土佐の闇
報告を受けると久通は城を飛び出し、馬を走らせ、船を走らせ、駆けるに駆けた。
城門から立ち並び出迎える、松永武士達。
それを天守から冷たい視線で見る二人。
「久爺、どうする?織田の政策も浸透するまで時がかかるのは覚悟してるんだけどね・・・」
俺は久爺に本音を話しかける。
「姫の心中を思えば、この弾正も苦しいのですが、わしには些か状況が苦しすぎますな」
顔を歪めて苦笑いをする久爺。
上座に座り、久通の挨拶を受ける俺。
「この度の不備、申し開きも出来ませぬ。如何様な処罰も覚悟いたしまする」
久通は一度も頭を上げず、謝罪する。
「如何に処置する!久通!」
久爺は強い口調で叫ぶ。
「・・・・・・」
黙り込む久通。
「何も考えておらんのか!たわけが!」
激怒する久爺・・・丸くなったんじゃないのか?久爺。
「久爺、そのように責めても久通殿が苦しいでしょう?」
俺は久爺に呟く。
「しかし、姫・・・」
久爺は申し訳ない顔をして俺を見る。
「まずは顔を上げなさい久通殿、下を向いていては話も進みません」
俺が顔を上げるように促すと静かに頭を上げる久通。
「末端まで、まだ政策や考えが浸透していないのは仕方なき事。有耶無耶にする気はありませんが、久通殿に処置を任せましょう」
俺は久通に向かって話す。
「厳しき処分を下しまする」
久通は俺を強く見つめながら、覚悟を決めた顔をして話す。
「よく覚えておくのです、武士とは民に生かされておるのです。民がいなければ、武士は生きていけぬと。威張り散らしたりせず、守り安心させるのが武士の役目だと肝に銘じておきなさい!」
俺は久通に強く話す。
「この久通、肝に命じまして御座います。松永家に属する武士全てに伝え、徹底させまする」
覚悟を決めた顔を崩さず、俺と話す。
「久通殿、私はお忍びで来ています。今回は事を荒立てる気はありませんが、このような事、無き様にして頂かねばなりませんよ。今後、私の耳に同じような事が入ったら・・・わかりますね」
俺は久通を強い視線で睨む。
久通に処分を言い渡してから、俺は久爺と共に茶室に入って話をしていた。
「姫様も丸くなられましたな。昔の姫様ならば、自らがお手を下していたでしょうに・・・」
茶を点てながら俺に話す。
「そうね、前のあたしならそうしてたでしょうね。日の本に戦乱が無くなった今、それも変わるわ。後はこの乱世を越えた者達が共に作っていかなければいけないわ」
俺はそう言って茶椀を手に取る。
「なるほど、それで土佐にもお忍びですか。姫は優しいですな」
久爺は俺を懐かしい者を見るかのような顔をして見つめる。
「そんな事ないわ、ただのめんどくさがりなだけよ」
俺は赤くなった顔を背けるように横を向く。
「面倒な事がお嫌いなら、お忍びなど致さぬものですぞ」
二人は共に顔を会わせながら笑っていた。
それから一行は淡路を立ち、阿波に渡り、土佐に入っていた頃。
「殿、織田の政策は当家にはそぐわぬかと・・・」
「親直、言うな。そぐわねど、天下は織田で収まった。波風立てようものなら、土佐一国しかない我らにどのような事が出来る」
「我らだけでは到底、織田には敵いますまい。されど今の日の本には不満を抱く武士や豪族、公家、僧侶、商人が多数おりまする」
「何を考えておる!親直!」
怒りに満ちて久武親直を睨む長宗我部元親。
「当家は一領具足を浸透させたお家柄、織田の刀狩など到底飲めますまい。内乱が起これば、織田に介入される恐れがありますぞぉ・・・」
久武親直はにやりとした顔を長宗我部元親に向ける。
「親直!貴様!何をした!」
怒りをあらわにする長宗我部元親を蔑む様な目で見る親直。
「殿は黙って見ておられるがよい。全てはこの久武親直に任せればよいのです・・・連れて行け」
親直は手を上げると近習の者が元親は取り押さえられる。
「なっ、お前達!家を長宗我部を潰すきか!」
押さえつけられながらも叫ぶ元親。
「織田には殿は重い病にて療養しておると伝えましょう。ご安心して見ていなされ・・・はっはっはっ」
親直は元親が座っていた場所に座るといやらしい顔を浮かべて呟く。
「武家の世は終わらぬ・・・」