たくさん、たくさん
痛い……
頭の中に直接流れ込んできたリウの声。痛いという割には、眼差しは静かなままだ。一瞬、私の肩を抱く手が爪を立てた程度で、私も痛かったが、それは気にならなかった。
美味しい。
それを得るために今度は私がリウをきつく引き寄せていた。じわじわと満たしてくれる。ああ、やっぱり健康そうな人の血は美味しい。
とてもとても、苦くて甘い。
「きみの糧になるのなら、それもいいのかな」
脳に染み込んでくるリウの声。
血の味に溶けかけた私の頭に妙にこびりついた。
「痛い、けれど、かまわない。
それで、生きていてくれるのなら。生きようと思ってくれるのなら。
きみが、傷つかないのなら」
最後の一言に、鈍っていた全ての感覚が戻ってくる。
口の中に広がっていた鉄錆の臭いがつんと抜ける。その臭いを知覚した瞬間に甘く感じていた味が苦さばかりに覆われていく。
触れ合うリウの肌が服越しであるにもかかわらず、やたら熱く感じられた。そしたら、気持ち悪くなって、顔を離し、背ける。
同時に突き放そうとしたが、それはまたリウの腕に固く引き寄せられて止められた。切り裂かれた服の向こうの傷口はまだ赤く湿っていて、私のシャツにも色を移していた。
放してくれないリウを戸惑いの眼差しで見上げると、口端からすっと一筋赤いものが流れていた。
……罪の色だ。
私の中から血の一年の記憶が噴き出してくる。
警官を殺しました。
私を信じてくれなくて、殺そうとしたからです。
近所のおばさんを殺しました。
私だって長門家の人間なのに、赤の他人であるかのように扱ったからです。
どこかの国の大統領を殺しました。
愚かにも差別精神を持っていたからです。
妊婦を殺しました。
とても幸せそうに我が子の誕生を待ち望んでいて、その様子が腹立たしかったからです。
赤ん坊を殺しました。
愛してくれる親ももういないのに、生きているのも可哀想だったからです。
たくさんの人を殺しました。
みんな殺し合いで解決しようとするから、全員いなくなれば手っ取り早くていいからです。
たくさんの人を殺しました。
誰も彼もが私を恐れて逃げ惑う、そんな姿を見るのが鬱陶しかったからです。
たくさんの人を殺しました。
とても幸せそうに暮らしていたからです。
権力に溺れて悦に浸っているやつには吐き気がしました。
世辞やおべっかを言うばかりの口先人間には反吐が出ました。
慎ましやかにひっそりと幸せを育む人々には恨めしさを感じました。
だから、みんな殺しました。
切り裂きました。
血を飲みました。
滅茶苦茶に裂いて、
ぐちゃぐちゃに潰して、
元より短命と言われた私の命を擦り付けるように、
みんなみんな、絶望の色に染め上げました。
どうですか? 血の一年と呼ばれた私の殺戮劇は。
壊れた回路がぐるぐる巡って、私の頭はショートした。
痛んで霞んで壊れていくのを自覚しながら、私が見たのは琥珀色の瞳。
とても悲しげに私を見つめていた。
「ミライ、今は眠ってください」
温かい手が目を覆って、その心地よさに私の意識は落ちていった。




