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長門未来の六道輪廻  作者: 九JACK
第一の道 地獄道
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シェンとスー




 第二章、開幕──





 第一の道 地獄道


 お前にはそれがお似合いだ、と誰かが笑った。


 長門未来の六道輪廻 第二章


「お前は許されないことをした」

 黒髪に太い眉、立派な黒髭をたくわえた壮年の男性。ただ、人と称するには図体がでかいかもしれない。

 野暮ったくも見える髭に埋もれた顔だが、それでも険しい顔つきをしているにちがいないことは雰囲気でわかる。剣呑では生温い。もしかしたら殺意すら抱いているのではなかろうか。

 そんなやつに私がついていくのは、生前あまり信じることのなかった運命(さだめ)というやつだ。

 何を隠そうこの男こそ、彼の有名な閻魔様らしいのだ。

 六道輪廻の神というシェンにはスーと呼ばれていた。閻魔の名が示す通り、地獄道を管理する者らしい。

 そんな人物が私に怒りを叩きつけていた。それは私の行いが生前から悪かったこともあるが、それ以上に、ついさっき起こった出来事に起因するだろう。

 私は六道輪廻の最高神たるシェンを殺したのだ。単に殺したというにはややこしくはあるが、私が殺意を持ってやったことがシェンに命を落とさせたことは確か。

 宗教じみた考えは持たない私が、面白いことに神を殺し、その罰を受けようとしている。

「お前は悔いていないだろう?」

 スーが私に罪の意識を問う。……そんなもの、生前でどこかに置いてきた。

 スーは答えない私を見つめて言った。

「地獄とは悪人を戒める場所だ。しかしそれは永遠(とこしえ)にではない。罪を悔い、懺悔に至れば、その者は地獄から解き放たれる。物事に永遠がないように地獄にも永遠はない。だが、悔いることがなければ、地獄は悔いるその日まで、永遠に近い罰を与えることだろう。心しておくがいい」

 望むところだ。

 だが、私に罰を与えるというスーの面差しには地獄道を管理する者としての役割以上の執念が感じられた。

 まるで、大切な人を亡くして憎悪しているかのように。

「貴方が私を憎むのは何故?」

「シェンを殺したからだ」

「ふぅん」

 興味はない。興味はないが地獄へ行くまでには時間がかかるのだという。そして移動手段は何故か徒歩しかないのだとか。その間、暇になるのは確かだ。

 暇潰しに閻魔と会話。普通できるもんじゃない。

 好奇心の赴くままに、私は言葉を次いだ。

「私にはわからない。神様なんていないはずなのに。貴方はまるでシェンが神様であったかのように語るわね。そもそも六道輪廻って何なの? 私が必要ともシェンは言っていたわね。どういう意味?」

 わからないことだらけなのだ。この非現実は。夢にしては生々しい。それで、まるで私が主人公のように廻っていく。こんな世界はどうかしている。説明できるものならしてほしい。

「我はシェンが神だから怒ったのではない。シェンは我の姉だから怒ったのだ」

「……はい?」

 今、姉と言ったか。

 シェンの顔を思い浮かべる。とても簡単なことだった。何せシェンは私のドッペルゲンガーみたいなもので、私が嫌う私の顔をしていた。

 白い髪に白い肌。唯一色と言えそうな目も灰色で、まるで人間めいていない。いつも憂いを帯びた慈母と称するに相応しい佇まいがシェンの容姿だった。

 現在隣を歩いているこいつは。

 太い黒眉、野暮ったいほど乱雑で長い黒髪、立派に蓄えられた黒髭。厳つい顔つき。

 どうしよう、理解が追いつかない。自分を別に可愛いとか綺麗だとか思ったことはないが、厳つくはないはずだ。うん。

 何度目だろうか、スーを見る。すると機嫌の悪そうな目とばっちり出会し、射すくめられた。

「何か文句でもあるのか」

「ありません。続きをどうぞ」

 全く似ていない兄弟もあったものだ。

「我は姉を慕っていた。姉は知っての通りお人好しだ。それが心配でもあったが、好ましくもあった。我は姉を尊敬していたのだ。これでもな」

 尊敬していた割には随分な物言いだった気がするが。

「姉がいるからこそ、輪廻の巡りを留めずにいた。地獄に永劫を存在させなんだ。だが、お前は許すわけにはいかない。いかなる都合があろうとな」

「だからその都合って何?」

 ぎろりと睨まれる。いちいち眼光が鋭い。

「お前、おかしいとは思わなかったか? 己が死んだ記憶を持ち、六道輪廻にやってきたことを」

「え? リウも覚えていたし、普通のことなんじゃ……」

 けれど、言われて気づいた。人間道にいた頃……つまりは生前、世で語られていた六道輪廻の在り方というのは、死によって魂が記憶諸とも清められ……といった感じだった気がする。

「おかしいことなの?」

「天界道に行った者としてはおかしいな。地獄道に来るならともかく」

 なんとなく、言いたいことがわかった。

 通常、地獄とは生前に犯した罪の分の罰を受ける場所だ。罪を悔いさせるためには、罪の記憶がなくてはならない。故に地獄行きの者は生前の記憶を持つ。一方、天界道に行く者はそれこそ魂を清められ……という者だ。聞けばリウも、一度全て忘れさせ、リウが記憶を取り戻して今があるらしい。本人に自覚はないようだが。

「姉は記憶に干渉できない。罪無き命には記憶が焦げ付かないが、罪ある命には記憶が焼き付く。それがリウとやらに記憶を戻させたのだろう。本当は忘れさせたかったようだが」

 なるほど、リウの語ったシェンそのままだ。スーの言う通り、お人好しでもある。

「だが、お前は違う。一度も浄化されなかった」

「それは元々地獄に行くべき命だったからじゃなくて?」

「それならリウとやらも同じになるだろう」

 シェンが拾わなければ、リウも地獄行きだったということか。世の理を曲げすぎだろう、神様。

「そういうことではない。お前を地獄道から逃がしてやる気は毛頭ないが、例えばだ。お前が別の道──畜生道に行き、獣に転生したとする。そのときには通常ならば前世──人間だった頃の記憶など持たず、獣の本能のままに生きることになるのだ。だが、お前は違う。人間だった頃の記憶を持ったまま、廻る」

 つまり記憶はこのまま積み重ねられていくというわけだ。

 動物になっても血の一年の記憶を持っているとか……あまり考えたくないな。

 普通はそんなことないらしいけれど。

「お前は特殊な個体なのだ。シェンが言ったように、次期の神にすらなれる。六道輪廻の常識から外れた存在。故に六道輪廻の中で在るために六道輪廻を廻る定めにある存在」

 ……ああ、だからナガラは、「廻らなくちゃいけない」みたいなことを言っていたのか。

「だが、それをわざわざ廻らせてやる義理は我にはない。お前を地獄道に留めておくのも、『六道輪廻の中で在る』ことになるのだから」

「へぇ。つまり私を地獄に閉じ込めると」

 ふん、と鼻で笑われた。わざわざ口にするのも面倒くさい、ということだろうか。

「さあ、着いたぞ」

 ややこしい話をしているうちに着いたらしい。見ると目の前には、穴。

「……ええと?」

 こんなわかりやすい落とし穴ってある?

 戸惑う私にスーが苛立つ。

「さっさと入れ」

「きゃあっ」

 蹴飛ばされ、その穴に落ちた。



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