新しいナノマシン
数十分前まで、病室で玲奈は悲しみで涙を流していたが、今はとても喜びで心が満ち溢れていた。病室に戻って布団の中に潜って一生懸命興奮を抑えていた。
「はあぁ~。いきなりだったけど私も遼や詩織と一緒にまた戦えるなんて……優一さんにも本部長にも感謝ものだわ~。体が良くなったら訓練してあの人たちに恩を返さないと」
それにしても……何か自分の体がおかしいと感じる玲奈。調子が悪いとかではないが、違和感は感じる。玲奈は病室の鏡の前にヨロヨロと歩き、鏡に映しだされた姿を見て驚く。
身長が150㎝程しかなかったのに、明らかにそれ以上の身長まで伸びていた。そして髪の長さもショートだったはずなのに背中近くまで後ろ髪は伸びており、胸も身体測定でAカップだったはずだが、詩織の胸と変わらないほど成長していた。
「え? ……ええ!?」
幼女体型からいきなりナイススタイルに変わった自分の姿は仰天物だった。しかし。
「これはこれで心配事が増えた……」
今までは身長が小さかったのもあって弾に当たることは少なかったが、今の体だと以前の感覚でいたら間違いなく被弾する。
さらに長い髪。玲奈は長い髪が暑苦しく感じ、邪魔だと思うほどだった。
しかし、最大の問題は。
(この胸は大きすぎる……)
自分で揉んでみると感触的には弾力があって大きい。恐らくDかE。腕を動かす時、動作が遅くなることが目に見えて分かり、一番困るのは……。
「肩が凝って痛い」
胸が大きい人は分かるかもしれないが、結構肩が凝りやすい。思っていた以上の負担。
「なんでこんなことに?」
「水澤ちゃん入るよ」
病室の扉が開き、誰かが入ってくる。扉の方向に玲奈は目を向けると、そこには優一がいた。そして優一は玲奈を見て固まった。
「……何してる」
「え?」
優一が固まっていた原因は……自分の胸を揉んでいる玲奈の姿を見てしまったからだった。
「ん? ……わあああああああッ!!」
玲奈は恥ずかしくなって逃げるかのように布団に潜った。
「あ~すまない。見なかったことにするし、水澤ちゃんも忘れてくれ」
「忘れられるわけないでしょ! あ~最悪だ……なんでノックもしないで入って来たんですか!?」
「すまない」
「も~~~~」
優一は布団の中に隠れている玲奈に申し訳なさそうな声で謝った。玲奈も自分の体の変化が気になって色々触っていたことに後悔した。
「……何で私の体がこんなにも変化してしまったんですか?」
「ん? あ~それは専門家に聞いた方が良いな」
「専門家? というか優一さん、私に何か用でもあるんですか?」
玲奈は顔だけ布団から出し、優一を見る。優一は頭をガリガリと掻き、ベッドの横にある椅子に腰を下ろした。
「医師から聞いたかもしれないが、実は今君の体の中にはナノマシンが無いんだ」
「はい」
「そこで新しいナノマシンを俺から君にプレゼントしようと思ってここに来たんだ」
人間の健康や動作のサポートを行うナノマシンを新たに購入し、体に反映させる時は約500万以上かかる。それを知っている玲奈は思わず感心していた。
(500万円以上するナノマシンをプレゼントしてくれるなんて……なんて優しい人なんだ)
「それはありがたいですけど……」
「お金は出世したときに返してね」
(さっきプレゼントって言わなかった?)
「それで今ここにナノマシン開発の優秀な研究員がそろそろ来るはずなんだけどな……」
優一が病室の時計を確認した瞬間、扉が開いた。
「お邪魔します~。優一くんお待たせ~。そしてあなたが水澤玲奈さんですね」
病室に入って来たのは、白いジュラルミンケースのようなカバンを持った小さな女の子だった。身長はざっと見た感じ、150㎝あるかないかで顔は童顔。青いフレームのメガネをかけていて、後ろ髪を青いリボンで結んでいた。
誰が見ても、見た目は完全に玲奈より年下。
「また遅刻だぞ? 穂香。その時間にルーズな性格治せよ」
「急いだって良いことないし、生まれてから22年間この性格のお蔭で生きてきたんだから」
玲奈は驚きの声を出しそうになったが必死にこらえた。
(あの見た目で22歳は絶対におかしい!! 12年間の聞き間違いでありたい)
と必死に心の中で口に出せないことを叫んだ。
(いや、12歳で150㎝あったらそれはそれでおかしい)
「とまあ、雑談はまた後ほどで、玲奈ちゃん」
(いきなり下の名前で呼ばれた! もうこの人のことに関して考えるのはやめよう……)
「はい? ……えーっと」
「あ、まずは自己紹介だね。私はホープ本部のナノマシン開発部の課長代理の坂本穂香です。以後よろしくです」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
玲奈はぺこりと穂香に頭を下げた。
「そんなに堅苦しくしなくていいよ。優一くんにさっき頼まれて、あなたに新しいナノマシンを投与しに、来たの。それでなんだけど……」
穂香はいそいそとパソコンとナノマシンが入っているであろうハンコ注射をカバンから取り出した。
「おめでとう~。世界に一つしかないナノマシンがあなたを待っているよ」
すると優一は少し目つきが鋭くなり、穂香に声をかける。
「おい、俺は一般的なナノマシンと言ったはずだぞ? なんで特別なナノマシンを持って来たんだ?」
「まあまあ、本部長には私から事情を説明しておくし、何よりもこのナノマシンを使える時が来ているのに使わない手はないよ」
「まだ入隊試験をしていない人間にそんなナノマシンは!」
「まあ、最終的に取り込むか取り込まないかは彼女が決める事なんだけどね~」
穂香はチラッと玲奈を見て、答えを促してきた。しかしその前に、玲奈は気になっていることを質問する。
「それよりもなんで私の体が変化しちゃったんですか?」
「ん? へえ~玲奈ちゃんナノマシン設定でバトル最適身体にしていたんですか」
「最適身体? ……いえ、私そんな設定していないんですけど」
聞いたことのない言葉に玲奈は首を少し傾げた。
「それを設定していたため玲奈ちゃんの体が戦闘に特化した体で成長が止まっていたんです。ナノマシンで成長を抑止していたけど、そのナノマシンが壊れたことによってこの一か月で玲奈ちゃんの体は本来成長するはずの体に成長したということです」
「ん~……本来成長する予定の体ね~」
「その体になってしまったからには今から新たにナノマシンを注入しても、自分が良く知っている体に戻ることはないよ」
「え~! 一生この体なの? ……その特別なナノマシンを体に入れても?」
「そうだね。無理だね。恐らく今までみたいな戦い方は出来ないかもしれないけど、この戦闘特化のナノマシン『アルカディア』なら問題なし」
穂香はニッコリと笑って、玲奈の目の前でそのナノマシンをチラつかせた。玲奈は少し目を逸らして優一を見て、仕方なしのため息をついていた。
「穂香、あまり人を実験体みたいな扱いをするなよ」
優一が呆れた顔で穂香に『アルカディア』を勧めさせるのをやめさせようとした。しかし穂香は食い下がった。
「ご心配無用。調整もテストも何度も繰り返してようやく完成したんだから是非とも使ってもらいたいんだよ」
すると優一は再び溜息をついて玲奈に、「どうするんだ?」と尋ねてきた。玲奈は考え込んで少し目を閉じた。
「それを使うとどうなるんですか?」
「軽い説明になるけど、今まで以上の攻撃能力を手に入れる事も出来るし、中遠距離サポートでロックオン性能も向上して、何よりも使用者の出せなかった全力を出すことができるよ」
軽く『アルカディア』の説明を聞いて、玲奈の頭の中では遼と詩織が空中での無限回避の訓練をしていた姿を思い出した。
そして答えを出した。
「穂香さん……私はアルカディアを取り入れたい」
穂香はにんまりと笑って「ではでは」と準備を始めようとする。優一は目を閉じて腕を組む。
しかし、玲奈は言葉を続けた。
「だけど今はお断りします」