一度くらいは赤くさせたい
銘尾友朗様主催。『秋冬温まる話企画です』
美しく飾りつけられた木々が立ち並ぶ大通り
七色に輝くイルミネーションのに包まれる中、一際目立つ大木の下で僕は立ち尽くし往来を横目にしていた
日に日に寒さを増す冬の気候は『外に出るな』と言わんばかりに身を凍てつかせる
こんな日は家で大人しくコタツに入りながらテレビを見てミカンを頬張るのが正しい冬の過ごし方だと思う
ーーが、それでも人々は寒さに対抗するように何枚も服を重ね負けじと外へと出向いていく
何故なら今日は12月25日。即ちクリスマスだからだ
「あと一時間か……。ちょっと早すぎたな」
時刻は午後6時。腕時計で時間を確認しつつそう呟くと同時に口から白い吐息が漏れる
『今日はこの冬最大の寒波が到来しています』なんて天気予報で言っていたっけ
どうりで体の震えが止まらない訳だ。少しでも油断しようものなら鼻水の滝が豪快に押し寄せてくる
必死に鼻水と格闘する僕が震えている理由はなにも『寒いから』というだけではない
この後に待ち受ける一世一代の大勝負への緊張が震えを加速させていたのだ
先日、普段は手の出せないちょっと高めのお店で店員さんと相談しながらスーツと靴を新調した
そして人気殺到で予約がなかなか取れない超高級レストラン『Na-Low』の予約も一年前に済ませた
懐は寒くなったがそんなこと気にするものか
全てはこの日の為なのだから
「それにしても寒い……寒すぎる」
震えは未だに治まらない。時間に間に合わせなければ、と慌てて会社を飛び出してきたせいでせっかく買った手袋とマフラーを忘れてきてしまったのだ
自販機で缶コーヒーを買い、両手で包み込むとほんのりと温もりを感じる
しかしそれも一時のもの。身体を温める為に飲み干してしまえば冷たいスチール缶に早変わりだ
再び寒さに凍える僕の肩を背後から叩く人が現れた
待ち合わせの時間まではまだあるはず。まさかこんなに早く来るとはーーと速まる鼓動を押さえつけながら振り返ると
「メリークリスマス! サンタのおじさんがプレゼントを持ってきたよぉ!」
「……部長。何やってるんですか……」
「テンションの差! これじゃあ俺が滑ったみたいじゃんか! ……雪だけに!」
「雪降ってませんよ」
そこに居たのは僕の勤める会社の部長だった。それと最後のは別に上手くもないのでドヤ顔は止めてください
ため息混じりに答えるとまた、白い吐息が宙へ舞い寒空の中へと消えて行く
今の期待と緊張を返してくれと言いたくなるほど能天気な顔の部長だが僕にそんなことを言える権利はない
実は僕がこの時間にここに居られるのは彼のおかげなのだから
今朝、眉間に皺を寄せながら僕の所へ来た部長。何かやらかしたかと身構えるとこんなことを聞かれた
『お前、今夜大切な用事があるんだってな』
部長が何故そのことを知っているかは知らないが恐らく、前から今日のことを相談していた同僚が言ったのだろう
仕事に支障を来す訳にもいかなかったのでそいつ以外には黙っていたのだがーーーーとんだお節介だ
後ろめたさを感じながら『えぇ、まあ……』と答えるとそこから部長の凄まじい質問攻めが始まったのだ
待ち合わせ場所と時間は?
それだと時間ギリギリじゃないか?
仕事終わったら直行する?
ふざけんな。そんな大切な用事に仕事終わりの汗臭い体のまま行くつもりか?
仕事とその用事とどっちが大切か分かってんのか?
せめて帰ってシャワーくらい浴びろ!
高圧的な態度で散々言われたが結局部長が言いたかったのは『仕事なんか俺たちに任せて早く帰れ』ということだった
そのおかげで僕はここに居ることが出来る
お節介だと思った同僚の行動が今となっては温もりとなって僕の身に染み渡っていた
「ところで部長はなんでここに?」
「忘れもん届けに来たんだよ。ホレ」
そう言って部長が手渡してきた紙袋の中には会社に忘れてきた手袋とマフラーが入っていた
思わぬサンタクロースの登場に涙腺が緩んでしまうがグッと堪える。今はまだ涙を流す時ではないから
「……ありがとうございます。今度ご飯奢りますね」
「いらねーよそんなもん。その代わり、最高の報告以外聞きたくないからな」
その言葉を残し部長は去っていった。これから家で待つ奥さんと娘さんの為にケーキを買って真っ直ぐ家に帰らならければならないらしい
家族のこともあるというのにわざわざ僕の忘れ物を届けてくれたと考えるとまた涙が零れそうになる
同僚と部長だけではない。沢山の人の優しさに支えられて僕はここに居るんだ
そんな人達の優しさに応える為にも、僕はなんとしてもやり遂げなければならない
そして待つこと数十分。約束の時間よりも早く待ち焦がれた人が現れた
「遅くなってごめんね! 待ったでしょ?」
その姿を見ただけで僕の心臓は弾け飛びそうになるほど強く跳ね上がる
僕が待っていた人。それは付き合って五年になる彼女だった
待ち合わせに遅れまいと走ってきてくれたのだろう。クシャクシャに乱れたロングヘアを手櫛で何度も直している
頬は赤く染まり、必死に酸素を取り入れようとする口元からは絶えず白い吐息が溢れて出している
「ううん、僕も今来たところだから大丈夫だよ」
本当は一時間近く待った癖にカッコつけて、待ち合わせのお約束とも言える言葉を返すと彼女はおもむろに僕の頬を両手で包んだ
「嘘。だってこんなに冷たいもん。鼻水垂れてるし」
慌てて鼻を拭ったが時すでに遅し。恥ずかしくて頬を染める僕に彼女の眩しくて優しい笑顔が向けられる
……全く、適わないな。昔からどれだけカッコつけようとしたってこの人には全部見透かされてしまう
その度に頬を赤くしてしまう僕と、それを見て笑う彼女の関係性はずっと変わらない
早く行こうと僕の手を握り引っ張る彼女はどんなことを考えているだろうか
数ヶ月ぶりのデートにウキウキしているかな? 初めて食べる超高級レストランの料理がどんなものなのかとワクワクしているかな?
まさかこの後、僕にプロポーズされるなんて思っている訳ないよな
いや、思わないでいてくれ
いつもは頼りないかもしれない。けどせめてこんな大切な日くらいは僕に男らしくカッコつけさせて欲しいから
一度くらい、立場を逆転してキミの顔を真っ赤に染めてみたいから
レストランで食事や会話をを楽しみながら僕はタイミングを見計らって彼女に指輪を差し出しながら思いを伝えた
僕の思惑通り、彼女は予想もしていなかったようで酷く驚いた後、顔を真っ赤にして大粒の涙を零しながら指輪を受け取ってくれた
その姿を見て、僕もずっと堪えてきた涙が溢れて止まらなくなってしまう
互いに顔をグシャグシャにしながら僕の一世一代の大勝負は幕を閉じた
こうして僕のプロポーズは大成功ーーと言いたかったのだが先述した言葉は僕の都合の良いように少しだけ変換されている
本当はプロポーズの言葉を盛大に噛み倒し、互いに顔を真っ赤にしながら承諾を頂いたというのが事実だ
後日、ありのままを会社の人達に報告するとやはり笑われた。しかしその後でド派手な祝福もしてくれた
晴れて夫婦となった僕と彼女だが、プロポーズの際に噛み倒したこと
それを年寄りになってからも言われるなんて当時の僕は知る由もない
結局、いつまで経っても真っ赤にさせられるのは僕の方であった