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白の自販機

作者: 蒼井 柊

初投稿です。

下手な文章ですが、楽しんでいただけたらうれしいです!

「自販機」


秋が終わりこれから冬に突入する、微妙な季節。一般的な高校生は、平日の朝は皆あわただしく過ごしているものだが、前川高校一帯の地域はまるで深夜のような静けさがあった。聞こえるのは時折カラスが漏らす鳴き声くらい。そこに革靴が地面をはじく音が一つ近づいてきた。この高校の生徒である前川未来は冷たい空気を頬に感じながら校門をくぐった。

すると突然未来の前に二百人近い生徒らが現れ、一斉に「おはようございます!」と頭を下げた。唐突な大声に驚いたカラスはビクついたような情けない声を出し、去っていく。これが前川高校の日常の光景だ。未来は生徒達に「おはよう」と返した。

挨拶をした生徒の塊の中から小柄な男子が未来の前に出てきた。

「未来さん、鞄お持ちします」

「いいよ、菊月。みんなも毎朝こんなことしてくれなくてもいいのにさ」

「お気になさらないで下さい。皆未来さんへの感謝を込めて自らの意志で行動しているのです」

菊月の言葉に後ろの生徒達も大きくうなずく。

「そうか~、じゃあお願いするわ。ありがとな」

未来は菊月に自分の鞄を渡し、「みんなもありがと」と爽やかな笑顔を作り言った。その声に皆は歓喜の表情を見せ、ガッツポーズをしたり友達同士で「やった」と抱き合ったりした。中には「未来さんと目があった」と泣き出す者までいた。

「ところで未来さん、また全国模試一番だったんですよね?陸上の方でも推薦貰ってるのにすごいですね」

「あはは、情報が早いね。まぁあんなの大した事じゃないよ」

菊月の質問に未来は謙遜しつつ、さらりと肯定した。

「そんなことないですよ。文武両道な上に優しいとか、未来さんマジ最高です」

菊月は目を輝かし未来を見つめる。他の生徒達も同じ目をして未来を見つめていた。

「何だよ、恥ずかしいっての」

未来は自分に集まった視線に照れた表情を見せた。

「まるで神様みたいだ」

生徒の一人がつぶやいた。



ピコン、ピピッ、ガッシャーン。

 三ヶ月前まで、未来は平日にも関わらず薄暗い部屋の中でひたすらゲームに向き合う少年だった。一度ハマると熱中するタイプで一つのゲームにハマればそれだけをやり続け、クリアしたら次、またクリアしたら次と繰り返していた。そのおかげで未来の部屋はゲームカセットとその攻略本で埋め尽くされていた。

 両親は朝出勤し、昼間はいつも未来一人で過ごしていた。未来は高校一年生であるが、学校には行っていない。理由を端的に言うと、同級生からの嫌がらせが原因だ。いわゆるイジメという。それはからかい半分の言動から始まり、だんだん暴力へと発展していった。最終的に金を要求されだしてから未来は登校するのをやめた。

今では母が昼食を作っていないときに買いに行くくらいしか外に出ることはなくなった。

今日はその外に出なければいけない日だった。ラスボスまで倒し、ひとしきりついたところで未来はコンビニへと出かけた。時刻は既に三時を回っており、昼食というよりおやつの時間だった。蝉の五月蝿い鳴き声とアスファルトに跳ね返った日差しがより暑さを倍増させる。

 塩味のカップラーメンとデザートのチョコアイスクリームを購入し、未来がコンビニから出ると、店の駐車場に柄の悪そうな高校生達が数人座り込んで話をしていた。普段なら気配をなるべく消して通り過ぎて行くところだが、この時の未来はそれを忘れ一瞬立ち止まってしまった。彼らの制服は前川高校のものであり、未来は彼らの顔に見覚えがあった。驚いたように目を見開き固まっている未来の視線に気がついたのか、彼らの一人が立ち上がった。その顔にはニタリとした笑みが見える。

「よう細川、久しぶりだな」

「あ、青木君。ど、どうしたのこんなところで」

「いや、こいつらと今からゲーセン行こうって話してたんだけど、俺今持ち合わせなくてよ。細川お前ちょっと金貸してくんね?」

青木剛は未来の肩を抱いて言った。青木の背後に座っていた仲間達も立ち上がり、ニヤニヤと未来を見つめる。未来の背中が暑さと関係なく汗ばみ始めた。未来は青木から顔を背け、振り絞るように震える声を発した。

「僕、持ってない」

「はぁ?じゃあお前の持ってるこれは何なんだよ!」

青木が苛立ちをあらわにし、未来の持つ袋をひったくり地面へ投げつけた。そして一瞬の隙もおかぬまま袋を踏みつけた。衝撃と暑さに耐えられなかったアイスクリームが袋からドロドロと溶け出ている。未来はその光景を見て微動だに出来なかった。

「とっとと出せって言ってんだろ!」

青木が未来の肩を押した瞬間、未来は意識を取り戻し、近くの青色ランプが点滅する横断歩道へと駆けだした。

「おいこら、待て!」

未来の突然の行動に一瞬動揺した色を見せたが、すぐに青木達は声を荒げ、未来を追いかけてきた。未来は後ろを振り返らずに道路を横切った。未来が渡りきった途端、横断歩道の古めかしいメロディーは止まり信号が赤になった。青木達は反対車線で悔しそうに地団駄を踏み、未来を睨み付けていた。

未来は再び走り出し、青木達がついて来られないくらい入り組んだ路地裏へと入った。暗い通路に座り込み、呼吸を落ち着かせる。久しぶりに走ったためか、未来は肩で息をしていた。痛む脇腹を押さえながら、未来は地面に視線を落とした。

何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ・・・。青木は未来のクラスメートで、腕っ節が強く番長的存在として恐れられていた。そんな青木に未来は入学早々目を付けられた。青木は未来が登校拒否になった原因であった。

「くそっ、あんな奴いなくなればいいのに」

未来は憎しみと怒りを込めて吐き出した。しかしいじめられていた時と同じく未来は後になって抵抗することしかできず、それを実感してしまったことが無性に悔しかった。自分は結局強い者の前では無力なのだと自ら思い知らされている感じがした。

何だよ、何やってんだよ僕は。ふざけんなよ。

無性に泣きたくなったが、それを受け入れてしまうと、もう後戻りできない気がする。

嫌だよ、それはあいつにやられっぱなしなんて。

考えすぎて頭が朦朧としてくる。

あぁ、もううざったい・・・。

未来は答えの出ない沼の中からずっと抜け出せないでいた。


 呼吸が落ち着いてきてふと顔を上げると、約一メートル先の地面に黒い王冠の様なものが落ちていた。未来は腰を浮かし、それを拾い上げた。

「これってお金?」

それは真っ黒で平べったく、百円玉硬貨くらいの大きさだった。汚れているのかと思い、手で軽く擦ってみるが、変化はない。

「使えんのかな?」

周りを見回すと少し奥の方に自販機が置いてあった。走って喉がカラカラだったので、未来は自販機に駆け寄りその硬貨を入れてみた。

 チャリンと乾いた音がしたその瞬間、自販機から黒い雲の様なものが吹き出し、未来もろともそれに包まれた。どこからか風も吹いてきて、まるで異空間に飛ばされるかのように地面がふわふわする。

「うわっ」

未来は思わずうめき声を漏らした。数秒後足が地面に着いた感じがしたので、未来がゆっくりと目を開けると、目の前にあった自販機の色が変わっていた。全身真っ白だ。対称に辺りは真っ暗になっていた。さっきまで太陽が照っていたのに、今は夜かのように何も見えない。一つだけ分かることは、ここは元いた場所ではないということ。

「なんで・・・」

「いらっしゃいっ。ようこそ白の自販機へ」

未来の声に被さるように上から子供のような少し高い声が降ってきた。未来が声の方へ視線をやると、そこには小学生くらいの男の子が自販機の上に座り、未来にニコニコほほえんでいた。白い布に包まれているようなドレスに、背中には明らかに服の内側から生えている大きな羽。その姿はまるで・・・。

「天使・・・」

「そう!僕は神様の使い、リズ。僕は君たちの世界で言う天使だ」

そう言って自称天使は嬉しそうに笑った。にわかには信じられないが、この空間と大きな羽を見ると、納得しそうになる。未来はおそるおそる天使とやらに尋ねた。

「ここ、どこ?」

「ここは人間界と天空の狭間。世界と世界をつなぐ僕だけの通路みたいなもの。だからここに来られるのは僕と君みたいにコインを手に入れた人間だけ」

「コインってさっき入れたあれのこと?」

「そうだよ」

未来は自販機を見つめた。それはブーッと電子音を立てて、飾られた見本のドリンクを進めてくる。ただ普通の自販機と違うところは未来の知っているメーカーのドリンクが一つもないということだった。普段外出しない未来でもある程度商品の名前は知っている。だが、この自販機には全面赤や黒のラベルに“信頼”“知性”などドリンクに似つかわしくない言葉ばかりが並んでいた。

「これってどこのやつ?」

未来は並べられたドリンク達を指さして言った。

「どこのって、僕のだよ。リズのお手製スペシャルドリンク、これを飲むとラベルに書かれた能力が手に入っちゃうっ!どう、素晴らしくない?」

リズは二カッとした笑みを未来に向けたが、未来は怪訝そうな顔を返した。

「いやいや、そんなのありえないって」

「うそじゃないよ。ていうか僕がいる時点で君らにとっては“ありえない”だろ?これは世界の均衡を保つために神様の命を受けて僕が設置した。この世界の弱者を救う為にね」

「は、弱者って何だよ」

「社会の中で権力が低いと言われる者。例えばそう、イジメられっ子とか?」

未来はリズの言葉にビクッと反応した。リズはそんな未来をフフッと笑う。

「まぁ、そう言う人達は手っ取り早く悪魔に食わせて始末しちゃうほうが早いんだけどね。神様はそれを認めてくれないらしい。ところでコインを持ってるって事は君も社会で言う弱者の一人なんだろ。どうだい一つ試してみたら?」

能力が手に入るなんてあるはずがない。でも、もしホントだったら・・・。未来は自販機に手を伸ばした。右端の“魅力”と書かれたドリンクのボタンに手を触れる。すると、ガコンッと大きな音がして“魅力”が下に落ちてきた。緑色の缶に入ったそれは見かけよりも少し重たく感じた。プルタブを開けて中身を覗いてみると、黒い炭酸が入っていてコーラの様だった。しかし、匂いは甘ったるく、アルコールみたいであった。

ニコリとほほえむ天使を後目に、未来はゆっくりとその液体を口に流し込んだ。


液体が未来の体内へ流れ込むと同時に、古い映像が脳内に映し出された。

校舎裏で青木に突き飛ばされ、地面に倒れこむ未来。顔や腕には泥と血が入り混じってついている。青木やその仲間の鈴木や佐藤が未来をにやにやしながら見下ろしている。

汚い虫を見るような眼で僕を見ている。

気持ち悪い。そんな目で見るな。怖い。僕を否定しないでくれ。誰か助けて。やめてくれ・・・。

感情は決壊したダムのようにあふれ出して止まらない。頭が熱くて痛い。消したはずの記憶が僕を追いかけてくる。逃げられない。

「よう細川、久しぶりだな」

あいつの気味悪い笑み、コンビニ。



「はっ」

真新しい記憶を前に未来は飛び起きた。暗い路地裏にひとり眠っていた。自販機に目を向けると、そこには普段と変わらない某飲料メーカーのロゴが入った赤い機械が立っていた。

「夢・・・か」

あたりはもう日は落ち、大通りのほうの人通りも少なくなっていた。つき始めた街頭も路地裏には注がれず、そこだけがひっそりしている。

「アホらし、帰ろ」

未来はズボンを払いながら立ち上がった。その時靴で何かを蹴った。拾い上げてみると、それは緑色の缶だった。内容名は“魅力”との表示もあった。

「これって・・・」

「あれ、もしかして未来君?」

名を呼ばれ未来は大通りのほうへ顔を向けた。声の主は以前同じクラスだった女の子だ。三か月しか学校には行っていないので、未来は女子の名前まで覚えていなかった。だから彼女のほうがクラスでは地味で静かな部類に入る未来を憶えていたのは意外だった。・・・、まあクラスで登校拒否の奴がいたら自然と頭に残るか。

「どうしたの、こんなところで。服汚れてるよ、大丈夫?」

「あぁ、うん、大丈夫」

彼女が前かがみになってじっと見てくるので、未来は缶を持つ右手を後ろに回した。彼女があまりにも長く見つめてくるので、未来は不審がられているのかと思い、目をそらした。

「あたし今塾の帰りなんだ」

「へぇ、そうなんだ」

彼女がやっと目をそらしたすきに、未来は一歩下がって缶が見つからないようにした。

「私未来君が心配なんだよ。学校全然来ないし、前よりやせたんじゃない?体平気?」

「え、うん」

そういうと彼女は未来の頬をそっとさすった。さっきとは違う悲しげな眼で未来を見つめている。いや、そんなはずない。彼女とはせいぜい二、三回挨拶を交わした程度だ。心配も何もないだろう。・・・もしかして。自分の思考が核心に近づくにつれて、未来の右手には力が入っていった。



「どう?この地域の今月の犯罪発生率は?」

未来は教室にいながら、まるで会社経営者のように次から次へと書類に目を通していた。

「約三〇%減少しています。やっぱり防犯カメラの設置が利きましたね、未来さん」

「そうだね。これで町が少しでも住みやすくなれば嬉しいな」

未来と菊月が話していると、教室のドアが開き、一人の生徒が入ってきた。

「未来さん!テレビ局の方が到着しました」

「わかった。すぐ行く」


「前川高校の生徒会長の細川君です。細川君は校内だけじゃなくて地域のボランティアにも参加してるんだよね?」

進行役のアナウンサーが未来にマイクを向けた。カメラもそれに追随する。未来の後ろには大勢の生徒達が構えている。“前川高校の誇り”という看板を手にしている生徒もいる。

「はい。ゴミ拾いや老人ホームのお手伝いなどをよくしています」

「へぇ~、すごいねぇ」

「いえ、そんな。みんなの協力があるからですよ。僕いつもみんなにとても感謝してるんです。みんな、ありがとう」

未来の言葉に観衆達は興奮した声を上げた。カメラの中で未来は照れ笑いを浮かべていた。



放課後も未来は朝と同じく大勢の生徒に見送られ下校した。帰り道、未来がふと路地裏を見ると一人の青年が柄の悪そうな連中に取り囲まれていた。青年の顔は傷だらけで、腕には数カ所痣があった。青年はリーダー格の男に襟を掴まれ、今にも気を失いそうであった。ここは防犯カメラが映らない位置のようだ。未来は青年の元へ駆け寄った。

「やめなよ、嫌がってるだろ」

「あ?なんだ、お前?ひっこんでろ!」

男が未来に殴りかかった。しかし、未来はそれをスルリとよけた。

「正当防衛だからね」

未来はそうつぶやくと、男に向けて拳を放った。そして見事に命中。がたいの良いその男を一撃で倒してしまった。そんな未来に恐れを成したのか仲間達はその男を連れ、一目散に逃げてしまった。最近未来が購入した“強さ”のドリンクの効果はてきめんだった。

「あの」

逃げる男達を見つめる未来の背後から青年のか細い声が聞こえた。

「君、大丈夫?」

「うん。あ、ありがと」

「気にしないで。弱い人を助ける、当たり前だろ?」

優しそうな笑顔で語りかけると、青年はそんな未来に安心した様な表情を見せた。よし、大丈夫そうだ。

「ところでさぁ、君黒いコイン持ってない?」

未来は少年に手を差し伸べた。



暗い路地裏でまた天使の自販機が開かれた。ここはいつ来ても薄気味悪い。

「いらっしゃい。って、また君か」

現れた未来にリズは面倒くさそうな顔をする。

「何だよ、その顔。お客様に向かって」

「来すぎなんだよ、ほんと。これは神様が弱者の為に設置したものなんだよ?君はもう充分力を手に入れたじゃないか」

「いいじゃないか、別に。みんなに力分散するより、一人を完璧にしてそいつが良い世界を作るんだったら。その方がめんどくさくなくていいだろ?」

「完璧にって、君は神様にでもなったつもり?」

「神ねぇ、今日も誰かが言ってたよ。やっぱりみんな世界を変えてくれるリーダーにあこがれるらしい。僕もわかるよ、その気持ち。今までがそうだったから。だからこそ今は、みんなが救われる世界、幸せに暮らせる世の中にしたいんだ」

熱のこもった声が響く。その目は初めて来たときとは違い、自信に満ち溢れていた。

天使は笑った、子供みたいなかわいい声で。まるで新しいおもちゃをもらったかのように。しかし、それはサーカスで踊るピエロを嘲笑っているようにも聞こえた。

その声が未来を嫌にいらだたせる。

「それは君じゃなくてドリンクの力でしょ」

「誰の力だっていいだろ、別に。だって僕は自販機を社会のために使ってるんだよ?他の奴だったら私利私欲のためにしか使わないさ」

「ふ~ん、そうなの。それで、今日は何にするの?」

リズはいかにも興味を失くしたように、背中の羽をいじりながら言った。

「なんだよ、その態度」

「なんだよって、早く注文決めてほしいだけだよ。ここで長話されると、店が閉めれないじゃない。僕もう帰りたいんだけど~」

リズは頬を膨らまして、未来にうらめしそうな視線を向けた。

未来は舌打ちを吐き捨て、乱暴に言った。

「じゃあ、この“知性”ってのちょうだい」

「は~い、まいどあり~」

出てきた缶を片手に未来はリズをにらんだ。ずいぶんむかつく天使がいたものだ、そう思いながら未来はジュースをかきこんだ。



「さようなら、未来さん」

「あぁそれじゃ」

放課後、未来はいつもより少し早めの時間に帰ることができた。この前取材を受けた番組が放送されてから、前川高校の知名度はさらに上がり未来の信者はさらに増えた。地域の治安もよりよくなり、今日は防犯カメラのチェックだけで済んだ。

「でも、まだ周辺の環境問題がまだ残ってるな。工場の排気ガス制限を市に申請しないと」

高校生らしからぬ独り言をこぼしながら、未来は空を見上げた。少しの雲とそれをすかして見せる夕焼けが写っていた。最後まで余韻が残るゲームのエンディングの背景はこんな感じだろうか。

「あーいいな」

未来は再び歩き始めた。



こんなはずじゃ・・・。人であふれる帰宅時の交差点を一人の青年が横切っていた。人をよけながら、路地裏へ入る。

「いねぇ」

そこには人の姿はなく、のら猫が数匹たわむれているだけだった。青木は焦っていた。

つい先日まで共につるんでいた悪友たちが突然自分の前から姿を消したのだ。いつもなら昼頃からこの辺りに集まっているはずなのだが、ここ最近は一度も見かけない。奴らはパタリといなくなってしまった。理由は大概検討がついているが、認めるのは自分のプライドが許さない。

「クソがっ」

「あれ、青木君じゃない?」

後ろから見慣れた人物の影が伸びていた。その声はハッキリと耳に入り、おびえた様子はみじんもなく、つまらない声をしていた。

「久しぶりだなぁ、元気にしてた?」

やつの笑顔を生で見たのは初めてだった。驚くほど、気持ち悪い。青木は目線をそらし、口を閉ざした。その反応を奴は予想していたようで、困ったように笑いだす。

「あれ、僕のこと忘れちゃったか。そっか、そっか。あ、先生たちが心配してたよ、青木君のこと!今頃どうしてるのかって」

「隠しきれてねぇよ、その変な顔。ニヤニヤして、きもちわり」

いらだちを込めて奴の言葉をさえぎると、奴は一瞬ひるんだように動きを止めた。

「ひどいなぁ」

そしてまたへらへらと笑い出した。

「せっかくこっちが下手に出てんのにそんな言い方ってある?」

「よく言うぜ、今まで俺にへこへこしてたくせによう」

「何?過去の自分に浸ってんの?だっさいねぇ、負け惜しみってやつだ」

青木は自分の頭に血が上っていくのを感じた。むかつく、こいつのしゃべり方、言動、全部に腹が立つ。青木は未来の襟元をつかみ、殴りかかった。未来はあっさり殴られ、倒れた。

自分でも驚くくらい息が上がっている。こいつなんてただの楽しいゲームみたいなもんだったのに、いらだちが収まらない。こんな奴相手に冷静さを失っている自分がいた。

「どう?すっきりした?」

未来が立ち上がりながら、殴られた頬を気にもせずに言った。その目はひどく黒ずんでいて、青木は後ずさった。奴から狂気に包まれたオーラを感じた。

「なぁ殴るのって楽しい?わかんないよ、僕には。痛いだけだし、なんだか自分が情けなくなるし。君から殴られるたび僕はいらない存在なんだって思って、なんかもう耐えられなくなっちゃうし。それをごまかせばごまかすほど、自分が何をしたいのかわからなくなってくしさぁ。もう気持ち悪いんだよ」

未来は青木をにらんだ。大きな声ではないが、それは叫びに近い話し方だった。時々苦しそうに頭を押さえ、荒い息をついた。黒い目はずっと青木を見つめて離さないが、目元は少しにじんでいった。青木の額を汗が伝った。

底知れない憎悪を向けられ、目をそらすことができなかった。

「し、しらねぇよ、そんなのっ」

青木は再び未来に襲いかかった。怯えが丸出しで、力任せに出したようなパンチだった。

未来はそれを顔の直前で受け止め、青木の腕をひねった。いきなり固められて、青木は動くことができず、うめき声をあげた。

 すると、未来がフッと息を漏らし、それを皮切りに突然笑い出した。悪魔のように人を嘲笑う声の様にも、つらさを押し殺した叫びの様にも聞こえた。しかし、後者の叫びは次第に薄れていくようだった。どちらにせよ、青木にもう逃げ場はなかった。

「あ~無様だね。ねぇ、今までやられてたやつにやり返されるってどんな気分?やっぱり憎いとか思っちゃう?コノヤロ~みたいなっ?いいね、それ、自分の状況何にもわかってないやつみたいで笑える」

未来は青木の腕をどんどんつよくしめていった。悲しみなど忘れたような顔で、青木を見て笑った。未来の呼吸はどんどん荒くなっていた。未来が青木を投げ飛ばすように放し、路地の奥へと追い込んだ。

「はい、じゃあここからは正当防衛ということで」

未来は青木に向かって踏み出した。揺らぐことのない復讐心を持って。青木は最後まで抵抗を続けた。未来を突飛ばし逃亡を試みたが、“強さ”のドリンクを飲んだ未来から逃げることは不可能だった。そこからのことはもうほとんど記憶がない。未来の正当防衛といわれる復讐の中でひたすら殴られ続けた。最近喧嘩をしていなかった青木は久しぶりに痛みを味わっていた。薄れていく意識の中で、未来が「こんなの僕が最後」「正しい世の中にしたい」と呪いのように何度もつぶやいていたことだけが頭に鳴り響いていた。あいつの目指す世の中はどんなものだ。興味は全くないが、それができた暁には真っ先につぶしに行ってやろう。人格を失くした奴が作る世界とはどんなものだ?と喧嘩を吹っかけ、奴がまた泣きながら笑う姿をこの目で見てやる。



「リズ」

「お、いらっしゃい」

「ジュースちょうだい。とりあえずこの信頼ってやつ」

未来は自販機を指差しながら、くい気味に頼んだ。未来のジュースへの視線は子供が宝物を見つめるような視線だった。しかし、リズは申し訳なさそうに言った。

「ごめん、今日でもう閉店なんだ」

「はっ!?閉店ってどういうことだよ!」

未来はリズにすがって怒鳴った。これがなければ僕はどうやって生きていけばいいんだ!いきなりのことでひどく動揺し、同時に勝手なリズに対するいらだちがこみ上げてきた。

「なんでだよ、理由を言ってよ」

「だってこれもう必要ないんだもん。君からはもうそこまで良いエネルギーもらえなさそうだし」

「エネルギー?なんのだよ」

「ふふ~ん、人間ごときに教えるようなことでもないんだけど、どうせ最後だから話してあげるよ」

リズは不敵な笑みを浮かべて話し始めた。なんだよ、気味が悪い。

「この自販機は神様が設置したものだと言ったのは覚えてるかい?」

「あぁ。確か世の中の均衡を守るためだって」

「あれ、半分本当で半分嘘なんだ。この自販機は神様の命で作られたことは間違いないが、少し改良させてもらってね、人間を救うためのもんなんかじゃないのさ。これはある人への復讐のために僕が作ったものだ」

「復讐・・・。誰に?」

「僕を天界から地に落とした人へかな。ひどいんだよ、ちょっといらない人間を食べたからって地に落とされてさ。羽だって魔法で隠してなきゃボロボロだよ」

リズが羽をさすると、今まで白く美しかった羽が、漆黒のこうもりのような羽に変化した。羽は汚れ、ところどころ破けている。そして、未来はあることに気が付いた。記憶が正しければ、状況はかなりまずい。初めて会った時にリズが言っていたこと。人間を食べるのは────。

未来はリズに背を向け、走り出した。すると自販機が一瞬にして黒色に変わり、形のわからない黒い影が未来を自販機の前に拘束した。その時自販機に背中がぶつかり、未来は「うっ」と声を漏らした。目の前では全身黒に染まったリズが笑いながら未来を見つめている。

「やっと気づいた?僕が悪魔だって」

リズは未来の前でにんまりと笑った。それは天使とは程遠いものの表情だった。未来は今まで見たことがないリズの真の姿に怯えの色を隠せなかった。

「天使っていうのは面倒くさいルールがあってね、その一つが人間を食べてはいけないというものだったんだけど、君たちみたいな馬鹿な人間を見てたら僕もう耐えられなくってさっ、気づいたら二、三人殺しちゃってた。それで神様が大激怒してさ、僕悪魔にされちゃったって訳。ねぇ僕かわいそうでしょ?ただ必要のない人間食べただけで追い出されてさ」

リズは頬に両手をあて、ふてくされた子供のようなポーズをとった。前の発言がなければ、神話の絵にあるような美しい光景だった。逆にそれが未来の恐怖をかきたてる。

「だから神様に復讐しようと思って。君たちの力を利用させてもらったよ。君らが他社に対して抱く欲望、嫉妬、恨みなんかを自販機を使う客から集めて僕のエネルギーへと変える。エネルギーが集まれば集まるほど僕は強くなれるという仕組み。でも、どう?君もちょっとは楽しめただろ?」

「そんな僕はただ・・・」

「よりよい世界にしようとって?何言ってんの、君も私利私欲のために使ったじゃないか」

リズの発言に未来は凍り付いたように顔を上げた。どういう意味だという問いかけは自然としまい込んでしまっていた。それを見て悪魔がまた笑う。

「知らないとでも思った?さっき路地裏で君と青木君の間であったこと。あのジュースの製造者も僕なんだから、君の過去ぐらい簡単にのぞけるにきまってるじゃないか」

ジュースを飲んだ時に流れるあの記憶。全部リズは知っていて・・・。自分は掌で遊ばれていたのだという事実が再び未来を貶める。

「ま、あそこまでやると思ってなかったけどね~。まさか、殺しちゃうなんてっ」

リズは楽しそうにつぶやいた。いちいち小声にするあたりが、未来を余計にいらだたせる。

「僕は悪くないっ!あいつがいきなり殴ってくるからっ」

「え~、本当は狙ってたんじゃないの?彼をわざと怒らせようとしてたでしょ、君」

リズの言葉に未来は息を詰まらせた。リズはそれを鼻で笑って言った。

「図星か」

頬が紅潮して、頭に血が上ってくる。

「違うって言ってるだろ!」

「彼と君のやってることはおんなじ。どっちも他人を傷つけたいと思ってやってることなんだから。てか、計画性持ってやった分、君のが質悪くない?」

「違う、違う、僕は違う!」

首を激しく振って、リズの言葉も聞こえないくらいに叫んだ。

「え~?」

「くっそ、ほどけろよっ」

リズの馬鹿にしたような声を無視し、体を覆う影から抜け出そうとするが、影はびくともしない。むしろ、強く絡みついてきた。

「は~無様。神様もこんな人間残しといて何がしたいんだか。いらないものは早く始末したほうがいいって教えてやっただけなのに」

リズは短く舌打ちした。すると闇は一段と深くなり、未来は重圧で押しつぶされそうだった。ハヤクニゲナケレバ────。

「そんなわけで僕は急ぐから失礼するね。それじゃ、未来くん。今まで楽しかったよ」

リズが未来に手をかざし、影をほどいた瞬間、未来は暗闇に向かって飛び出した。

出口は全く見当たらないが、あいつから逃げろという命令が頭の中で繰り返されていた。しかし未来が足を踏み出すよりも前に、リズの背後から大きな黒い影が現れ、未来の視界を遮った。

「ばいばい、未来君」

未来の体は悪魔に取り込まれ、路地には再び静寂が訪れた。



前川高校のある生徒が行方不明になったという騒ぎがあった次の日、交差点近くの路地裏では倒れこんでいた一人の青年が目を覚ました。偶然通りかかった人に意識を問われ、彼は一言「復讐してやる」とつぶやき、また深い眠りについてしまった。現在は病院に搬送され、意識不明だ。そして見つかった彼の手には真っ黒なコインが握られていたという。





                                     {Fin}




お疲れ様です。読んでいただき、本当にありがとうございました。

このサイトにシステムが慣れず、まだ探り探りですがこれからも投稿していこうと思います。

、、、どうぞよろしくお願いしまっす!

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