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「トトツさん、できましたヨ」

 イリエーサーがスマホケースをテーブルに置き、自信ありげに見下ろして言う。

「お疲れ。ありがとね」

 兎々津はパソコンとペンタブレットを脇に寄せ、両手に乗せて完成品の感触を確かめる。百均で購入した安い革製のケースに、手縫いで布を縫いつけただけとは思えない出来栄えだ。義務教育での家庭科実習を最後に、裁縫とは疎遠な生活を送っていた兎々津に、このような装飾は加えられない。飛鳥に至ってはボタンの留め方さえも忘れている。不器用で裁縫のイロハも忘れてしまった二人が、頑張って協力したところでここまでクオリティの高いものはまず作れない。そのため、イリエーサーの存在はケースを加工するうえで、不可欠となった。彼にはビチレブで革製品や布を素材にした小物を作っていた経験がある。二人よりずっと手先が器用なのである。今回の依頼はイリエーサーには全くの無関係でかつ面倒なものだったが、ゲームセンターでの一件に相当な恩義を感じていたらしく、二つ返事で引き受けてくれた。ちなみに彼はあれから麻雀部に入部し、放課後になると満たちと麻雀の勉強をして過ごしているという。三バカが遊びに誘ってくることはないそうだ。

「おお、これは凄い。後輩ちゃん、きっと喜ぶよ」

飛鳥が椅子を滑らせ、机に覆いかぶさってきた。初音ミクを調教している最中であるのに、こちらのやり取りが気になって仕方がないようだ。ヘッドホンを耳からぶら下げたまま、興味深そうにスマホケースをいじっている。

「そうだね、喜んでくれる……」

「演技に手芸、多才な弟子を持てて鼻が高いよ。俺は」

 飛鳥は他人を褒めるのが上手い。煽てて調子づけることで忠誠心を植え付けていこうとしているのだ。

「アリガトウ、他に何かやるコトありますカ?」

イリエーサーは照れ臭そうに笑いながら尋ねる。

「ううん、これでおしまい。あとは好きなだけアニメ観てると良いよ。この前、君が見てた奴をセットしておいたから、電源付けるだけでオッケイ」

「ワカリマシタ」

 少年は一礼して、テレビの方へ向かう。DVDをセットする手順はもう覚えているらしく、慣れた動作でプレーヤーを立ち上げる。

「トトッちゃんは明日の決戦に備えて、俺と打ち合わせでもする?」

「そうだね」

「よしっ、じゃあ始める前にお二方にいいものを贈呈しよう」

 飛鳥はヘッドホンを耳から引きちぎるようにして外し、大胆に椅子から飛び降りて部屋を出る。冷蔵庫を探ると、アイスバーを三本持って戻ってきた。

「ほらほら、どれでも好きなの選んで」

「はいはい、サンキュー」

兎々津はぶどう風味のアイスを、イリエーサーはバニラを一本受け取った。喉が渇いていたので丁度いい。少年も冷たいものを貰えて大喜びしている。

「うーん、おいしい。やっぱり夏と言えばアイスだね」

兎々津が二、三口アイスを齧っているうちに、既に飛鳥は半分ほど平らげていた。

「まあ、打ち合わせとは言っても、準備は万全だし、後は運次第だよねえ。上手く行くように神様にお祈りするしかない。でも、普通にやってれば大丈夫だよ。俺は物凄い強運の持ち主だからさ」

「悪いね、あんたには関係のないことなのに……」

「そんなかしこまったことは言わなくて結構さ。俺も君も可愛い後輩のために頑張るだけだから」

「可愛い……あれがねえ」

福永汐莉には同情こそしているが、大して仲が良いわけではない。相変わらず、知性がなく恋愛至上主義を擬人化したような性格の彼女とは関わり合いになりたくない。飛鳥たちの手を借りたのも、研究室を逃げ去る姿がかつての友人と重なって見え、放ってはおけなくなったからである。謎の白昼夢が兎々津の高校時代を再現してくれたおかげで、脳の片隅に追いやっていた彼女の無念が蘇り、行動を起こさせた。

それだけ福永汐莉の境遇は旧友と酷似している。兎々津の幼馴染も彼女と同様、毎日のように大好きな彼氏から、暴力を奮われていた。どれだけ酷い扱いを受けても常に笑顔を絶やさず、他者の前では平気であろうとした。高校生活が崩壊しかかっていても彼氏を庇い、偽りの笑顔を作り続けた。兎々津はそんな旧友を見かねて、別れるようにと説得した。純粋に友人のためを思って、救済の手を差し伸べたつもりだったが、彼女は反発し、罵声と暴力に怯える自分に向き合おうとしなかった。それがきっかけで、旧友との関係に亀裂が入り、兎々津は見事に拒絶されてしまった。付き合いが長く、本当に大切にしたい友人の一人だったので、自分が見向きもされなくなる日が来るなんて信じられなかった。大学生の今、思い出しても辛いし悲しい。理解できないし、すんなりと受け入れられる現実でもない。理不尽だとも思う。時間が解決してくれるのではないかと期待もしたが、最後まで彼女が心を開いてくれることはなかった。

それから約一年、旧友は彼氏との交際を続けた。恋人に依存していたのだろう。得意の笑顔で幸せな自分を演じ、罵声、暴力、束縛、などの恐怖と苦痛全般を隠して過ごしていった。しかし、そんな彼女の努力は裏切られ、一方的に別れを告げられるというグロテスクな末路を辿っていた。兎々津よりもずっと大切にしていた彼氏に見放され、完全に孤立してしまったのである。兎々津は卒業式の日にクラスメイトから初めてその話を聞き、無力感と歯がゆさに苛まれた。旧友への怒りが沸いてくると同時に、たった一度、撥ねつけられただけで助けを必要としていた彼女を諦めてしまった自分にも腹が立った。式典が終わり、卒業証書を片手に彼女を探したが、校内で会うことは叶わなかった。卒業後も何回か電話を掛けてみたが、呼び出しには応じてくれず、思い切って実家を訪ねたときには既に県外へと引っ越していた。兎々津がやって来ることを想定して、早めに出たのかも知れない。なぜそこまでして兎々津との接触を避けたのか、旧友の意図は分からない。苦い記憶は四年経ってもまだ残っている。

現在、後輩の身に降り注ごうとしているのは、あれと同じような災いである。前述の通り、福永汐莉のことは大して好きではないが、もうあんな犠牲者を増やしたくはない。汐莉を楽にしてやることで過去の清算になるかどうかは微妙だが、両者の類似性を知った今、目を背けるよりはいくらかマシだと信じている。

明日、兎々津は険悪な別れ方をしたきりだった福永汐莉とカフェに行く段取りをつけている。断られるのを前提で誘ったが、お詫びをさせて欲しいと頼み込むと彼女はすぐに了承してくれた。彼氏のことも気になったが、男の人さえいなければ問題ないとのことだ。イリエーサーに作ってもらったスマホケースはお詫びの印として、プレゼントする。受け取っては貰えないだろうが、別に構わない。口実に使った「仲直り」は建前で、真の目的は無茶な恋愛を止めさせることにあるのだ。その成功率は「三バカ」の案件よりも低く、かなり運任せなところもあるので、前日から緊張せずにはいられない。

「ライオンきゅんとは前々からじっくりと話してみたかったんだよね」

飛鳥はアニメに集中するイリエーサーを微笑ましげに眺めながら、アイスを食べきった。この男はたまに飯塚レオのことを気味の悪い呼称で呼ぶ。「ライオン」、「ライオンきゅん」、「ジャングル大帝」など種類は様々だが、後輩への愛着は一切ない。過剰な悪意と揶揄が籠った蔑称である。

「あんた、どうしてそんなにあの彼氏に拘るの?」

 どうしても知っておきたいという訳ではないが、前々から不思議だった。普通の人なら、会うたび暴力を奮ってくる人物とは距離を取るか、会わないなどの工夫をする。間違っても自分から積極的に関わっていこうとはしない。

「彼の発言と一連の行動パターンが面白いからだよ。一人の異性を過剰なまでに溺愛して、相手にも自分と同じ感情になることを求める。その希望が叶うと今度は支配に転じて、暴力と恐怖で溺愛対象者を独占する。興味深い生き物だと思わない? 思考回路や価値観がどのように構成されているのか、疑問に尽きないんだよ」

「私はあんたの思考回路や価値観がどのように構成されているのか、疑問に尽きないね」

飛鳥が協力するのは、兎々津の苦い過去を払拭させるためだけではない。「相方のため、可愛い後輩のため」という名目で自らの好奇心を満たしたくて、ウズウズしているのである。純粋さを装う裏で、既に兎々津には想像できないような複雑な筋書きが用意されているのだろう。

「一体、何を企んでいるの? 話し合いだけで解決するつもり?」

落ち合う場所が場所なだけに、彼一人を飯塚レオと合わせるには危険が伴う。下手すれば障害事件では済まないだろう。

「さあね。どうなるかは話の流れに任せるさ。まあ、犯罪に繋がるようなことはしないから、そこは安心して。俺だって良いこと、悪いことくらいの分別はついているからね」

「分別がつくといってもそれはあんたの中で……でしょ? あてにならないよ」

「大丈夫だって、後輩ちゃんの救出を最優先事項にしておくよ」

「そんな『救出』だなんて褒められたものじゃないよ。あんたに頼るのも、私の独善的な動機に過ぎないんだし」

「いいや、それで十分さ。君が自分のエゴイストぶりを恥じる必要なんてない。トトっちゃんは宗教家でも何でもない、どこにでも居そうなただの女子大生なんだからさ」

「それ、褒めてんの?」

「もちろん、もちろん。君は福永汐莉のことだけ考えていればいい。ライオンきゅんは後始末も込みで俺が料理するから。検討を祈ってるよ。もし、そっちで何かしらの不都合が発生した場合は、早めに知らせてね」

「了解。あんたこそ、せいぜい、ぶっ殺されないようにね」

「ぶっ殺されそうな局面を何度も生き延びてきた俺が、ぶっ殺されるわけないじゃん」

「それもそうだね。ことわざで言う『憎まれっ子世にはばかる』ってやつ?」

「憎んでいる奴らからしたら、いい迷惑だよね。神も仏もありゃしない」

「全くその通り。でも、自分で言うな」

「トトっちゃんは相変わらず狙い通りの突っ込みを入れてくれるね」

「あんたに合わせてやってんでしょうが」

 兎々津は苦笑いして小首を傾げる。飛鳥は大袈裟に両手を叩いて笑っている。

「さて、俺の計算に狂いはない筈だが、最後に実験だけしてみよっか。これが上手くいかなければ、明日は後輩ちゃんと楽しい楽しい午後のひとときを過ごすだけになっちゃうもんね」

「そんな笑えない冗談はよして」

 兎々津は飛鳥の携帯を借り、スマホケースに入れる。綿密な下調べによると、彼の機種は福永汐莉の携帯の色違いなのでシミュレーションとしては最適である。ひょっとすると兎々津の方も、なかなかの強運の持ち主なのかも知れない。

「好きなタイミングで始めてくれて良いよ」

「もう始めてるよ」

 兎々津は自らの携帯画面を見つめながら言う。実験は成功したようだ。



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