姿無き怪物
俺こと、中村ロクは高校に入ってから新たな友達もできて楽しい日々を送る毎日だった。
しかし、そんな日常が突然終わりを迎えることになるとは、俺は知る由もなかった。
「現在、職員塔一階に未確認生物が暴れています。生存している生徒は至急体育館に集まって下さい!」
「何言ってんだよ」
「ハハハハハ〜!」
突飛押しの無い放送に、俺のクラス一年2組にいる皆は笑いを溢しながら野次を飛ばしていた。
「未確認生物は帰ってどうぞ」
俺の友達、小野はいつも使っている訳のわからない語録を混ぜた言葉で俺に言った。
「それなー」
俺も信じる訳もなく、口癖の「それな」と言って返した。
「なあ、誰か職員塔に行って見に行こうぜ!」
「絶対嘘だろうけどな」
お調子者の多い3,4組は見物に行く生徒が多くいた。
それに便乗して俺も少し興味があったので見に行きたくなった。
「俺達も行くか? 小野」
「行かなくていいよ、面倒くさい」
「ふっ、もし怪物とか出てきたら俺がこの剣で滅多斬りの刑にしてやるがな!」
現在、俺は厨二病真っ最中だったので、いつも剣に見立てたものさしを常備していたのだ。
「草生える」
小野は苦笑い交じり、根気の無い言い方で俺に言う。その言動に気付くことなく俺は厨二病フレーズを連呼していた。
「ギャぁあああぁああああ!!!」
「助けて! 助けて! たずげベばア!?…ぁッ……」
唐突に中庭から叫び声が上がった。3,4組の奴らの声だ。
「なんだ、なんだ!?」
「キャーーーー!!!」
2組の窓枠に座っていた一人の女子が悲鳴を上げ出し、机へうつ伏せになった。見るだけでわかるほど身体が震えている。
俺はその様子を見て窓に駆け寄り、叫び声の元に目を移した。
「………」
そこには3,4組の奴らの面影もない。
なぜなら顔が無いからだ。首から上が搔っ切られている。
数人の首がない身体は、疎らに中庭の一角、一角に捨てられてあった。
一人の死体だけは逃げようとしていたのか、無残に下半身から上は踏み潰されて形跡がある。助けてと連呼していた奴に違い無い。
「な…なんだよこれ…」
流石にこの惨状を見た小野も戸惑いを隠せない様子だった。
「洒落にならないぞ…こんなの」
俺もパニックに陥る。
どのクラスの人間も悲鳴を上げながら体育館に向かっていった。
「おい! ロク、体育館へ行くぞ!」
小野が急かしながら俺に言う。
しかし、俺にはまだ信じられない点がある。
そう、放送で言っていた未確認生物の姿を一度も見ていないからだ。
「小野、体育館に行ってどうするんだよ?」
俺は小野に問い掛ける。小野は呆れた表情を見せ、大声で俺を怒鳴った。
「わからん! けどそこに行けって放送で言っていただろ? あく行くぞ!!」
小野に促され、俺と体育館に向かうことにした。教室を出ると廊下はとても混雑しており、進もうにも進めなかった。
「いやぁぁあああああああ!!」
一階から複数の女子生徒の声が聞こえる。
そもそも先生達は何をしているのか、不思議でしょうがない。
「あ、中村くん」
背後から掛けられた声の主は、俺が好意を寄せている女の子こと宮藤さんだった。何ヶ月前かに俺は告白して振られていたので、その子から声を掛けられた事に少し驚いた。
「えっ、どうしたの? 宮藤さん」
「皆と逸れたから……少しの間、一緒に居て良い……?」
「も、もちろん! 早く体育館に向かおう」
こんな時に、アンラッキーとラッキーが重なった。どちらにせよハプニングはハプニングだ、そこは気にせずに進もう。
暫く人混みを進んでいるうちに階段の手すりが見えた。もう少しで体育館に繋がる階段だ。
その安堵した瞬間、さっきまでいた2組の教室からたくさんの悲鳴と機械音、身の千切れた音が背後から聞こえた。
たくさんの生徒が殺されているのだ。
「走れ!! あ、女の子の下着が落ちてるゾ」
小野が下着が落ちている方に向かっていこうとする。
「そんな事やってる場合じゃ無いだろ!?」
俺は小野を静止させる。ドッと溢れる手汗をズボンで拭った後、二人の手を引きながら全速力で階段を下りて行く。
一瞬、背後を見てみたが、無慈悲に斬り捨てられた生徒の首や上半身だけが視界に入り、未確認生物の姿を目で捉える事はできなかった。
体育館に着くと、そこには200人ほどの生徒と、先生達の姿があった。生徒を誘導もしないで自分たちだけ避難していたらしい。
それでも指導者の立場なのか疑問に思った。
「宮藤さん、友達はいたかい?」
小野が宮藤さんに向かって尋ねる。俺が尋ねる前に小野が尋ねたので少し嫉妬した。
宮藤さんは周りを見渡した後、首を横に振る。
「そうか、可哀想に……」
小野が落ち込む宮藤さんの背中をナチュラルに摩った。
「てめぇ、何やってんだよ……」
「ファッ!? なんだ妬いてるのかぁ〜?」
俺は小野を無視して視線を床に落とした。
「それにしてもやけに暑い………あっ!」
「どうした、ロク?」
俺は痛恨のミスを犯してしまった。体育館シューズを教室に忘れてきてしまったのだ。しかしそんな事を今言ってしまったら、絶対小野に「ふざけるな」と言われてしまう。ここは適当に嘘をつこう。
「ちょっと、トイレ行ってくる、小野は宮藤さんを宜しく」
完璧な嘘だ。これで教室に戻れる。
「俺も、ちょうど行きたかったんだよ〜。最近トイレが近くて、もー頭に来ますよ」
しまった……
こいつはトイレ常習犯だったんだ。
「で、でもさ宮藤さんの側に誰かおらな可哀想じゃん! (小野、女子と二人きりで喋れるチャンスだぜ( ^ω^ )ゝ)」
「しょーがねぇなぁ〜。ほいじゃけんあく済ませてきましょーね(ンァー( ´Д`)ゝ)」
「じゃあ小野、宮藤さん。またあとで」
俺は体育館を出て、階段を下り、あえて遠回りである駐輪場を通って三階にある教室に向かった。
そこには唇を尖らせた、見ただけでムカつく奴がいた。遅刻してきたのだろうか。
「よぉ…タコ野郎」
「!? 黙れ、アホ中村!」
ムカつく奴こと多古田は俺と一時、罵声の浴びせ合いをした。小さい頃、多古田は関西から引っ越して来た転校生だ。奴の関西弁混じりもあって言い合いで右に出る者はいないほど弁の立つ男なのだ。
少しして、虚しくなった二人は和解し、今この学校の陥っている事を俺は多古田に説明しながら、三階にある2組の教室に向かっていた。
「マジかよ、じゃあ早く体育館に行こうぜ」
多古田は階段に斬り捨てられてあった生徒の死体を見て焦り始めたのだ。やはりこいつは正真正銘のチキン野郎だ。俺も死体を見て良い気分はしないが、流石に慣れてしまっている。
「いや、まず体育館シューズを取りに行くのが先だ」
「お前、これからアホの中村って呼ぶは」
「なんでだよ。というか既に呼んでんだろタコ野郎」
珍しく多古田がキレている、俺を心配してくれているのだろうか。
ムカつく野郎だが、元々根は優しいという事は俺が一番知っている。中学校からの腐れ縁だからだ。
「死ぬんやぞ? もし俺という貴重な人間が死んでしまったらあかんやろ? お前が死んでも悲しむ人間おらんけどな!」
「はいはい…」
前言撤回、こいつは相変わらずのクソタコ野郎でした。
なぜこいつと仲良かったのか分からなくなってきた。
「待てよ、確か多古田ともう一人いた気がする」
俺と多古田とそいつで中学校の頃仲の良い三人グループだった記憶がある。
「なんや、ブツブツと?」
「そいつは誰だったか思い出せない…」
「まあ、生きてる奴が一人でもおったら助けちゃらあかんな! もし俺が助けてやったら一生俺の奴隷として働かしてやるは! ハハハハハ!!」
「相変わらずだな」
多古田の話を聞いている内に二人は三階に到着した。
そこには、内臓の飛び出た死体や、ミンチにされた死体、首を刎ねられた死体が夥しいほど転がっていた。
見ているだけで吐き気がこみ上げてきそうだ。
「グロ過ぎやろ……」
これには多古田の減らず口も黙り込む。
俺は死体の山を踏み出し、進んでいく。最悪の気分だ。同じクラスの奴らが無惨にも斬り捨てられていたからだ。
教室に戻ってくると、窓側にいた女子生徒がまだうつ伏せになっていた。
「おい、ここは危険だぞ。体育館に行こ…う……」
言葉を失った。
机にうつ伏せになっていると思っていた女子生徒が、そこには決して動きはしない、首の無い死体が身を乗り出していたからだ。
「うわあぁああああああああああ!!!」
突然、静寂の廊下から多古田の叫び声が聞こえた。右手に持っていた体育館シューズを放り投げ、自分の机に置いてあったものさしを左手に持ち、直ぐさま廊下に出た。
そこには多古田の後ろ姿があった。
「おいどうした、急に叫んで」
「………」
多古田の姿はあるが首は俺の足下に転がって来た。多古田の体は崩れるようにその場は跪いた。
「おい……多古田?」
刹那、多古田の身体は真っ二つなった。つかの間だった。俺は多古田の背後に黒く巨大な人影が動く残像が見えた。
本能で俺はその場を離れようとした。
馬鹿だ、俺は。体育館シューズ如きで俺は大切な友達を死なせてしまったのだ。
死体の上を俺は駆ける。
哀しみに浸る余裕も無いのだ。静寂な廊下は俺の足音と機械音が鳴り響いている。
止まれば死ぬ。十分に理解している。
廊下はとても滑りやすい。雨が降ったかのような血溜りができている。
階段の手すりが見えた。もう少しで体育館に繋がる階段だ。
しかし背後から迫ってくる気配に俺は気付いていた。
そう、走っても走っても走っても、俺はいずれ斬り捨てられることを悟った。
「クソっ! 一か八かだ!!」
俺は階段を降りること無く、飛び降りる。足なんて潰れてもかまわない。
一秒でも長く、生き延びてやると決めんだ。
「!!」
足に全体重がかかった。だが折れてはないようだ。まだ走れる。
生きていられる。
態勢を立て直し、体育館に猛ダッシュした。
奴は階段を下りている様子だった。
勝機は見えた、体育館に避難すればこっちのもんだ。
ガラガラガラッ!
鉄状の扉を開ける。
「小野、戻ったぞ!」
体育館に入った瞬間、俺は異様な光景に呆然と立ち尽くした。
先生達が、全員首を刎ねられた状態で横たわっていた。所々に生き残っていた生徒達の死体もある。
「嘘だよな……だってさっき俺は逃げ切ったんだぞ」
「ロク!」
俺を呼ぶ小野の声が聞こえた。
「どこにいる!」
「体育館の二階だ!」
ふと、頭上を見てみると50人ほどの生徒が身を縮めて二階にいた。宮藤さんも無事のようだ。
直ぐに二階に上がろうとするも、足が重い。思うように動かないのだ。
「何やってんだよ! ロク!! 速く上がってこいよ!」
ギギィギギギギィィギギギ!!
外から機械音が聞こえ出した。
奴だ。
鉄の扉をバラバラに斬り裂いて、その姿無き怪物は機械音と共に俺へ近づいてくる。
一体なんなんだ、この怪物は。
嗚呼、俺はここで死ぬのか……
まあ、生き延びたもんだ。
いっその事一思いに殺してくれ…….
すると突然、二階から小野が降りてきた。二階から飛び降りたのだ、足に全体重がかかって少し怯んでいる。
「小野!? なんで…なんで降りてきたんだよ!!」
俺が小野を怒鳴った。
それでも小野は逃げずに俺の方を向き満面の笑みを浮かべ言った。
「行(生)きますよ〜」
「そうだ。そうだったよな、俺は一秒でも長く生きてやるって決めたんだ……」
死んだ生徒のため、多古田のためにも死ねない。
俺が身体を起き上がらせると同時に、小野は走り出す態勢に構えた。
「逃げ切るぞ、ロク!」
小野の合図で一斉に走り出した。
なぜか、さっきまで思うように動かなかった足が、急に軽くなった。その瞬間、俺は死に物狂いで走った。小野も背後で俺に着いて来ている。
勢いで体育館の舞台へ乗り上げ、舞台裏のハシゴで二階へよじ登った。
「小野! やったな!!」
俺は背後を振り向いた。しかし、小野が俺の背後に着いて来ていないのに気づいた。直ぐにハシゴを降り、舞台に戻っていく。
舞台には小野の上半身だけが身を乗り出していた。舞台へ上がるより先に刃が入ったのか、斬られた衝動で身体が数十メートル先まで飛ばされていた。吹き飛ばされ、血痕が一直線に伸びでいた。
「嘘だろ……嘘だよな! おいおいおいおいおい、返事してくれ!!」
小野は下半身のないボロボロ身体で言い残した。
「あぁ…やっと……夏が終わるんやな………」
「おい! 小野ぉ!!!」
涙が止まらなかった。
一番大切な親友を犠牲にしてしまった。俺は何て迷惑を掛けているのだろう。
「最低だ、俺は」
「キャぁあぁあああああ!!」
「やだやだやだやだァァア……」
「助けデァバは!」
「そんな…皆んな…」
舞台から見える眺めは、悲惨を通り越し美しいとも思えてしまった。只々眺めることしかできない。俺には力がない。
何が俺は最強の男だ。
何がぶった斬るだ。
俺は何もできない、何も守れない、只の死に損ないに過ぎないだろう。
「中村くん、速く逃げましょう!」
俺の好きな女の子、宮藤さんは俺の手を握って先導してくれた。
その周りには宮藤さんの友達も5人ほどいた。
「行きましょう! 小野の分まで生きてください!」
「俺は……俺は役に立ったのか…? 俺はもう死んでもいい、だから、せめて誰かの役に立ちたい…」
鉄の扉に着くと同時に機械音が俺達のいる方に近づいてきた。
突然、宮藤さんと握っていた手が解け、背中に圧がかかった。
俺が想っている女の子宮藤さんは、俺の背中を蹴り飛ばし、不敵な笑みを浮かべた。
「だったら私達の為に死んで、役に立ってよ」
本当に終わった。
俺の青春も、人生も。俺は宮藤さんにとって利用されるただの道具だと。
目を瞑り、覚悟を決めた。
ありがとう、小野。
ありがとう、皆んな。
ありがとう……宮藤さん。
スパッ!!
しかし俺の首は斬られず、斬られたのは宮藤さんを含めた、6人の女子生徒だった。
宮藤さんの首は俺の目の前に落ちてきた。
宮藤さんは、笑った顔のまま死んでいたのだ。
6人の死体の返り血を浴びた俺は倒れ込む。
そういや、左手でずっと握り締めていたものさしは全然使わなかったと、嘲笑する。
「復讐……だ……」
「あ…」
この声、どこかで聞いたことがある。
誰だ? 凄く久々に聞いた声だ。
中学校卒業式以来か…。
「お前、もしかして……」
俺は気づいた。姿無き怪物の正体が判明したのだ。
中学生からの多古田と一緒で腐れ縁だったもう一人。いつも帰り道隣にいた奴。
高校になって俺が小野や今仲の良かった奴らと出会ってから疎遠になり、喋らなくなった男。
いつも1人でいて、クラスの人間から避けて生きていた友人…
いつの間にか、消えた存在となった………
思わず笑みが溢してしまった。
「そうだったのかよ」
「……黙…れ……」
「何で最初から俺を殺さなかった?」
「……黙れ」
「何で関係の無い奴らを大量に殺したんだ!」
「…黙れ! 黙れ! 黙れ!黙れ!!」
俺の首筋から微量の血が流れてきた。奴の手はとても震えている。
「ごめんな……」
震えが止まった。
俺を殺す覚悟ができたのだろうか。
しかし……
「だがな、その道を選んだのは……お前だ!お前自身だ!!」
「!!」
俺は鉄のものさしを、奴の腹に突き刺した。
奴の凄まじい力と気迫は俺の一言で、一瞬にして掻き消された。
「覚えているか? 俺とお前、初めて会った時。最初は皆んな1人なんだ、お前だけ1人な訳がないだろ!」
俺は奴の腹に刺さる鉄のものさしを、奥へ奥へと押し込むにつれ、俺の疲労しきった身体も起き上がっていく。
「お前は凄いよ、高校になってからずっと1人で耐えてきたんだもんな」
力ずくで奴と同じ目線まで起き上がった。
「ずっと寂しかったんだろ? 助けてほしかったんだろ?」
俺は鉄のものさしから圧を緩めた。
奴は黙ったままで抵抗をしなかったからだ。
「だけどな、僻みでここまでする奴、俺は許せないんだよ!例え、友達だろうがな!!」
ものさしを抉るように押し込み俺が奴の上に跨った。
「…………」
それでも奴は何も抵抗しなかった。反対に自分から腹に刺さるものさしを押し込んだのだ。
「!!」
「……友…達か」
奴は少し微笑んだ表情を俺に見せ、消えていった。
奴の腹に突き刺さっていたものさしが、鉄音を響かせ無造作に落ちた。
「気付かなくてすまなかった…リョウ」
終わった。
乾いた瞳からはもうなにも出てこない。涙すらも出ない絶望へと苛まれたからだ。
「俺が招いたこの惨状どうなるんだ…。生存者は俺、1人ってか……笑えないな。
「おい! ロク!! 生きてるか!?」
ふと聴き慣れた声が目の前にあった。その声の主は三四郎ことサンだった。
サンと俺、小野は今の仲良し3人組だった。だがサンに小野の事は伝えたくない。
「どこにいってたんだよ、生きてたのか….…」
「ああ、それより早くここから脱出するぞ! 生きている奴は全員校門の前に集合している」
サンは舞台上で身体が真っ二つになる小野の死体を見ていた。少しの間二人に沈黙が続いた。
「すまない…小野は俺のせいで、俺の…せいで」
「それ以上言わなくていい。行こう」
「ああ…」
俺はそのままサンの肩に掴まりこの悍ましい校舎を出て行ったのであった。
ー忌々しい記憶とともにー
友達に見せたら、好評だったのでこの場に貼りました。読んでいただきありがとうございました。