12
「という訳で、トトッちゃんがここに来るまでの間、俺とお話ししよう」
レオの通話中に携帯を奪い、ぶつ切りした飛鳥は、正面にある講義用の調理テーブルに腰を下ろした。この男は本当に落ち着きがない。汐莉と話している間中、ホールを徘徊して調理器具をいじり回っていた。今もテーブルに座り、浮かした足をバタバタと動かしている。いい年した大人がやる動作ではない。大学を卒業しているのに精神年齢が幼すぎる。
「お前、頭大丈夫か? 何でこんなふざけたことばっかりするんだ?」
「俺はおふざけでやっているつもりなんて毛頭ないけど? まっ、強いて言うなら三次元の恋愛を研究するためかな」
「冷やかしてんじゃねえよ」
「冷やかし? まさか、大真面目だよ。俺は趣味で歌を作っているんだ。でも、アイデア欠乏症に悩んでいて、上手いこと詞が書けなくなっているんだよね。そこで、君たちの取材がしたくなったんだ。現在進行形で恋愛をしている君たちのね。だって、恋愛っていうのは良く歌詞になっているし、他人の共感を最も得やすいテーマでしょ」
「お前の詞に共感する奴なんて誰もいねえよ。馬鹿」
「まあ、そう言わずに教えてよ。君は汐莉ちゃんのことが好き?」
「俺の女を軽々しく下の名前で呼ぶな、言い直せ」
レオは飛鳥の髪を掴んで前後に揺する。
「ごめん、汐莉ちゃんの苗字までは分からないんだ。痛いから止めてよ」
「止めて欲しかったらお願いしろ、クズ」
「マイリマシタ、オネガイデスカラ、ハナシテクダサイ」
宇宙人の真似でもしているのか、わざとらしく片言の日本語を使う。挑発が出来なくなるくらいの苦痛を与えるには、殴る蹴るだけでは足りないようだ。
「おお、望みどおりにしてやるよ」
レオは飛鳥の髪を引っ張り、テーブルから引きずり降ろす。床に両手をついたので手の甲を強く踏みにじった。
「痛いなもう」
「余裕ぶってんな。これでもまだ、笑ってられるか?」
レオは攻勢を緩めない。首に掛かっているアニメキャラクターのキーホルダーを紐ごと抜き取り、跳躍して踏みつける。二体のフィギュアを交互に踏むと、塗料の一部がはがれ、形が少しずつ歪んでいった。こんなゴミのようなものでも、オタクどもにとっては宝物なのだから笑えてくる。
「あー、俺の嫁が。酷いなあ」
さっきまで薄ら笑いをしていた飛鳥が今は泣きそうになっている。いい気味だ。
「ちょっとぉぉ……それはないよ。まだ、話し終ってないのに……」
バスケット選手の脚力で加減なく踏まれたキーホルダーは、靴の汚れで黒ずみ、手足は複雑骨折したようにグニャリと捻じ曲がっていた。既に首にぶら下げられない状態にまで変容している。
「これじゃあ、もう使えないな……」
「お前が俺にしてきたことに比べたら、たかがキーホルダーの一つや二つどうってことないんだよ。何ならそっちのタオルも引き裂いてやろうか」
「まあ、待って。取り敢えず、最後まで話を聞こうよ。これでも俺は大学のOBなんだ。君の先輩だよ?」
「うるせえな。こっちはお前を先輩だなんて、欠片も思ってねえんだよ、ボケ」
「長幼の序くらい守った方が良いと思うけどなぁ。まあ、分からないなら仕方ないや。質問の続きといこう。君は彼女のことが好き?」
「黙れ、お前の質問なんかに答えるか」
「いちいち、突っ掛って来られたら会話が成立しないんだけど」
「てめえなんかと会話してられっか」
「なら彼女ちゃんにこう言ってあげる。君はレオきゅんを愛しているみたいだが、レオきゅんはもう君のことを屁とも思っちゃいない。むしろ、酷く憎んでいる。憎いから君を束縛しているのであって、愛情なんて微塵もない。どうかな?」
「言えるものなら言ってみろ。お前が出任せ言ったところで汐莉は信じねえから」
「うーん、効果はいまひとつか。随分と曲者だね、君も。じゃあ、こうしよう。もし君が暴力を奮わず、真面目に俺の質問に答えてくれたなら、今日をもって君や君の彼女にちょっかい出すのを止めてあげる。どうかな? なかなかの好条件でしょ? これなら質問にも答えてくれるよね?」
「お前が二度と現れないなら、いくらでも答えてやるよ。ただ、絶対に約束は守れよ? 守らないと殺す」
「了解了解、やったー。それじゃあ、早速教えて。君は彼女のことが好き? 嫌い?」
「好きじゃねえと、付き合ったりしねえよ。馬鹿かてめえ……」
「ふうん、なるほど、なるほど。でも、それなら矛盾が生じてしまうな」
「何がだ?」
「いやだって君、ついさっきまで愛する対象の彼女に暴言吐いていたじゃないか。人間のクズだとかブスだとか、次から次へと電話でさ。それに常日頃から暴力も振るっている。軽く叩く程度ではなく、怪我を負わせるくらい壮絶にね」
「だから何だよ?」
「個人的にだけど、君の言動は常軌を逸脱しているのではないかと思うんだ。でも正直、分からないんだよね。俺は世間知らずだからさ。愛情表現の一形態としてそういうのが世の中に流布していてもおかしくないとも思えるし。君は一貫して彼女が好きだと言い張っているもんねえ」
「二次元としか恋愛できねえキモオタニートには、一生掛かっても理解できねえよ! 世の中がどうとか知らねえけどな、俺はあいつのことが世界で一番好きなんだ」
「うわぁお、素晴らしい。ワンダフル。俺も二次元でたくさんの萌えキャラたちと恋に落ちてきたのだけれど、さすがにそこまで堂々と言い切るのは無理だな。誰も審査してランク付けしようがないものを世界一と豪語するなんて感心、感心。君以上に彼女のことを大事に思う人物が世界のどこかにいてもおかしくないのに、自信満々で凄いよなぁ。スケール大きいし、自称するだけでも恐れ入るよ。萌え豚ファンの圧倒的な人数に自信を喪失している俺とは大違いだ。盛大な拍手を送ろう」
休場は小さく両手を打ち鳴らし、大げさに褒める。まるで、飼い犬のご機嫌を取るようなおだて方だ。レオは犬と同等の扱いをされているのである。
「それ以上しゃべるな。殺すぞ?」
「殺すなんて物騒だな、もう。あんまり騒がないでよ。せっかく、広くて人目もつかない場所を見つけたのに誰か来たらまともに、会話が出来なくなるじゃないか。君だって、人目は避けたいはずじゃなくて?」
「下らねえこと、抜かしてんじゃねえっつってんだよ」
「まあまあ、そう言わずに。これでも俺は有意義な時間を過ごさせてもらっているのだよ。こうして君から彼女への想いを聞くことが出来ただけでも大躍進だ。でもでも、やっぱり君の恋愛論には矛盾を感じずにいられない。世界で一番愛している……とか、壮大で可愛らしいことを言っておきながら、愛すべき恋人を罵倒したり傷つけたりする。この言行の不一致は一体何? 仮にそれが愛情表現であると認めたとしても、ペットのように相手を服従させて、自分の思い通りにならなければ暴力で懲らしめる、こんなの随分と歪で不器用な愛情表現だよね。アニメキャラで例えるとすれば、ヤンデレ属性なのかな、君は。まあ、ヤンデレ属性もリアルで度を越しちゃえば、ストーカーみたいな犯罪者にしかなりえないよ、残念ながら。人をドン引きさせはしても、萌えさせられはしない。残念ながら、君には萌えの才能もないしね」
恋愛をろくに知りもしないオタクの分際で、生意気である。その気になれば、いつでも無残な姿に変えてやれるのに、この男にはそういった懸念がまるでない。キーホルダーを粉砕すれば多少は応えると思ったが、まだまだ口は達者である。
レオはホワイトボードの隣に設けられた食器棚に目をやる。ボール、皿、コップ、ナイフにフォークと、調理器具がびっしり収まっている。凶器となり得るものは何も包丁だけではない。飛鳥を硬い陶器で殴りつけてやるのも良い。コップで殴り、ひるんだところを包丁でめったざしにする。全てが終わる頃には、とても晴れやかな気持ちになっているだろう。
「客観的に見ても君の束縛が苦になっているのは明らかで、相方曰く、君の彼女は既に限界に達している……。そこのとこ、気付いているかな? 傍から見て理不尽に思えても、双方が受容しているのであれば、どうぞご勝手にと言っておしまいなんだが……彼女ちゃんの場合、そうではないらしいんだ。だから、もう縛るのを止めて自由にしてやっても良いんじゃない?」
「何だよ、先輩面してお説教か? お前にごちゃごちゃ言われる筋合いなんてねえぞ? アニメキャラにばっか惚れてる気色悪いオタクニートに何が分かる! あいつは俺のすべてを見ていて、受け入れてくれているんだ。分かったか? 俺に指図すんじゃねえよ、ゴミ」
「これは、とんだ妄言だね。いくら吠えたところで君がやっているのは、自分の独占欲と支配欲を満たしたいがために、彼女に無理難題を押し付ける行為に他ならないよだよ。世界で一番好きだとか偉そうに語っておきながら、一番大事にしているのは彼女ではなく、軟弱な自分自身。君は自分に自信が持てていないのさ。
しかし、あの子もあの子で馬鹿だよね。相当参っているのに、その事実を絶対に認めようとはしない。愛情とかいう甘ったるいものが否定されてしまうのを恐れて、我慢している。哀れなものだ。まあ、君にとってはそっちの方が好都合なのかな」
「黙れ、お前に何が分かる」
「さあ、恋愛には詳しくないからわかんない。でもでも、少なくとも君は自己満足でこれまでずっと彼女を縛ってきたのだと、自覚すべきではないのかな? 愛していると主張する反面、自己都合で相手を傷つけ苦しめる。好きだと思うなら、それはなおさら禁じ手じゃない?」
「ああ?」
「はっきり言おう、君は彼氏失格だ。恋愛なんてものを全く知らない俺でも分かることを理解できていない。いや、理解はしているのか……。ごめん、『理解はしても、実行していない』の間違いだった。まあ、いずれにしても、バッドエンド。やり直しが一切利かないところは、リアルでの最大の難点だよね……可哀そうに、もう終局。積んでしまっている。ご愁傷様」
殺してやる。安城兎々津が到着するまで待ち、二人にどのような陰謀があったのか喋らせて終わりにしようと思ったが、もう駄目だ。
「死ね」
レオは丸椅子を振り上げ、思いっきり投げつける。一歩早く危機を察した飛鳥は、テーブルを飛び降り、難なくそれを交わす。ホワイトボードの隣にある食器棚に椅子がぶつかると、大きな音がした。収納されているフォークやスプーン、菜箸やゴムべら、泡だて器などが散らばる。ガラスは運よく割れていないようだ。レオはそのまま、調理テーブルを乗り越え、逃げ惑う飛鳥の胸部に拳を入れる。勢いで壁に押し付けると、ジリジリと力を込めて心臓を潰しに掛かった。冷房も利いていない調理室は、蒸し風呂のように暑い。睨み合う両者の額からは、汗が水滴となって落ちていた。
「相方は恋愛が嫌いなんだ。珍しいよね、女の子でそんな人がいるなんて。俺も初めて聞いたときはとても驚いた。世間一般で嘆かれている『若者の恋愛離れ』を再認識して絶望したよ。深刻な社会問題なんだなってね。だけど、君みたいに自分勝手な人間に嫌気がさして、恋愛嫌いにまで発展したのであれば、凄く納得」
「黙れ」
レオは叫びながら、飛鳥の鳩尾を何度も打ち据える。他人の恋愛を弄び、滅茶苦茶にしていくことを生きがいにしているくせに、説教垂れてくる傲慢さが許せない。この男の正論ぶった言葉に惑わされ、レオから離れていった女は数多くいる。こいつは迷惑でしかないクズだ。同じ空気を吸っていること自体が、害悪なのである。
休場が両手をついてむせ込んでいる隙に窓際へ進み、並んでいる中で最も長い包丁を手にする。汐莉は安城兎々津に連れられて徒歩でこちらに向かっているそうなので、到着するまでにはもう少し時間に余裕がある。それまでに休場飛鳥を殺し、死体はこの部屋に隠しておく。殺害後は外で二人を待ち、「休場が待っている」とでも言って、ここまで案内する。そこで、口封じとして同行してきた安城兎々津にも死んでもらう。彼女に対しては個人的な恨みがないが、休場飛鳥に協力している時点で同罪である。汐莉は先輩の死を目の当たりにしてショックを受けるかも知れないが、理由を話せば納得して協力してくれるに違いない。彼女は何があってもレオを支えると誓ってくれているのだ。犯罪者の片棒を担ぐことになっても、ついてきてくれるに決まっている。
「お前、もう死ね」
研ぎ澄まされた刃先を相手の喉元に定めて言う。
「やっぱりそうくるか……可哀そうに。図星に反論出来ず、悔しさのあまり怒り狂っちゃったんだね?」
「いつまでも笑ってられると思うな。俺は本気だぞ」
「あれ……そ、そうなの……冗談じゃない? ごめんね。ちょっと落ち着こうよ。ね? 俺も少し言いすぎた。だから刺すのは勘弁して、血が出るし、絶対痛いから」
半べそ掻いて謝っているが、この男は自分の立場を理解するのが遅すぎた。包丁で壁際に追い詰め、どこから刺してやろうか検討する。心臓や喉を一突きすれば即死だろうが、これまで散々な目に遭わされてきた怨恨もある。心臓以外の部位を死なない程度に刺し、十分に苦痛を与えて絶命させるくらいしないと気が済まない。柄の部分が汗ばんでヌルヌルし、包丁は小刻みに震えている。肘から指先に掛け、筋肉に痙攣が起こっているようだ。
「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい」
情けない男だ。休場は刃物に怯え、尻込みしている。レオは腰を落とし、逃げ惑う飛鳥に突進していった。
「死ね、死ね。オラぁぁぁぁぁ」
刃先が止まり、ボーっとしながらも生暖かい鮮血が床に滴り落ちるのが分かる。人の恋愛を何度となく蹂躙して来た害虫に鉄槌を下し、優越感と共に嗜虐的な感情が沸きあがって来た。腹部を赤く染め、じたばたと悶える休場を見て、気が済むまで嘲ってやりたい。
「あー、怖い。怖くて震えが止まらない」
休場はそう言って、落下した包丁を蹴って退かす。
「てめえ……」
直前までみっともなく命乞いしていた男は、苦悶に顔を歪めるどころか普段通り、笑っている。床には少量の血がポタポタと滴っているが、肉を刺した感触は残っていない。
「間一髪。死ぬとこだったよ」
異様に熱い左手の甲から、痛みが徐々に広がっていく。なぜ包丁を離してしまったのか、しっかりと握っていられなかったのか。深々と突き刺さったフォークを見てようやく、握力を奪っていたものの正体が分かった。
「確か汐莉ちゃんは右手をやられていたんだっけ? それじゃあ、これでおあいこだね。カップルらしくていいんじゃない。君は左、汐莉ちゃんは右。傷物のカップルは握り合う手も傷だらけ。ロマンチックだねえ」
「殺す」
「殺す? あー、申し訳ないけど、君ごときに殺されるわけにはいかないよ。まだまだ俺は、一人の人間として重要な責務を果たしていないからね」
フォークが皮膚を侵食していく。抵抗しても抜けない。貫通こそしていなかったが先端は骨の辺りにまで到達しているようだ。
「外せ、退けろ。この野郎」
「はいはい、お望みどおりに」
飛鳥はフォークを反対側に寝かせ、肉を掘り起こしながら勢いよく引き抜いた。
「あああああーー」
皮膚が四つに抉れ、くっきりと爪痕が残っている。
「ごめん、痛かったね。でも、これは正当防衛だから問題ないよね。ボコボコに殴られた挙げ句、包丁を持って襲い掛かって来られたんだもん。困った子だ、人を殺すのは良くないって小学生でも分かることなのに……。お仕置きに、もっと痛くしてあげないと」
「止めろ、止めろっつってんだよ」
奥歯を噛み締めるレオに、何度も何度も凶器が振り下ろされる。痛みは手の甲から手首、手首から腕、腕から肩、肩から頭頂へと乗り移る。
「あはっ、あははははは。悪役レスラーにでもなった気持ちだ。凶器攻撃がこんなに楽しいなんて。今度は脳天、脳天をカ・チ・割・り・まーす」
自らの実況に合わせ、次々にフォークが突き立てられる。どの傷も深く突き刺さり、汗に交じった血液が、額から顎にかけて伝っていった。
「案外、人間の皮膚ってやわらかいんだね」
休場は櫛状の先端部に付着した皮膚とも肉の塊とも取れない、赤い物体を興味深そうに眺め、咀嚼する。その猟奇的な行動にレオの皮膚は粟立ち、休場に対して強い恐怖を覚えていた。
「少しは冷静になりなよ、坊や。腹いせで俺を殺したとしても何の解決にもならないよ。あっ、傷口を冷やしてあげようか」
飛鳥は調理台の流しに備わった蛇口で、ボールに水を汲み、レオの頭にゆっくり注ぐ。冷たい水を肌で感じながら、恐怖と屈辱に体が震える。
「自分の過ちに気づこうとしないのは、君の致命的な欠点だ。まあ、座りなよ。立てるでしょ? 彼女もそろそろ到着する頃なのにそんな醜態晒したら恥ずかしいよ」
休場は転がっていた丸椅子を拾って、勧める。腹が立ったので顔面を蹴ろうとしたが、あと少しの所で届かない。
「議論で勝てないからって、暴力に訴えかけるのは感心しないね。君にはカルシウムが不足している。うちに小魚のおつまみがあるから欲しかったらあげようか?」
飛鳥は散らばった包丁や箸、スプーン、フォークなどを拾い集め、そのままシンクで洗浄し始めた。もう襲って来ないと思っているのだろうか、無防備に背中を向けている。一度は奇襲に失敗してしまったが、何としても殺してやりたいので、凶器となり得るものが近くにないか探す。
レオのすぐ傍、調理台に備わった引き出しの側面には、「果物ナイフ」と記されたビニールテープが貼られていた。どうやらまだ、休場の命を奪うチャンスが残されているようだ。水流の音が大きいので、多少の物音であれば誤魔化しも利く。
レオは相手を油断させるために、ひとまず丸椅子に座る。そっと引き出しを探ると、鞘付きの果物ナイフが数本、収まっていた。包丁と比べると小さいし頼りないが、使えなくはなさそうだ。順番に鞘を取り、最も切れ味の鋭そうなものを選別する。体のあちこちが痛むが、我慢すれば物を握ることくらい造作もない。レオはナイフを持って立ち上がり、休場の背後に忍び寄る。皿洗いに集中しているため、こちらの動きには全く気付いていないようだ。
「来た、来た。待ちくたびれたよ、トトッちゃん」
気配を消し、距離を詰めていくと突然、休場がステンレス製のボールを叩きつけた。
「危うく坊やに殺されるところだった」
男はタオルで手を拭きながら振り返る。レオが入口付近に目をやると、そこに汐莉が立っていた。
「レオ君……何しているの?」
彼女は震える声で問いかけ、半歩後退する。何があっても受け入れる、そう約束してくれた筈なのに、汐莉の行動は明らかにレオを拒絶していた。




