信長の怠慢
安土に戻ると俺は二人の男に出迎えられる。
「叔母上、お久しぶりで御座います」
男は深く頭を下げて俺に挨拶をする。
「あらっ?奇妙かしら、大きくなりましたね」
俺はそう言って奇妙に近付く。
「もう、元服も済ませ、信忠と名乗っております」
信忠は笑顔で俺に話しかける。
「そう、立派になってるのかしら?中身は・・・」
俺が首を傾げながら話す。
「そんなに苛めないで下され。今は父上の下で織田の後継者となるべく励んでおりますれば、叔母上のご指導お願い致しまする」
深々と頭を下げる信忠。
「お市様、信忠様は幼き頃と随分変わりましたぞ」
信忠の後ろで控えていた男が俺に声をかける。
「鶴!大きくなりましたねぇ」
俺は鶴に駆け寄り、横に立って上を見上げる。
「いつの間にか、お市様を抜いておりましたな。背だけで御座いますが・・・」
鶴はそう言って、苦笑いを浮かべる。
「貴方も元服したのかしら?」
俺は鶴に問う。
「はい、氏郷と名乗っております」
氏郷は俺を見つめて答える。
「蒲生氏郷か、兄様から一文字貰わなかったの?」
俺は首を傾げながら話す。
「好きなように考えて名乗れと仰られて、お市様の市を頂いて名を考えようかと思ったのですが、まだ名乗るのは、おくがましいと思い、氏郷としました。お市様に認められるほどになりましたら、名を下さいませ」
氏郷は俺に微笑みながら話す。
「あらっあたしなんかの名で良ければ、いつでもあげるわよ」
俺は手をヒラヒラさせながら、話す。
「お市様の名は、恐れ多くて勝手には名乗れませぬ。あっ長々と申し訳ありません。中に入って、ごゆるりとなさいませ」
氏郷が大きな体を小さくさせて、手で中に入るように俺を促す。
「そんな大したもんじゃないのに・・・」
俺は呟きながら城の中に入り、特別室に向かった。
次々と訪問者が来て、俺はその応対に追われた。
「ちょっと、人来すぎじゃない・・・」
俺は疲れが最高潮になっていた。
「そうですね、あと長宗我部元親、信親親子、毛利隆元と元服して信元と名乗った幸鶴丸親子、尼子義久、北条の家督を継いだ北条氏政、直氏親子と三郎いや信氏、武田の家督を継いだ武田勝頼と信勝親子、上杉の家督を継いだ喜平次いや上杉景勝、与六は直江兼続と名乗っております。あとは・・・」
信忠が俺の横で次々と名前を出す。
「もういいわ。広間に集めましょう・・・終わるわけ無いじゃない!」
俺は立ち上がり、いそいそと逃げる準備を進める。
このままでは挨拶で忙殺される。広間で話してからすぐに逃げるしかない。
絶対、広間だけで終わるわけ無いだろ・・・
「梵天丸・・・逃げる用意しときなさい」
俺は少し屈んで梵天丸の耳元で小さく囁く。
「・・・・・・」
声を出さずに、首を上下に動かして了承する梵天丸。
広間に着くと、広間に入りきれていない人、人、人・・・死ねる
「入りきれてないじゃない・・・」
俺は肩を落として信忠を見る。
「叔母上の不在期間が長すぎて、報告する事項が山済みです。犬や猿はもう屍のような有様・・・」
信忠が目を逸らし話す。
「なにやってんの!兄様は!」
俺が叫ぶ。
「・・・茶の湯を嗜んでおられます」
氏郷が俯いて話す。
「あんた達、なにやってんの!十兵衛、半兵衛、官兵衛はなにやってんの!」
俺は叫ぶ。
「皆様、各分野にて忙殺されており、屍となっておられます・・・」
氏郷が泣きながら話す。
「叔母上が戻られて、織田は生き返りまする・・・」
信忠も泣きながら話す。
オワタ・・・逃げれねぇ。
俺は両手を床に付けて頭を下げると、梵天丸が俺の肩に手を置いて微笑む。
「かかさま、どんまい」
俺は悟る。流石、俺の子だと・・・
3回に分けて、広間で挨拶をした後、訪れる訪問者を制限して対処。
山済みというには不釣合いなの量(広間三部屋分)の書類を手当たり次第に処理する俺、雉麻呂、虎、鴉、慶次、信忠、松、氏郷、冬と挨拶の後、捕まえた景勝、兼続、蜂、三郎、幸鶴丸にも手伝わせる。
松の顔を見に来た武田親子も捕まり、武田家の業務が一時停止するという事態を、引き起こしても逃がさない。
全てが終わるまで返さない。その仕打ちに、上杉家の業務が一時停止するという事態を、引き起こしても逃がさない。
幸鶴丸を心配した隆元も捕まり、手伝わせると、毛利家も業務に支障をきたすが逃がさない。
戻らない三郎を気にして訪れた北条親子も捕まり、北条家も業務に支障をきたすが逃がさない。
来客に訪れた者は皆、無言で書類を渡され捕まった。
来客に訪れた者が戻らない特別室を皆、避けるようになり、特別室に通じる道を(黄泉路)と名付けられる様になっていた。
黄泉路と呼ばれていても、帰国する前に挨拶をする為に松永久通一行、尼子義久一行、長宗我部親子、鍋島直茂、島津義久、歳久は共に意を決して特別室に向かう。
久通は柳生親子が涙を流しながら、引き止めるが、逆にお供をさせられ餌食となり、松永の業務は停止する。
義久は鹿之助の嘆願も空しく、お供させられて、尼子の業務は停止する。
長宗我部、鍋島の業務も停止する。
島津は義弘と家久が国許に残っていた為、何とかなっていたが苦しい状況となっていた。
「しかし、良いので御座いますか?上様」
一人の男が茶を立てながら信長に話しかける。
「んっ?市のことか・・・」
信長がとぼけたように話す。
「お市様の報復を考えると、この利休・・・恐ろしゅう御座います」
利休は震える手で茶碗を信長の前に差し出す。
「うっ・・・思い出させるな」
信長の顔が青くなる。
「台湾、ルソン、大陸の事柄を処理してきて・・・この仕打ち」
利休は体を震わせて話す。
「やめよ、怖いではないか・・・」
信長の顔が一層青くなる。
「上様がお仕事をなさっていない事はすぐにばれましょうな・・・」
利休がこの場から逃げたい衝動に駆られる。
「利休、一蓮托生ぞっ!」
信長は救いを求めるような顔を利休に向ける。
「・・・出来ますれば、ご勘弁を」
そんな時、側近の一人が信長の元を訪れる。
「んっ菊か、如何致した?」
顔色を戻し、対応する信長。
「上様、菊にお暇を頂けませぬか・・・」
菊は顔を青くして体中を震わせて話す。
「なんじゃ?病か?ならば養生しておれ」
信長が優しく話す。
「病といいますか・・・特別室に向かわれた方々、全てお戻りになりませぬ」
菊は震える声で話す。
「なっ!まっまさか・・・」
信長は土色の顔をして慌てふためく。
「上様からの許可頂きましたので、これにて失礼させて・・・」
菊が言い終わる前に、信長が慌てたように叫ぶ。
「まっ待て!我はどうすればよいのじゃ!」
信長は落ち着く事が出来ずに慌てふためく。
「だから言ったのです。何度も業務をしてくだされと・・・では」
菊は脱兎のように逃げ出した。
その後、書類を全て終わらせて、解放された人々は俺に率いられて信長の元に赴き、縛りあげ簀巻きにすると安土の正門にぶら下げられたのであった。
信長の首には罪名(この者、職務怠慢にて三日間このままと致す、市)の札が付けられていたという。
また諫言しても言う事を聞かせていないとの罪状で千利休、菊も捕まり、信長の横で一日ぶら下げられていたという。




