに。



 それでも、自殺を決めるのには大分間が空いた。

 当たり前の事だが死という未知へ挑むのはとても恐ろしい事だ。




 高所からの飛び降り自殺?

 

 下を見れば豆粒の様に小さく見える人々。

 ミニチュアみたいに見える車。


 自分の居る場所を自覚した瞬間に身体中に満ちる危機感。


 竦む足。


 死への一歩が果てしなく遠く思えた。



 電車への飛び込み?


 確かに、心理的な恐怖は他の方法より多少マシかもしれない。


 でも、不特定多数の人間に迷惑をかけるのは申し訳無さ過ぎる。

 日頃から意図せず害を与え続けて、死に際まで迷惑をかけ続けるのか?

 それに、何と言うか、どうせ死ぬなら、もっとひっそりと死にたかった。



 選ばれたのは川への投身自殺でした。

 溺死は辛いと聞いたので避けたかったけど、他のは苦しい以前に決行が難し過ぎた。


 決行したのは真夏の夜。

 吹き荒れる暴風、横殴る激しい雨、暗闇に鳴り響く雷鳴。

 風に叩かれヘッドバンキングを決める木々を横目に見ながら、俺は傘も差さずに川へ向かった。


 台風の日はいい、最高だ。

 何故なら人がいない、匂いも掻き消される。

 俺を避け、心を悩ます存在を追い遣ってくれる。


 倦怠感に包まれ、身体はのろのろとしか歩めなかった。

 でも心は暗い期待感に包まれていた。


 ようやく終われる。


 楽になれる。


 これから訪れる試練を乗り越えられれば……。



 近所の大型河川は凄まじい事になっていた。

 荒れ狂う濁流、増水し木々の枝葉を巻きこんだ普段目にしない非現実的な脅威だ。



(ここに今から入るのか……) 



 今更ながら恐ろしくなる。

 だけど、今日以上の好機などいつ訪れるか分からない。

 濁り狂った頭の中に、一瞬理性の光が宿り、引き返すべきだと囁いて来る。



(だが、ここで戻って、生き延びて、それでどうなる?)


(何も良い事なんて起きない、何も改善なんてされない、ただただ貯蓄を食い潰し延命するだけだ)


(俺の求める物は自室には無い、ほしいもの(死と安らぎ)は前にしか……ない……)



 街灯と雷鳴が照らす中、しばし川辺で悩んでみた。

 そして改めて決意した、この濁流の中に身を沈めようと。


 川へ一歩足を踏み入れる。

 その瞬間凄まじい濁流が足を掬った。



 あっ。



 気付けば川へ、あっと言う間に取り込まれた。


 川に飲まれ息が出来ない。


 水を吸い重くなる服、肌に張り付いて気色悪い。


 必死になって水面の上を目指し顔を出す。



「誰か!!!誰か助けてくれ!!!」



 気付けばそう叫んでいた。

 自分から川へ足を踏み入れたにも関わらず。

 実際に感じる命の危機、暗闇を微かに照らす街灯だけが俺の決死の叫びを聞いていた。


(身体がいつも異常にだるい……こんな時に……)


 次第に腕に力が入らなくなる。

 水面に顔をあげるのも難しくなってきた。


 苦しい、息が出来ない。

 寒い、温まりたい。

 帰りたい。


 助けて助けて助けて、何でこんな目に・・・・・・。


 辛く苦しい責め苦はいつまでもいつまでも続いた。

 身体は上手く動かないくせに、何でこんなにしぶといんだ。

 どうせなら早く……早く終ってくれ……。



 永遠にも思える責め苦は、それからもしばらく続いた。




◆◆◆◆◆◆ 





 ……。






 ……。







 ガサガサッ、ガサガサッ。




「おい、あんちゃん。もうついたぞ!」



 なんだ……?


 半覚醒状態のままゆっくり目を開けると、目の前に見知らぬ爺さんがいた。


 ぼさぼさのだらしない白髪頭。ひげと頭髪が繋がっているかのようだ。

 顔に深く刻まれたしわ、太い眉と意思の強そうな目は険しい戦いを潜り抜けた猛者のようだ。

 鼻の高さ、そして深い青の瞳が日本人離れしている。

 外人さんか?



「あなたは……?」


「おいおい、いつまで寝ぼけてるんだ。今日から牧場主としてやってくんだろ?しっかりしろよ」


「はあ?」



 牧場主?


 何の話だ?


 というか結局この人誰なんだよ。


 そしてここはどこなんだよ。


 俺は確か……。

 あれ、おかしいな。

 俺は寝る前何をしていたんだっけ?


 ……まるで思い出せない。

 記憶に厚い靄が掛かっているような……。


 とりあえず、今の状況を確認してみよう。

 今俺は馬に牽かれた台車のような物の上に乗っていた。

 イメージするならそう、スカ○リムのオープニングで最初に乗ってるアレみたいだ。

 生憎と事情を説明してくれる都合のいい男はいないみたいだが。


 周囲を見渡してみる。

 大きいけどおんぼろな一軒家。

 荒れ果てた……昔は畑だったと思わしき土地。

 その周囲には鬱蒼とした森が広がっている。

 北海道かな? 



「ほらほら、さっさと下りろ。俺には次の仕事が待ってるんだ」


「えっ、あの……」


「ていっ!」



 うおおおおおお、何か投げ飛ばされた。

 その細い身体の何処にそんな力があったのか。

 肩を掴まれたと思った次の瞬間には台車の外へ投げ飛ばされていた。


 空中で一回転して何とか着地する。

 ……ん?何だか身体が軽いような……?

 微かな違和感に襲われたが、今はそれどころじゃなくて!!



「まったく、それじゃあな」


「ええええ、待って!!!!」



 俺を投げ飛ばした怪力爺さんは馬を走らせ去っていった。

 

 ……ここで俺にどうしろと?

 牧場が何とかって言ってたし、とりあえず周囲を軽く歩いてみるか。


 とりあえず目に付いた一軒家の中に入って……。

 鍵が掛かっている。

 当たり前か。

  

 色褪せた赤い屋根、煙突付き。

 しょぼい木造の壁板には蔓が走っていて。

 長い年月この家が手入れをされていない事を物語っていた。


 大きさは結構でかい。

 四人家族ぐらいは住めそうな規模に見える。

 察するにここは田舎で土地が余ってるんだろう。

 田舎の家ってでっかいイメージある。



 家の周りをぐるぐるしていると厩舎らしき物を見つけた。

 中に入ると埃と……昔飼っていた家畜のものだろうか?

 嗅ぎ慣れない悪臭が鼻をつく。

 中を見回してみると牛でも飼っていたのか、干草やら水飲み場のような物が散見される。


 ……なんだろうこの感じ。

 その厩舎の中の物の配置に言い知れぬ既視感を覚える。

 どこかで、どこかでこれと似たような風景を見た覚えがあるんだよなあ。



 厩舎を後にすると畑を見に行った。

 雑草と大きな岩、そして樹木が不自然に広がっている。

 かなり荒れ果てているな、これをまともな畑に戻すのはかなり大変そうだ。



 ……待てよ?

 何で俺はこれが畑だとすぐさま理解出来たんだ?

 周囲は不自然に荒れ果てていて、ここを畑にしようだなんて正気な人間には思いつかないだろう。


 俺はここを知っている?


 ここは俺に縁のある土地なのか?


 ……ないな。それは絶対無い。

 東京生まれ東京育ちの俺にそんな縁はありえない。



「あら、もう着いていたの?」


「えっ?」



 唐突に後ろから声をかけられる。

 そして振り向くと……。


 黄金の稲穂のような美しい金髪。

 一体どれだけの手間隙をかけて髪をケアしてんだよ!ってレベルの美しさだ。

 キューティクルがもはや人工物レベルで輝いている。

 緩やかなウェーブが掛かっていて大人っぽい、素敵だ。


 その瞳は優しく細められていて。

 この女性の慈悲深さを見た目で表していた。

 長いまつげが、その魅力的な目元を強調している。



 あああああああああああああああ!!!


 思い……!!! 出した……!!!


 そうだ、このしょぼい家も、厩舎も、畑も、馬車の爺も俺の記憶を呼び起こさなかったが!

 このヒロイン(・・・・)だけははっきりと覚えている!!



「……こんにちは。久しぶりだね、カトレア」 

 

「はい、こんにちは。ポークは元気にしてた?」


 ああ……。

 そういえばそんな名前でプレイしてたっけ。

 当時はまだ中学生で、意味も知らず響きだけでその名前をつけたんだっけ。


 それにしても……これは夢か?

 ゲームの世界に迷い込むって、我ながら幼稚な夢というか。



 ……まあいいか、折角だし夢の世界を堪能しよう。

 そして起きたら、久しぶりにあのゲームをプレイし直してみるのも一興かな?



「落ち込んでいたけど、カトレアの顔を見たら元気になったよ」


「な、なによ急に!調子狂うなあ……」


 髪をくりくりといじりながら恥ずかしそうに頬を染めるカトレア。

 ああ……、本当に気が狂いそうになるほど愛おしい。


 他のヒロインも一通り攻略した事はあった。

 でも、彼女以外は一度イベントを見た後は攻略する事は無かった。



 当時中学生だった頃の俺は、とある動画サイトのプレイ動画で彼女に出会った。

 美しく、優しく、そして情熱的な彼女に夢中になるまで、そう長い時間は掛からなかった。


 中学生の頃の俺は必然的にゲームをほいほい買えるような財力が無かった。

 誕生日も既に過ぎていて、彼女に出会った夏からプレゼントをねだれる冬まで。

 長く苦しい期間を辛抱強く耐えていたのを覚えている。



 お母さんに中古のそのソフト「牧場生活~不思議な森と3つの財宝~」を買って貰えた時は狂喜乱舞し寝ないでゲームをしていたっけ。



 それからずっと夢中になってプレイし続けて、翌年のお年玉は必然的に攻略本の購入に当てていた。



 そう、ここは牧場生活の世界。

 いつの間にか忘れ去られていた、青春時代の俺が愛した世界だった。



「はい!これが家の鍵!荷物は昨日届いてて、父さん達が運び入れたはずだから!」


「うん、ありがとう」


「本当はもうちょっとゆっくり話していたいけど、私は仕事に戻らなきゃ」


 カトレアが申し訳無さそうに謝って来る。

 彼女は街の道具屋で働いているのだ、今は昼頃だからまだまだ営業中だろう。


「待って、俺も挨拶回りに行くから。一緒に行ってもいいかな?」


「あら、そうね……。確かにそれがいいかも!」


「それじゃあ行こうか」


 カトレアと二人で村へ向かう。

 大体の位置取りは覚えているけど……無事に村を回れるかな?


 牧場生活は本来俯瞰式の、2Dで画面を見るタイプのゲームだった。

 現代機のように3DだったりVR式だったりしないので、今夢の中で見ている景色とは別の見え方をしていたのだ。


 なので当然の事ながら目に入るすべての景色が新鮮だ。

 鬱蒼とした森を切り開いた道を抜け、小高い丘を登っていくと、俺の牧場の最寄りの村。

 「ネリウムの村」を見下ろす事が出来た。



「うわあ……綺麗な街並みだなあ……」


「そう?ただの田舎よ?まあ、気に入ってくれたなら嬉しいけど」


 優しく微笑むカトレアに、ついつい見惚れそうになる。

 丘の上を撫でる風が彼女の髪を優しく揺らしている様はまるで一枚の名画のようで……。



 ああああ、本当にカトレアは可愛いなあ!



 花に彩られた道をふたりで歩いていると、あっと言う間に村へ辿り着いてしまった。



「ふふっ、アレ!一度やってみたかったんだよねー」


「ええ?あれって?」


「それはねー!」


 彼女は唇に指を押し当て、踊るようなステップで村の入り口に駆けていく。



「ようこそ!ネウリムの村へ!ポーク!あなたを歓迎するわ!」



 振り向き様に、今までで最高の笑顔と共にそう言われてしまって。


 俺はこの、甘過ぎる夢がどうか醒めないで欲しいと本気で願ってしまうのだった。



◆◆◆◆◆◆



 ネウリムの村の人々への挨拶回りを終え、牧場へ帰ってきた。

 時刻は夕暮れが差し迫っているが、まだまだ牧場主の一日は終わらない。


 将来的に畑になる予定の荒地を整地するのだ。

 少しでもまともにしておかないとね!!


 まずは、鎌で雑草を刈り取っていく。

 根っこから引っこ抜かないと何の解決にもならなそうだが……。

 まあ夢だし、何故か鎌を振るうと根元から断ち切れるし、考えたら負けだろう。

 ご都合主義万歳!!


 一体どんな経緯でここに置かれたんだよと突っ込みたくなる岩がいくつかあるが。

 あれはつるはしを二回アップグレードしないと壊せない、謎の岩なので放置だな。

 木々もそうだ、畑予定地の中に何本かの木が生えているけどあれも強化済み斧が必要だ。

 しばらくはかろうじて開けた狭い土地に、種を撒いて作物を育てないと。


 掘り返した地面に種を撒く。

 今は夏らしいから正道を歩むプレイヤーは、トマトとかとうもろこしを植えるんだろうな。


 だが、俺はレッドローズを植える。

 何故なら儲かるからだ。

 まともな施設が無い時期は薔薇を香水に加工するのが効率がいい。



 植えた花にじょうろで水を与える。

 まだ水魔法(・・・)を覚えてないから毎度スタミナが減ってしまうな。


 雑草の刈り取りと畑を掘り起こす作業、種まきと水遣りを終えると身体がくらりとしてきた。

 スタミナがいい具合に減ってきたんだろう。外での作業はここまでにしておくか。





 牧場生活~不思議な森と3つの財宝~は王都で仕事に失敗した主人公が、親戚が持っていた土地を譲り受け牧場主として生活し始める所から物語が始まる。


 主人公は元々王都で魔法使いとして仕事をしていたのだが、仲間と共に退治しようと試みた魔物から敗走する羽目になり、逃げる最中に「忘却」の呪いを受けて魔法の知識を欠損してしまう。


 仕事の失敗によってその信用は地に落ちた。

 長年磨いた魔法使いとしての腕も、呪いのせいで無と化した。

 戦う力を失った彼は、部屋に引きこもり必死に魔法を取り戻そうとするが……中々上手くいかない。


 落ち込み、気力を無くす彼を見かねた親戚がある提案をするのだ。


「お前、牧場を経営してみる気はないか?」


 最初は経験の無い牧場での仕事に忌避感を感じていた主人公だが。

 立地を聞いてみると中々自分にとっても、悪い条件ではない事が分かってくる。

 その任される牧場の近くには「精霊の森」と呼ばれる緑豊かな森が広がっていたのだ。


 精霊の森──魔力(マナ)が溢れる土地に移る事は、魔法使いとしての復権を試みる主人公にとって、とても魅力的に思えた。


 豊富な魔力に触れることで、魔法使いとしての知識を思い出す呼び水になる事を期待したのだ。


 かくして、主人公は自分が任される牧場へ旅立つ事になる。

 ノウハウの無い牧場主という慣れない仕事。

 それを精神的にも技術的にも支えるヒロインや村人達との交流。

 何とか取り戻した初歩的な魔法を頼りに森を探索。

 そして森に隠された3つの財宝(アーティファクト)によって再び魔法使いとして返り咲く。


 しかし、力を取り戻した主人公にとって、村や牧場、そしてヒロイン達はもう掛け替えのない存在になっていて……といった感じのストーリーだ。



 つまり、夜は魔法の勉強をする必要があるって事だな。



「この分厚いのが魔導書か……いくつかあるな」


 ゲームでは最初は「はじまりの書」しか読む事が出来なかった。

 しかし、どうやらこの夢では迷宮で手に入る魔導書以外の……主人公が持ってきた本は全て読めるようだ。


「あー……そういう感じになっているのか」


 いくつかの本を開き、実際に読もうとしてみると、その理由が分かった。

 「はじまりの書」以外は上手く読解出来なかったのだ。

 どういう事かと読める本を流し読みしてみると、本の「読解力」とも呼べる力が足りていない場合は上のグレードの本を読む事が出来ないらしい。


「まあいいか、これを読んでおこう」


 辞典サイズの魔導書「はじまりの本」を手に取り読み込んでいった。


 なかなか面白い。

 魔力というものをどのように知覚するか。

 それを如何にして操り、魔法として発現するのか。


 大体そんな内容だ。

 ゲームでも見れなかった、このゲームの新しい顔が見れて人知れず微笑んでしまう。



 そうだ、俺、本当にこのゲームが大好きだったんだよなあ。



 最初の魔法「水生成(ウォーター)」を覚えた。



 ふと時計を見ると、時刻は既に深夜2時頃。

 3時までに寝ないと明日寝坊してしまう。

 そろそろ寝る事にしよう。



 布団に入り、目を閉じる。

 すると、今日こなした様々な作業が思い起こされて……







 吹き荒れる嵐、横殴る暴雨、鳴り響く雷鳴。

 恐ろしい水流が俺の足を掬う。

 俺はあっと言う間に波に飲まれ、水中に引きずり込まれる。

 息が出来ない、息が出来ない、息が……



 ガバリと、思わず飛び起きた。

 寝る間際の覚醒と半覚醒。

 意識が溶ける間際に脳裏に蘇ったフラッシュバック。


 心臓の鼓動がどくんどくんと鳴り響き、喉が乾上がった。

 台所でコップへ水を注ぎ、一気に飲み干す。


「そうだ……俺は……」




 俺はあの時死んだはず……。

 いや、今いるこの世界は夢なのか?

 死に行く俺の願望が見せた一時の幻、走馬灯か何かなのか?


 

 分からなかった。

 何もかも。


 でも、全てを忘れ、寝に入れるほど俺は豪胆ではなかった。

 ベッドに入り、耳を塞ぎ、思考の迷路に迷い込んだ。




 翌日、結局眠りにつけなかった俺はふらふらになりながらも日課をこなした。




◆◆◆◆◆◆





 あの夏から今日でおよそ二年が経過した。


 従来の力にまでは及ばないまでも半ば取り戻した魔法の力。

 生茂っていた荒地は小奇麗な畑になっていて、スイカが所狭しと茂っている。


 以前は閑散としていた厩舎には牛と羊、そして鶏達が詰まっている。

 早く外に出してあげないと、ストレスがたまって病気になっちゃうね。


「んん……もう朝?」


「おはよう、カトレア」


「ん……」


 朝から妻と──カトレアとキスを交わす。

 他の事はともかく、恋愛にゲームの知識を使うのは反則な気がして……。

 そのせいで大分大変な事にはなったが、丸々二年近くかけてのアプローチの末、春に結婚する事が出来た。



 ……以前の自分からは考えられない事だ。

 キスどころか近付くだけで他人に眉をしかめられていた俺では……。


「もう、またその顔してる」


「え?」


「悩みがあるなら……ちゃんと言ってよ、夫婦なんだから」



 カトレアが俺をぎゅっと抱きしめ、そう囁いて来る。


 ……ダメだな、惚れた女を不安にさせるなんて。



「何でもないよ。さてさて、たまには俺が朝食を作るか」


「私が作るわよ!あなたは料理あんまり上手じゃないもの」


「そんなことは……まあ、お前には負けるな」


「ビーフちゃん達を厩舎から出してきてあげて?朝ごはんを食べたら一緒に畑の水遣りをしましょう」


「……そうだな」



 幸せ過ぎる。


 幸せ過ぎて、この甘美な夢がいつか醒めてしまわないか不安になる。


 家を出ると、まだ薄暗く早朝特有の冷たい風が頬を撫でた。



「いつか醒める夢なら、後悔をしないよう楽しみきろう」



 何度となく繰り返されたセリフを胸に。

 俺と彼女の新しい一日がまた始まったのだった。

ご覧頂きありがとうございました!

もしよろしかったら、軽く感想を書いて頂けると嬉しいです!

読んだよーとかもっと他のヒロインも描写しろとかでも良いので、よろしくお願いします!

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[良い点] 牧場系ゲームよくやるので岩とか木とか気持ちわかります(^ω^) [一言] いつか嫁ちゃんに不安を打ち明けて真の幸せに包まれますように
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