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2017年/短編まとめ

冷えきった温もり

作者: 文崎 美生

「アンタ、誰見て抱いてんの」


白いシーツの上に流れ広がる黒髪は、大きく波打つ癖毛で、丁寧に切り揃えられた前髪の隙間からは鋭い視線が向けられている。

咎めるような視線だ。

いつもその視線を和らげる役目を果たす眼鏡は、ベッドサイドのナイトテーブルの上に鎮座している。


「……萎えるんだけど」

「こっちの方がヤル気失せるわ」


枕に後頭部を沈めた状態で溜息を吐く女は、小学生の頃から付き合いのある幼馴染み。

重そうな胸を揺らし、僅かに体を起こしたと思えば、腕を伸ばして俺の首を絡め取る。

力尽くで引き寄せられれば、腰を折り曲げてしまい、鼻と鼻がぶつかり合う。


見慣れた顔だが、綺麗な作りをしている。

長い睫毛は量も多く、紫色の光を灯す黒目は、真っ直ぐに俺を見た。

薄闇に浮かぶ肌は白っぽさの方が強い。

鼻筋も通り、目鼻立ちがしっかりとしている。

気の強そうな顔付きとも言えるが、理知的とも言えた。


「……もっと可愛い顔が見たかった、と言いたげね」

「まぁ、お前、可愛いとは言い難いよな」


鼻がぶつかっても唇を合わせることはない。

肌を合わせても、キスをしたことはなかった。

いや、そもそも肌を合わせたのは今日が初めてのことだ。


「可愛く喘いであげましょうか」

「ハッ。あんなん、場を盛り上げるためのもんだろ。要らね」

「アンタは可愛くないわね」


溜息が吐き出され、頬を引っ張られる。

することはするが、正直喘がれてもうるさいと思うばかりで、ガムテープでも常備するべきかと考えたものだ。

豊かな胸を揺らしながら、続けるのか問い掛けられ、一つ腰を動かした。


驚いたように目が見開かれ、息が詰められる音が僅かに聞こえただけで、喘がない。

反応が鈍いというわけでもないが、気持ち良さそうでもなく、実に淡白。

お互い様と言われれば、お互い様だが。


白い胸を掴めば、柔らかく指が沈む。

指の間から脂肪がはみ出て、手に収まらない。

デカイのはロマン、なのか。


「あの子は、着痩せするタイプだからアンタが予想してるよりあるわよ」

「……聞いてねぇよ」


胸の頂きを指で押し潰す。

ふるりと揺れる脂肪は、歳を取れば垂れるもので、容姿同様に若いからこそ意味を成すのだろう。


「夏場は食が細くなるから、骨が浮くわね」

「何の話だよ」


腹を撫で、括れを指先で確認する。

顔と同じだけ、体も整っているようだ。

へその辺りには、所謂腹筋があり、割れてはいないが、胸のように柔らかく沈まない。

舌打ちが聞こえてくるが、羞恥心があるのか。


「ヤリたいならヤレば良いじゃない。合意の上でだけど」

「へぇ」

「何よ」

「いや。保護者様が、子供の貞操をそんなに軽く扱っていいのかと思ってな」


お互いに色気の欠片もないような言葉を、会話として重ねながら体を動かす。

女らしい体の奥の方を突けば、ベッドのスプリングが音を立て、白い体が跳ねる。

浅い呼吸と共に吐き出される言葉は、場にそぐわない程度には、刺々しい。


「アンタ、っ、だって保護者みたいな、はぁ……もんでしょう」

「お互い様だよなぁ。取り敢えず、一旦終わらせる」


喋んな、と口の中に左手の人差し指と中指を合わせて突っ込む。

目を剥いた幼馴染みは、直ぐに眉を寄せ、迷うことなく歯を突き立てる。

皮膚を裂いて、骨を砕きそうな勢いだ。

舌を打って、腰の動きを早める。


「っ……はぁ、は……っぐ」


二本の指を動かして、舌を掴む。

やっと少し歯にかけられている圧力が減り、粘り気を含む水音が大きくなる。

体重を掛けるように奥底まで突き立て、ドクリと溜まっていた欲を吐き出す。


幼馴染みの方も同じタイミングで、大きく体を逸らし、ベッドに沈む。

ベッドのスプリングがやけに大きな音を立てた。


「……っあー、無理。何で一番薄いゴムなの。0.01とかド変態」

「あるだけマシだろ。普段は0.03だよ」

「相手選んで使ってるってことじゃない」

「後は相手の用意したモンは使わないって大事だよな」


繋ぎ止めようとする女は怖ぇよ、と言えば、顔に腕を乗せていた幼馴染みが瞳を覗かす。

紫の光が、鈍く鋭く光る。


「漏れてたら殺す」

「やってみろよ。漏れてねぇし」


余韻も何もなく抜き取れば、白い太ももが震えた。

薄っぺらなゴムに溜まった白濁色。

口の部分を結べば、そのまま捨てるなと言いたげにナイトテーブルを指差す幼馴染み。

そのナイトテーブルの上には眼鏡の他に、箱ティッシュも置いてある。


中身を数枚抜き取って、ゴムを包んでからゴミ箱に放り込む。

二回戦はなく、お互いに淡白でどっちが先にシャワーを浴びるという話になる。

「じゃーんけん」と部屋に響く声。

体はベッドに沈んだまま、腕が振り上げられて俺も手を出した。


「じゃ、私が先で」

「チッ」

「……そう言えばアンタ、結局あの子のこと好きなの」


先にシャワーを浴びれるのに起き上がらない幼馴染みは、汗の染み込んだシーツに髪を広げたまま俺を見た。

落ち着いた声音の割に、瞳に宿る光は鋭い。


「そうだな。抱くのを躊躇うくらいには」

「そりゃそうね。同意の上じゃなきゃ犯罪だもの。そんなことしたら殺す」


ギシリ、ベッドが軋む。

僅かに動くだけでも、その胸の二つの塊は良く揺れるもので、重そうだ。

短時間で殺す発言を二度も聞くと、やはり色気の欠片もないと思う。


本人の体は、十分な色気と性的魅力を持っているのだろうけれど。

勃つけれど、ムラムラするとは違う。

当の本人は長い髪を掻き上げて、足をヘッドサイドから床へと下ろす。


「私もあの子が好きだから、抱いたら教えて頂戴」

「……はぁ?何で」

「別に下世話な話じゃなくて。その後に抱かれれば間接的に抱いたことになるかしらと思って」


それじゃ、お先に、と何も身に纏うことなくシャワールームへと消えて行く。

素足が床を叩く音が消えたところで、うへぇ、と苦笑いを浮かべてしまった。


「悪趣味ぃ」


俺も人のことは言えないけれど。

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