帰りは・・・
ベスはどんな時も相変わらず、信長の元から離れない。
王国の民はそんな元女王の健気さに心を動かされ、信長との結婚を承諾するように、王国に圧力をかけていく。
民の行動に、王国の重臣達はついに折れて、信長とベスの結婚を了承する。
これにより、ウェストミンスター寺院で織田信長とエリザベス一世の婚礼が行われ、信長は王配となる。
これにより、織田とエリザベスの親密さは極まったといえる。
世界の三分の一を占める事になる同盟に、ローマ教皇グレゴリウス13世は恐れ慄き、織田に対する異端認定を取り消し、友好路線を画策するようになる。
しかし、織田は十字軍派遣の険悪な印象を強く持っていた為、信長、市が没するまで相手にされなかったという。
織田やエリザベスに、相手にされないローマ教皇の権威は急激に落ちていたが、グレゴリオ暦の優秀さは認識されていた為、ユリウス暦を廃止し、グレゴリオ暦には変更するという、したたかさは持っていた。
カトリックの布教も両国は共に禁止する事はなかったが、厳しい監視は置かれ、以前のような権威は完全に失われていた。
また奴隷制度を両国は禁止し、人権の尊重を優先させる。
奴隷制度の禁止は多数の貴族、商人が異を唱え、各地に悪影響を及ぼす。
この事態を重く見た王国は、奴隷制度の一部見直しや改善を打ち立てて、対応する。
しかし奴隷であっても、身体の異常を強いる使い方や性に関しての強要等は厳禁とした。
民の教養、認識の向上に伴い、法の改正を行っていった。
人種差別を嫌い、逆に仕事を行わない者を嫌う傾向に転換させる。
仕事の斡旋施設、機関を国が作り、労働と納税の義務を植え付ける。
労働と対価を掲げ、民の教養向上を重点に置く政策を推し進める。
しかし教養が未熟な内は、民の甘えを引き起こした為、時には苛烈な締めつけも行われた。
これらの理念は一人の女が考え、世代を重ね、数百年の時を使い、緩やかに浸透させていった。
イングランドを去る織田の船の見送りには数万の民が訪れ、涙を流して見送ったという。
「ふ~、長い滞在だったねぇ」
俺は船風を浴びながら呟く。
「母上、まだ日の本に戻っても、仕事があるかと・・・」
隣に並ぶ梵天丸が俺を見て呟く。
「・・・西に進路とって」
俺は現実を見たくなかった。
「無理です」
梵天丸が冷たく呟く。
「西にあたしの助けが、必要な民の声が・・・」
俺は手を伸ばし、海の果てにあるであろう、見えないアメリカ大陸を掴もうとする。
「逃げれませんよ」
梵天丸は俺を掴み、船室に連れて行こうとする。
「いやぁ~」
俺は拒否する。
「重要な案件の書類があるのです。処理してください」
梵天丸は俺を引きずり、書類の山となっている船室に閉じ込めた。
「育て方を間違えたのだろうか・・・シクシク」
俺は泣きながら、書類と格闘する事になる。
「まぁ、市は仕事熱心なのね」
ベスは信長の横で優雅に紅茶を飲んでいた。
「うぬ、やれば出来る子なのだよ」
信長もベスの呟きに答える。
こうして安土に着いた時には、俺は屍と化していた。
先に帰国していた李旦が西洋書物とグーテンベルグ印刷機を持って安土の信忠に面会していた。
「ほう、お主が李旦か。遥か異国まで叔母上と父上を護衛して、このような土産まで持って、帰ってくるとは大義であった」
信忠は労いの言葉をかける。
「ありがたき、お言葉」
李旦は頭を深く下げる。
「して、今回の異国行きでの成果は、どのようなものであったか?」
信忠は聞きたくて堪らず、体を大きく揺らす。
李旦は異国での出来事を全て暴露する。
「なっ!なにっ・・・」
初めは戦の話や異国の情緒、文化、人との関わり、梵天丸の元服と異国の娘との婚姻に、驚きながらも喜んでいた信忠は、他国の女王を食べてしまった信長の話を聞いて、驚きと共に体を固まらせる。
「なっ・・・」
傍にいた氏郷も絶句する
「ほう、そのエリザベス一世とやらの話が、詳しく聞きたいですね・・・」
奥の襖が静かに開いて、一人の女が姿を表す。
「はっ、母上・・・」
「お方様!」
「あっ・・・」
三人は女の体から、ドス黒い何かが見える錯覚を覚える。
「あっそうじゃ、我は大事な用件があったのであった!氏郷行くぞ」
直ぐに立ち上がり、氏郷を連れて去ろうとする信忠。
「はっ!」
信忠の言葉に即座に答えて、立ち上がり、逃げようとする氏郷
「座ってろ」
濃は信忠と氏郷を一蹴する。
「「はっ!」」
素早く座り直す信忠と氏郷。
「・・・話せ」
濃の圧力に屈服した李旦は、観念して全て白状する。
「そう、お帰りが楽しみね・・・ふふふっ」
上唇を舌で舐めて、微笑む濃を見て、三人は恐怖に打ち震えていた。
ちょうどその頃、信長はベスと共に、アフリカ大陸最南端の喜望峰を眺めていたという。




