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福永汐莉の日常生活は彼氏、飯塚レオの管理下に置かれている。二十四時間、自由に外出することも許されず、休日に友達と予定を組めば、誰といつどこに行って何をするのか、「5W1H」を逐一説明して外出許可を得なければならない。親でもないのに送り迎えは彼が行い、まだ同棲もしていないのに自宅アパートの門限まで定められている。管理は徹底しており、外出理由を納得してもらうまでには相当の時間を要するとも聞いている。決定権は彼氏にしかなく、汐莉が意見することは認められていない。仮に許可が下りても気分次第で禁止されることまであるという。つまり、全ては飯塚レオの独断と偏見で決まることなのだ。当人はこれを正常だと言い張っているが、第三者からしてみれば狂気の沙汰ではない。そんな生活を送っている福永汐莉である。彼氏に「安城兎々津と喫茶店に行きたい」と申告したところで、まず許可は下りないだろう。女同士ではあるが、休場飛鳥と繋がりのある時点で認められるとは考え難い。にも関わらず彼女は今、待ち合わせ場所まで一人でやって来て、兎々津と対面している。その様子から察するに、間違いなく無許可である。わざわざ、こちらから訊くまでもない。下手すれば命すら危ういのに、当の本人は「バイトに行っているから、大丈夫」と随分と呑気に構えている。楽天的というか危機意識が欠落していると言っても良いくらいだ。相手はバイト中でも病的なほど電話を掛けて来るが、それにさえ注意を払っていれば何とか誤魔化せると言っている。
彼を欺いてまで兎々津と会ってくれる辺り、現状に不満を抱えていると見てまず間違いない。彼氏の主観のみで作られた規則の統制に、限界が来ているのは彼女の行動が証明しているのだ。兎々津はこれから、この愚かな後輩に少し酷いことをする。彼女の隠れた本心を引きずりだし、無理やりにでも直視させるのだ。人道に反する行いではあるが、怪我が治るにつれ、再び彼から暴力を奮われだしたのであれば尚更、別れを決断させる必要がある。
「これ、お詫びの印。よかったら使って?」
兎々津は注文を済ませてすぐ、茶色の紙袋を渡した。汐莉は突然のプレゼントに驚き、喜びを露わにしている。掴みは上々だ。
「凄い。これ、先輩が作ったんですか?」
「そうだよ」
スマホケースはイリエーサーの手製だが、打ち合わせ通り、自分が作ったことにする。ビニールレザーの生地に布を縫いつけただけの簡易なつくりだが、ハート柄の可愛らしいデザインを気に入ってくれたようだ。
「貰ってくれる?」
「それはその……お気持ちはありがたいんですが、彼に見つかったら嫌がるから……。ごめんなさい、せっかく作ってくれたのに受け取れないなんて」
汐莉はすぐに笑顔を消し、申し訳なさそうに俯く。断られるところまでは、計算済みだ。こっそりプレゼントを受け取っているのが飯塚レオにバレたら彼女がどうなるのか、想像出来ないほど兎々津も馬鹿ではない。彼は送り主が同性だろうが、異性だろうが、関係なく荒れ狂う。真実からかけ離れた妄想を膨らませて、汐莉の行動一つ一つに異性の影を疑っているのだから最悪、傷害事件に発展してもおかしくないだろう。
「気にしなくていいよ、私の方こそごめんね。配慮が足りてなかった」
彼女がスマホケースを持ち帰るかどうかはさして重要ではないし、貰ってくれることなど初めから期待もしていない。兎々津の役目は飛鳥から連絡があるまで彼女と行動を共にし、その間だけケースを利用させることにあるのだから。
「でも、一つだけわがままを聞いてもらっても良いかな?」
ケースを身につけて貰うために、もうひと押し加える。
「何ですか?」
「それ、今日一日、私といる時だけで良いから使ってくれない? せっかく作ったんだし、結構時間も掛かったから、お願い」
熱意を示せば、さすがに彼女も嫌とは言えないだろう。兎々津は拝むように両手を合わせてお願いする。必死になる先輩の姿に福永汐莉は目を丸くして驚いている。
「そ、そんな、安城さんが頭下げることではないですよ。先輩の好意を無駄にする汐莉がいけないんです」
恐縮した彼女は狙い通り、携帯をケースに入れてくれた。機種に合わせて、コンパクトに収まるように調整してあるのでサイズはぴったりだ。福永汐莉は先輩がわざわざ自分のために作ってくれたものだと本気で信じている。嬉しくはないが、兎々津の詐欺師の才能にも益々、磨きが掛かってきたようだ。
「あのさ、良ければこの後、カラオケに付き合ってくれない? 私も久しぶりにストレス発散したいから」
飛鳥との合流は午後三時半。現在、一時を回ったばかりなのでこれから約二時間半、時間稼ぎをしなければならない。カフェだけで時間を潰すにはせいぜい一時間かそこらで、いくら粘っても二時間以上は難しい。そのため、汐莉が好んで行きそうな施設をもう一つ、用意しておく必要があった。兎々津自身、愛想を売るのが苦手な性分なので、相手の単純さを利用して騙すのにも相当な神経を使う。彼女がスマホ依存症ではなかったのが、せめてもの救いだが、安心とまでは行かない。勝負はここからである。




