鳥無き島の蝙蝠
彼らの目はまるで飢えた獣のようであった。
如何に男が話しかけようとも、聞く耳を持たない彼らは正しく獣であった。
そんな彼らの前に差し出される料理という名の貢物。
彼らは動いた。彼らのいる場所は戦場と化した。
突き出される箸、逃げ惑う里芋の煮物。
捕らえられ、大きく開けた穴に放り込まれる鰹のたたき。
その光景を二人の男は引き気味で見守るしかなかった。
全てが終わった後、其処には何も残っていなかった。
「ふ~う、生き返ったわ。じゃ帰りましょうか!」
俺は食うだけ食って逃亡を企てる。
「「「「「御意!」」」」」
お供達も同意した
「お待ちを!お市様!」
無粋な男が、食後の至福を邪魔するかのように俺を呼び止める。
「んっ?ああっ、話があるんだったのよね・・・メンドクサッ」
俺は最後の言葉を聞こえないような声で呟いた。
「今、何やら最後に面倒と仰りませんでしたか・・・」
男は恐る恐る話す。
「そんな訳ないじゃないのぉ忠澄・・・地獄耳か」
最後の言葉をまたもや小さな声で呟く。
「地獄耳では御座いませぬが・・・殿、お市様をお連れ致しました」
忠澄は上座に座っていた男に話しかける。
男は上座から降りて、俺に上座に座るように勧める。
「いいわよ、気にしないで・・・」
俺が拒否する言葉を出す。
「いえ、そうは参りませぬ。織田の宰相様としてお話を聞いて頂きたい」
殿と呼ばれた男は頭を下げて俺に嘆願する。
やはりそうなったかと信長を恨みながら、上座に向かい座った。
「でっ?用件は何?あんた元親でしょ。重い病にかかってるんじゃないの?見た目は顔白いけど、凄く元気そうに見えるけど」
俺は呆れたように元親に話す。
「白いのは生来でして、病も患ってはおりません」
元親は俺も確り見て話す。
おやっ?中々の器量に見えるけど・・・試すか。
「じゃなんでこんなとこに?飼い犬に手を噛まれちゃったのかしら?」
俺は情けない者を見るかのように話す。
「返す言葉もありませぬ・・・」
下を向き、体の震えを抑えようとする元親。
「そんなに悔しいなら何故やり返さないの?内乱で織田の介入が嫌なのかしら?」
「・・・・・・」
その言葉を聞いて、忠澄が割り込むように話し出す。
「嫡男、千雄丸様がやつ等の手にある限り、殿は手を出せませぬ・・・」
悔しそうに話す忠澄。
「息子一人の為に、土佐の民を泣かすのね・・・期待はずれね、蝙蝠」
俺は貶した様に話す。
「なっ!幾らなんでも、そのお言葉は酷過ぎますぞぉ!」
忠澄は俺に抗議の言葉を発する
「よい、忠澄・・・まことの事じゃ」
元親は忠澄を手を使って止める。
「あんた達、まだ理解してないのね。武士でいられるのは、民あっての事だと何故気付かない!民が米を作り、魚を取るから食べていけるのよ!そんな民を守り、安心させる事で、我らは武士でいられる!驕り高ぶり、民を疎かにする事が、破滅に繋がると何故気付かない!身内ですら、民の害となる者は容赦無く斬り捨てる・・・それが本来の武士の心得よ」
「「・・・・・・」」
二人は下を向き、肩を落とす。
「あたしはねぇ、この手をどんなに洗っても落ちないほどの血で染めてきたわ。女子供、抵抗すら出来ない生まれたばかりの赤子ですら、この手で斬ってきた」
俺は顔色も変えず、両手を前に出して見つめる。
「「・・・・・・」」
そんな俺の仕草や顔を見て、二人は絶句する。
蜂や久爺、頭領三人衆はそんな俺を見て辛そうな顔をする。
「蝙蝠、あんた天下を目指してたんですってね」
俺は呆れた顔をして蝙蝠を見る。
「・・・・・・」
蝙蝠は下を向き体を震わせる。
「なめるな蝙蝠!覚悟も無いくせに天下を軽々しく口に出すな!!織田の天下!どれほどの屍の上に出来たか・・・あなたの目の前で見せてあげましょうか?」
二人は体をがくがくと震えさせる。
「姫様、そのくらいで勘弁してはどうじゃ。元親殿達も胆に命じておりましょう」
久爺が助け舟を出す、俺はそれに乗る事にした。
「でっ?あたしを動かせば、ただの仕置きでは済まされないわよ。逆らう者は一族郎党根切りよ」
俺は冷たく突き放すように話し、二人を睨む。
「その儀は平にご容赦願いたい」
蝙蝠は深々と頭を下げて頼み込む。
「あたし、お忍びで来てるの。あたし個人の力でいいなら助けてあげるわ」
「「おおっ!」」
二人は顔を上げて喜ぶ。
「でもね、もしあたしが公に出されたら・・・わかるわね」
二人は頭を上下に動かして了承していた。
「じゃ・・・策を講じましょうか」
「「「「「「「御意」」」」」」」
まだまだ俺も甘いなと思いながら夜が明けていった。