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9999人目の追放者

 史上最悪の日ってのは前触れなく訪れる。


 あいにく今日の空は黒い雲が覆い、じめっと肌に張り付く空気が漂っていた。考えてみればこの空模様こそがことの前触れだった、のかも知れない。いやいや、そんな空想じみた話があるわけないか。


 俺はユニオール王国の直属兵団、《ユニオールの翼》に兵士として所属している。いや——正確には所属していた、だ。実はつい先程、俺に対して除隊命令が下されたのだ。


 その理由ってのが『殺人の罪』。

 今朝ほど団長が不可解な死を遂げた。自室にて椅子に座り、剣で胸をひと突きにされていたらしい。


 あまり目立たず尖らず、平凡に過ごしてきたつもりだったのに。まさかこんな事に巻き込まれるなんて思いもしなかった。


 さて、問題はここから。国側の調査によると、最後に彼と会っていたのは俺とのこと。それは否定はしない。昨夜、団長に呼び出されたのは事実だ。とはいっても他愛もない世間話を交わした程度である。


 当然だが疑いの目は俺に向けられる。となれば査問会議が開かれるのは至極あたり前のこと、納得はしていた。


 しかし。

 実際に開かれたのは『査問会議』という名の魔女裁判。


 呼び出された部屋に入るなり、四人の老人たちから「貴様が殺したのだろう」「この裏切り者が」「まさか魔王の手先か」「ここから出て行け」などと、荒唐無稽こうとうむけいな言葉を浴びせられる。これが一国一城を守る兵団の姿かと思うと情けなくなった。


 俺は「やっていません」「信じてください」と訴えるが、元から俺の言葉に耳を貸すつもりはなかったようで。彼らから向けられる拒絶の視線が全ての答えであった。


 これじゃあいくら訴えたところで伝わるわけがない。俺は耳の遠くなった老人たちに見切りをつけて、「失礼します」ときびすを返した。すると、内一人が扉を開けようとする俺の背中に、


 ——貴様に《ユニオールの翼》の除隊を命ずる。ただし事を公にする訳にはいかない。極刑は免除としよう。直ちにこの国を立ち去るがよい。


「ふざんけんじゃねえっ! 証拠がないのに犯人扱いするか普通? そのうえ除隊だぁ? 意味わかんねえっつの! なにが極刑免除だ。やりたいことはただの隠蔽じゃねえか、くそが……腐りやがってっ!」


 ひとしきり愚痴をぶちまけて、ギルドのカウンターに拳をたたき込む。ピリッとした痛みが頭までつき抜ける。


「あの——」緊張感のない女の子の声。

 反応して広げた視界の中に、肩まで伸ばした髪を揺らして、女の子が顔を覗かせた。


「お気持ちはわかるんですけど……机は壊さないでくださいね?」


 不機嫌そうに口を尖らせて話しかけてきたこの子は、ギルドで俺の担当をしているアンリ。常に眠そうな目をパチパチとさせながら、俺の反応を待っていた。


「……すまん——格好悪ぃな、俺」


 ひたいに手を当てて深々と溜め息。


「いえいえ。お気になさらずー」


 アンリは小さく背伸びをして居ずまいを正すと、怪訝な面持ちで事件のことを尋ねてきた。


「ラスティンさんは……やってないんだよね?」

「あぁやってねえよ。殺す理由わけがないだろ」


 俺はかぶりをふって否定する。アンリは口に指をあてがって、なにやら考えているご様子。


「なら、おかしくないですか? 大体、罪を被せた——というか、最初から何の罪もない。なのに除隊命令……こんなご時世に? だって今は少しでも多くの兵を持つべきでしょ」


 机をドンと叩いて「あやしい……」と呟く。普段はおっとりとしているが、取り沙汰だけには目がないようで。


「それと団長さんの事件、これもきなくさい。ラスティンさん、利用されただけなんじゃないですか? なんかの陰謀に。地竜とかげの尻尾切りってやつ? 国も、ろくな噂を聞きませんし。もう終わってますよ、この国」


「アンリちゃん。そのうち消されるな」


 その後もブツブツと苦言しながら、書類の束から一枚の皮紙かみを抜き出して、羽筆ペンと共に俺に差し出す。俺はそれに目を通しながら応える。


「最近はさ、魔王軍も大人しいんだよ。前線を張ってた魔王の娘も撤退しちゃって。なんか『戦争するのが馬鹿らしくなった』って話。


 知っての通り戦況は王国軍こっち側がかなり優勢。もう無理して兵を雇っておく必要がないのかも」


 王国軍——つまりユニオール王国・ベルカン公国・マルセンヌ大公国の同盟国軍。この三国、実は相当仲が悪い。今は協定を結んで同盟中ではあるが、魔王との戦争が終われば、またおっぱじめるんじゃないかと世間でも評判である。


 そんな同盟国で、随一の力を持ち合わせているのがユニオール王国の直属兵団、《ユニオールの翼》。


 要するに俺がいなくなったところで兵力になんら影響もない、ってこと。


「それと団長の件——俺にはどうしようもできないよ。世話になっただけ悔しいって思いもあるし、腑に落ちない点も多々あるけどさ」

「ふーん、つまんない。ばしっと真犯人捕まえちゃえばいいのに」

「それができるなら今ここにいないって……」

「それもそうですね」

「うるさいわ」


 俺は自嘲気味に悪態をついて皮紙かみに視線を戻した。


 ギルド契約解除合意書——。

 サインをしてしまえばこの国との関係は大きく絶たれる。俺に拒否権はないけど。


 なんというか。

 これまで捧げてきたもの全てが無駄になってしまう気がして。ペンを持った手が思うように動かせない。


「はぁ」俺は自分のつま先を眺める。

 この足で——沢山の死線をくぐってきたんだよな。ここにきて早五年、よく生きてこられたもんだ。


 そういや、彼女と出会ったのも同じ頃だっけ。随分と世話になったもんだ。初めて会った時はまだ子供みたいだったのに、いまや立派な大人の女性になって。


 年、とったもんだな——俺がね?

 俺は顔を上げ、声を正してお礼を告げる。


「アンリちゃん。今まで本当にありがとう。ここまでやってこれたのは君のおかげだ。なんか、寂しくなるよ」


 彼女は「え?」と不思議そうに俺を見て「大げさだよ。今生の別れじゃあるまいし」と小さく笑う。


「いやさ。ほぼ毎日通ってたもんだから、顔が見られなくなるのが寂しいなって」

「はいはい。ここにも記名欄ありますから、忘れないでね」


 アンリは上部の空欄をさし示す。

 俺は「へーい」とサインを終わらし、彼女の元へ合意書を返した。


「——はい、お疲れ様でした。これで手続きは終わりです。あ、記章はちゃんと返してね。じゃ、ちょっと承認取ってくるので、もうすぐ——」


 アンリは言葉を止めると合意書を見たまま固まってしまう。


「……ちょちょちょ————っと待っててください」


 と、カウンターの下に潜り込むとごそごそと何かをしはじめた。

「ん?」なんか間違えた? そう思いながら様子をみていると、


「ぱんぱかぱーん!」


 どこからか吹き出した紙吹雪がはらはらと舞う中、演技がかった安っぽいかけ声とともに飛び出すアンリ。


「おめでとうございます! あなたが通算9999人目の追放者でーす」


 彼女はぱちぱちぱちーっと口にしながら手を叩く。周りからもささやかな拍手が送られた。


「……」俺は嘘くささ極まりない祝辞を言い放つ、愛らしいほっぺをつねってやった。


「ふぉんふぉ。ふぉにふぉふおふふふぉっふぉ? いほほっむひへ」


 もちもちとしていてよく伸びる。指を離すとパチンといい音が響いた。


「で、なにがおめでたいって? 冗談にしてはきつ過ぎだろ。てか、追放者多過ぎだろ……」


「――もう、そんなつもりじゃないです」


 アンリはほっぺをさすりながら話を続けた。


「……えーと、特別なあなたに、とっておきの報酬をプレゼント! なななんと、その報酬とは……」


 ためにためて。ゆっくりと息を吸いこんで。


「限定特殊能力(エキストラスキル)、《最強化》なのです!」

「へぇ」


「興味なし!?」アンリは俺を見やって、カウンターにのしかかり顔を寄せると、「特殊能力エキストラスキルですよ? 限定ですよ? 《最強化》ですよ? 欲しくないんですか? 欲しくないんですね。そうですか……残念です」


 勝手に傷ついて、勝手に項垂うなだれる。


「いやいや、まだなにも言ってないし。そうじゃなくてさ、いきなりそんなこと言われても良く分からないよ。その《最強化》? っていうのはどういう能力なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました」


 アンリは顔を上げて目を輝かせると、指を立てて《最強化》についての説明をはじめる。


特殊能力エキストラスキル《最強化》、字のごとく、どんなものでも最強の状態にすることができるんです。対象は物質だけじゃありませんよ? 精神でも肉体でも、なんでも適用可能です」


「はい、アンリ先生」俺はぐいっと手を上げる。

「はい、ラスティン生徒」アンリはくいっと無い眼鏡を上げる。


「例えば——最強の人間、とかもできるのか?」

「うーん、できるのかなぁ。なにが起こるか見当がつかないので……お勧めはしません。具体的なほうが良いと思います。あ、そうそうそう、それで注意点がいくつかありまして」


 初期の段階では一つしか適用できないらしい。もし二つ目を適用した場合、前回の《最強化》は無効になる。適用数を増やすことはできるが、それなりの修練が必要、とのこと。


「育てれば正真正銘・最強の人間になれちゃうかも。ちなみに限界数については知りません」

「……なるほどなぁ。確かに凄そうな能力スキルだけど」


 これ、今の俺に必要か? 明日の予定さえないただの浪人だぞ。


 ――いや、まてよ? この特殊能力エキストラスキルをうまく使えば、俺のえん罪をひっくり返すこともできるんじゃないか。いや、それだけじゃない。戦争を終わらすことだって、下手すれば世界を変えることだって。


 選ばれたことで浮かれているだけなのかも知れない。でも、この特殊能力エキストラスキルは間違いなく本物だろう。あるとないとじゃ大違いだ。ならば、自分ができる自分なりのやり方で、世界を変えてみるってのも良いじゃないか。


 もう失うモノはなにもない。

 いつの時代も革命人に身分はない。


 ——たぶん。

 俺の心の中で今まで持ち合わせてもいなかった、欲と野心と野望が小さく灯りだしていた。些細なことで人って変わるもんなんだな、と俺は思った。


「どうします? 拒否もできますけど。折角貰えるものなんですから――」

「——貰っておいて損はないよな」

「はい、損はないです」


 俺の言葉に『うんうん』と頷くと、俺の前に手を差し出してくる。


「じゃあ早速、手を貸してください。あ、ちょっと痛いかも、我慢してくださいね」


 俺は右手をいわれるがままに乗せた。アンリはもう片方の手を添えて双眸そうぼうを閉じ、呪文のようなものを唱えはじめる。


 はじめて見る彼女の神秘的な姿をぼんやりと眺めていた。

 暫くすると、重なった手から光りが漏れはじめ、手の甲に切りつけるような痛みが走る。これはちょっとどころか、結構——俺は奥歯を噛みしめた。



「ふう」とアンリは一息ついて、「終わりました」と俺の手を解放する。


 未だに痛みの余韻は抜けず。どうなったのかと手の甲を確認すると、見たこともない文字が大きく刻まれていた。ただ、他にこれといった変化は見当たらない。こんなもんかと少しばかり肩すかしをくらう。


「折角なんだから使ってみせて」とアンリ。


 そうだな。なにかないかと考えた末、俺は両手で顔を隠して《最強化》を試してみる。


「『最強イケメン化』発動!」

「もっとまともなの浮かばなかったの……」


 しばしの沈黙。特に変わった様子はない。


 ――えーと、俺は両手を外してアンリに確認する。


「俺、イケメンになってる?」


 アンリは見定めるように俺の顔をすみずみ眺めて「んー」と唸る。


「アレ? 失敗?」

「いえ、成功はしてますけど」

「お? 本当か! どうだ? 好みじゃない?」

「いえいえ、良い感じです」


 やるじゃないか《最強化》。本当になんでも使えるようだ。


「……で? それ、なにかの役に立つんですか? まさかその顔で女の子を――」

「いやいやいや。勘違いしないで! 試しだから、悪意はないから!」


 俺が弁明すると「どうだか〜?」と彼女は苦笑い。


「まいったな。本当にそんなつもりじゃ——」


「あーでも」俺の言葉を遮って、悪戯いたずらに笑いながら彼女は言う。「アンリを口説くつもりなら、元の顔がいいかなぁ」


 俺は「まあいずれ、そん時が来たらね」と言い返してやった。

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