海以来
魂の滅ぶ場所。
確かに、魂で輪廻する六道輪廻にとって、魂が滅するこの道は果てと言えるかもしれない。
だが、魂が滅びるとはどういうことだろうか。抽象的すぎてわからない。
元々、肉体は人間道で一度死んでいるのだ。また死ぬということだろうか。
「ある意味、そうかもしれないな。修羅道に来ているお前らは魂だ。魂魄という言葉は聞いたことがあるか?」
魂魄──聞いたことはある。だが、魂とそう意味は違わないのでは?
そう思ったが、阿修羅も夜叉も首を横に振る。
夜叉が丁寧に語り始めた。
「魂魄というのは精神と肉体が同時に存在するもの。魂が精神で魄が肉体を表します。
魂は魂魄のうちの魂のみを表したものです」
魂が精神で魄が肉体ね。なるほどわかりやすい。
つまり、と阿修羅が付け加える。
「修羅道は魂が滅びる場所だ。魄がある状態では入って来られない。魄は修羅道の外にいるうちに滅びる。魄をなくして行き場をなくした魂が辿り着くのがここ、修羅道だ」
どうやら今私たちが肉体だと思っているこの実態も私たちの魂が想像で生み出したただの姿に過ぎないというわけだ。
「阿修羅や夜叉も魂なの?」
「この世界にいる間はな。だから自由な姿を取れる」
それなら阿修羅が伝承のような八面六臂の姿でないのも納得がいく。人間だった私たちにわかりやすいよう、人間の姿を取っているのだろう。おそらく夜叉も。
「さて、ここからが本題だ」
阿修羅が真剣味を帯びた表情に変わる。隻眼が私とナガラの両方をしっかり見据える。
「魂というのは自然発生するもので、自然消滅するものだ。普通ならな。だが、お前らの魂は普通じゃない。普通じゃない魄によって生まれた魂が普通であるはずがない。
人為的に作られて、生まれざるを得なかった、異端の魂だ。片やそこから分裂した本来存在するはずのない魂。それを普通に消滅させて普通に輪廻を廻すことなど不可能。そっちの坊っちゃんは知っているだろうが、六道輪廻の世界は、お前たちの存在によって軋み始めている」
阿修羅の言葉にナガラに目をやると、ナガラは目を伏せていた。軋んだ輪廻の中で、ナガラは何度も同じ時間を巡った。ナガラが矛盾を起こさないようにしていたとしても、ナガラの存在そのものが軋みであり、歪みであるのだ。
既に変えられた現実もある。例えば、私とナガラが出会ったこと。
それに、輪廻の歪みはナガラの存在のせいだけではない。ナガラという存在の元となった私にも原因はあるのだ。
「双方、理解したようですね」
私たちの表情を見て、夜叉が宣告する。
「そうです。あなたたちはこの世界の歪みそのもの。一つならば見逃せたものを──あなたたちは二つになってしまった。
だから、歪みを一つ、消さなければならない」
夜叉が言うと、私の前にはカッターが、ナガラの前には拳銃が落ちた。
──消さなければならないとは、そういう意味か。
私もナガラも得物を手にする。得物を手にしたならば、することは一つだ。
「こうやって対峙するのは、海以来だね」
ナガラが微笑むのに対し、私はそうね、と頷いた。
「決着はとても簡単です。魄をなくしたときと同じ」
殺せばいい。
単純明快な答えが示された火蓋が、切って落とされた。




