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長門未来の六道輪廻  作者: 九JACK
第三の道 畜生道
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歪んだ笑顔

 私が新聞を見て固まっていると、ナガラが不思議そうに私を覗き込む。

「ミライ姉、どうかした?」

 どうかした、と訊かれると、この疑問は形容しがたい。




 私は過去世界の畜生道に転生したのだ。

 道を外れてしまうのはかろうじて理解できるが、まさか時間までとは。

 あの医者が私を「人間の新たな可能性」と称していたことにも関わりがあるのだろうか。

 ふと考えたところで気づく。

 頭痛がない。

 いつもあの研究ノートのことを考えると私を苛んでいた頭痛がないのだ。もしかしたら、猫の体に頭痛という概念がないのかもしれない。

 その可能性に思い至るなり、私は研究ノートについて思い出すことにした。他の道ではあり得ないかもしれない恰好の機会だ。




 私はあの日、一冊のノートを読んだ。

 医者が席を外してしまった診察室。その机を漁ったのは、子どもらしい出来心というやつだ。

 そのノートの表紙には、「新人類」という文字があった。

 子どもの頃だから、漢字が多くて読めなかったが、字の形なら鮮明に思い出せる。

 その記憶を辿っていくと……




 子どもができないと思い悩んでいた長門という夫妻がいた。身体的な問題があるのではないかと病院を受診したが、どんな病院に行っても異常はないと言われる。

 そこで私の研究に興味を持って、尋ねてきたらしい。

 人工妊娠という研究だ。

 法的にまだ認められていないし、成功もしていない。クローンの領域に近いからだ。

 母親の遺伝子と父親の遺伝子を組み合わせて生命体を作る。つまり交わりを持たなくても人間を生み出せたなら。それは科学の大いなる一歩になる。

 妊娠して流産を繰り返し、苦しむ女性は世に多くいる。彼女らのためにも、「安全な強い個体」は必要だった。流れない命が必要。

 それに近年は同性愛も認められるようになってきた。

 同性での婚姻が認められている国もある。しかし、その場合どうやって種を残すかが問題となる。

 その解答にもなりうるのが私の研究だ。遺伝子という情報だけを組み合わせて、新たな生命体を誕生させる。花が人工受粉を行うような要領で。

 それが母胎以外で生み出せるなら尚良い。流産もあり得る不安定な母胎の中ではいつ流れるかわからない。

 私の研究を他の研究者たちは「無から有を生み出す無謀な挑戦」という。それで愚弄しているつもりのようだが、やつらは研究というものの本来あるべき姿を忘れているのだろう。

 無から有を生み出すことこそ、我々科学者の真骨頂ではないか。


 しかし、まだ母胎以上の安定性を持った環境を生み出すことができていない私は研究の成果を発揮するにもできない状況であった。そこに飛び込んできた健康体の長門女史。

 私は女史に被験者とならないか、提案した。子ども産める可能性がある、と言えば、彼女はすぐに飛びついた。夫も然りである。

 健全な母胎を手に入れたなら、遺伝子を採取し、組み立て、「子ども」を作るのは簡単だった。

 被験者である長門女史は驚くほどの健康体で、流産することなく、出産を迎えた。私の研究成果が、まさしく産声を上げる時だった。




 子どもは無事に生まれた。

 だが、おおよそ普通の人間とは言いがたい。

 生まれ立ての子どものことを「赤ん坊」と呼ぶのは、子どもの姿が赤々としているからだ。赤は血の巡る証。

 だがその子どもは白かった。

 肌が白い。まるで人間めいていない。瞳は色素が足りないのか、灰色に見える。産毛も動揺だ。

 稀にアルビノという存在が生まれることがあるらしいが、その事例とも違った。色彩が欠けた子ども。

 両親たる長門夫妻はそんな子どもを不気味がった。だが、それでも自分が産んだ子ども、ということで、育てる責務はきちんと負った。

 私としては研究資料になるから、嫌うなら置いていってくれてもかまわなかったが、二人は引き取っていった。


 が、数年後、私は長門夫妻と再び見えることになった。

 二人目の子どもを授かった故に、病弱で不気味な子どもはいらない、と。

 研究資料が戻ってきて、私は狂喜乱舞した。これほど嬉しいことがあるだろうか。

 手元に置けるよう、近くの私の息がかかった孤児院に預けた。

 ひっそり得ていた皮膚などから、新たに命を生成できるか、長門女史の胎内データから作り出した環境の中で培養してみた。


 結果として、クローンが出来上がった。だが、不思議なことに男児として生まれた。素体は女児だというのに。


 とにもかくにも面白い実験結果だった。

 男児の方は女児に勘づかれても面倒なため、引き離すことにした。ちょうど子どもが欲しいという女性を見つけたため、里親になってもらうことにした。

 男児には私が名前をつけたが。






 その男児の引き取り人になった女性の写真があったのを思い出す。

 黒い艶やかな髪に美白な女性。その面差しは──




 ナガラの母親そのものだった。

 私は私を抱きしめるナガラを見上げ、目を細め、にゃあ、と鳴いた。

 語りかけるように。

「ミライ姉、どうしたの?」

 そこへナガラの母が入ってくる。

「そういえば永良は何故その猫をミライ姉と呼ぶの? 確か拾ってきたときは『みーちゃん』って名前だったじゃない」

「ふふ、秘密」

 母をそう誤魔化したナガラは、私にこう囁いた。




「ねぇ、もう気づいたんでしょ? ミライ姉」




 その手にカッターナイフが忍ばされるのを、私は見た。

 そういえば、あの医者、もとい科学者は、通り魔事件が始まる前に殺されたのだっけ。






 何故、そんなことを思い出した?



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