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長門未来の六道輪廻  作者: 九JACK
第一の道 地獄道
29/71

釜茹で地獄

「きゃああああああああっ」

 穴を落ちていく私の声は嫌になるほど響いたが、ほどなくして止む。代わりにばしゃんという音がした。

 私が落ちたのは、水の中だ。といっても足は地面らしき固いところにつく。足首くらいの高さまで水が張ってあるようだった。少しお尻が痛い。

 スーに憎まれているのは知っていたが、まさか文字通り蹴落とされるとは思ってもみなかった。ところでここはどこだ。

 そう思っていると、唐突に滝のような水が上からざぶんと落ちてきた。何だろう。頭の中でテレビに出ている芸人なんかがやられるようなどっきり感が拭えない。どっきりを仕掛けられるような有名人ではない。それにここは六道輪廻。どっきりはあり得ないだろう。

 濡れ鼠の状態で上を見上げる。水はまだだあだあと落ちてくる。一体何なのだ、と思っているうちに水位は上がり、いつのまにか私の体は浮き上がっていた。溺れる、と少し思ったが、別にいいか、とも思った。泳いだことは一応ある。

 それに体は水が増していくに従って自然と体が浮き上がっていく。これで戻れるのかな。

 しかし、先程落ちた高さには到底届かないところで水は止まった。

 本当に何なのだ。そう思いながら、とりあえず縁まで泳いでみることにする。水でずぶ濡れで服が重いが、まあ、そう支障はない。

 だが、縁に触れたところではっとする。

「熱いっ……」

 火傷はしないが、熱くなってくる。ここは地獄、これってもしかして。

「釜茹で地獄?」

 これ釜だったの!?

 スーは私を釜に落っことして、今頃火でもくべているのだろうか。だとしたらシュールだ。だが、よく考えると、地獄には獄卒がいるのではなかったか。鬼が火をくべているのか。それもそれでシュールだな。

 それにしても釜でかいな、とのんびり考えるくらいしか私にできることはない。

 水が冷たいのは今のうちだろう。ゆっくりプール気分でも味わうことにするか。

 泳ぎながら思う。釜がこんなに大きな必要はあっただろうか。きっと、水全体が温まるには結構な時間がいると思うのだが……

 すると、ぼたぼたと人が落ちていく。勢いよく落とされたらしい彼らは、ぼちゃん、と水の中に埋もれていった。その人数は凄まじく、私も時折避けないと巻き込まれて沈みそうだ。

 器用に避けながらだんだんと水位が上がっていくのを感じた。……出られる。縁に向かって泳いでいく。出口が見えそうだ。

 だが。

「なっ……一気に温度が上がった!?」

 体感温度が上がった気がする。しかも、お風呂にしては熱いくらいに。縁に近づいているというのもあるだろうが、もしかして人が増えたことによることもあるのだろうか。……あまり考えたくない。

 ただ、私の現実逃避とは裏腹に周りに広がる光景は私の残酷で浅ましい一面を鮮明に映し出していた。

 まるで蜘蛛の糸のようだと思う。地獄に落とされる他人を見捨て、自分だけ這い上がろうだなんて。そんな自己嫌悪も含めて地獄なのだろうか、ここは。

 だが、今更やめる気にもならず、抵抗なく落ち、沈んでいく人の体を踏み台に私は縁へと向かう。熱くて仕方ないが、こればっかりは目を瞑るしかない。

 やがて私は縁に辿り着く。どのくらい時間をかけたかはわからないが、熱さにはだいぶ慣れた。だから、縁に手をかけて、じゅう、と鳴っても私は別段、何を思うこともなかった。

 ただ、現実というのは残酷で、地獄というのは思った以上に残虐だった。縁に触れた手が焼けたくらいで驚いていたら身が保たない。

 這い上がると、ふやけた皮膚が破けて血塗れになる上に、瞬時に焼かれて皮膚が縁に張りつき、身動きが取れなくなる。無理に動かせば、ふやけていたくせに、皮膚はべりべりと硬質な音を立てて剥がれる。痛みはもう慢性化して、もう何がなんだかわからなくなっていた。

 ただ、その先にあった光景に、私は息を飲まざるを得なかった。



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