弾正の策
俺達は台湾を出航して、明との約束の場所に到着すると、明の船団が待ち構えていた。
百数十隻は居るであろう明の船団に、俺達の船は囲まれる。
「二隻の船に対して、これはまた過剰な数ね」
俺は皮肉を込めて叫ぶ。
「ふっ、何とでも言いなさい。最早、貴女の命はあたしの手の内に入っちゃってるんだから。この子が居る限り、貴女達は何も出来ないでしょ。異国で言うチェックメイトよ・・・」
小少将が二人の子供と共に甲板に出て、俺に向かって叫ぶ。
「うちの子がお世話になった見たいね。早く引き取りたいのだけど、素直に返してくれるのかしら?」
俺は首を傾げながら叫ぶ。
「それは貴女達が素直に約束を守れば、返すわよ。こんな、めんどくさい餓鬼いらないもの」
小少将は嫌がる梵天丸の頭に手を乗せて話す。
俺は鉄甲船に船を付けて、鉄甲船を動かしていた乗員を安宅船に移動させると弾正だけを残して、少しだけ船を離す。
それを見た小少将が手を上げると、小少将の乗った船と複数の船が弾正の乗った鉄甲船に近づき、縄をかけて鉄甲船に乗り込んでくる。
「流石は世界一の船ね。これなら陛下も、お喜びになるでしょうね。それに久しぶりね、久秀。三好に居た頃に比べたら、痩せたんじゃないの」
小少将が高笑いをしながら弾正に近付く。
「ほっほっほっ、お主がいらぬ手間ばかり、かけさせるから気苦労が絶えなくてな。図面はわしがこの船のどこかに隠しておる。梵天丸様と鄭栄を引き渡せ。さすれば図面の在り処を教えよう。いらぬ事をすれば図面は手に入らぬぞ・・・」
弾正は小少将を睨む。
「貴方が交渉人なら、下手な考えは起こさないわよ。こう見えて、あたし貴方が怖いもの・・・フフフッ」
そう言って二人の子供を弾正に引き渡す。
「おおっ梵天丸様、お怪我はありませぬか?」
弾正は梵天丸を体中を見て触り、異常がないか確かめる。
「僕があの女に逆らって、殴られそうになった時に、鄭栄が僕を庇ってくれたの」
鄭栄を心配しながら、見つめる梵天丸。
「そうですか。鄭栄えらかったのう、いつまでも梵天丸様の良き友でいてくだされ」
弾正は鄭栄の頭を撫でる。
「梵天丸様、二度とこのような事がないようになさいませ。爺はおろか、皆が悲しむのです・・・」
弾正が梵天丸の頭を撫でながら優しく呟く。
「ごめんなさい・・・」
梵天丸は頭を下に下げて弾正に謝る。
「図面は何処?」
小少将は弾正に向かって話しかける。
「此処じゃ・・・」
そう言って弾正は懐を触る。
「あの久秀が弱くなったものね。そんな餓鬼に入れ込むとはね。それに甘くもなったわね・・・ただで返すと思ってるの?」
嫌らしい顔をして微笑む小少将。
「そうじゃろうな。鳶!若達を姫の元に・・・急げ!」
弾正が叫ぶと鳶が現れて、二人の子供の前に現れる。
「させると思ってる?捕らえよ!無理なら殺せ!」
小少将が叫ぶと乗り込んでいた兵が弾正達に向かってくる。
鳶は両手に子供達を抱えて船から飛ぼうとする。
「逃がすと思ってるの?撃て!」
複数の火縄を持っていた兵が鳶に銃口を向けて撃つ。
「させぬ!」
鳶を庇うように男が船倉から飛び出して、鳶に向かっていた銃弾を体で受け止める。
「熊ぁ!」
俺は思わず、叫ぶ。
熊は崩れるように甲板に倒れる。
鳶は俺達が居る船に無事に飛び乗れた。
「姫!逃げなされ!急げ!」
弾正が叫ぶ。
「熊!熊ぁ!」
俺は船の端を握り締めて叫ぶ。
熊は倒れたまま動かない。
「早くこの場を離脱する!急げ!」
鴉が火縄で、弾正に襲い掛かる敵を撃ちながら叫ぶ。
「姫、無理だ。熊殿は助けられん」
慶次は俺の体を船の端から引き離そうとする。
「駄目ぇ!熊を、熊を置いてけない!」
俺は頭を左右に振りながら、叫ぶ。
「姫・・・慶次殿を困らせますな」
熊はゆっくりと立ち上がると俺の方を向いて呟く。
「熊ぁ・・・」
俺は涙で前が見えなくなっていた。
「姫、長い間お世話になったで御座る。姫と共に居られた事、この熊田熊五郎、幸せで御座いました。梵天丸様、お市様に負けぬ・・・良い男になりなされ。鴉!犬達に姫を頼むと伝えてくれ!早くいけぇ!」
熊はよろける体を動かしながら、弾正に向かう兵を斬りつける。
「熊、ごめんなさい!・・・ごめんっ」
梵天丸は熊を見つめて、泣きながら叫ぶ。
「わかったよ、あの世でまた会おう・・・さらばだ熊」
鴉は一粒の涙を落として答える。
「熊、すまぬな・・・」
弾正が呟く。
「いえ、気になさるな。こうでもしなければ、姫は欺けん」
熊が弾正に優しく微笑む。
俺達を乗せた船は、鉄甲船から少しずつ離れて行く。
「逃がすな!あの女を逃がせば、意味がないわ!」
小少将が叫ぶと、明の船が数隻、俺の乗った船に寄せて、乗り込んでくる。
「斬り伏せろ!姫と若に指一本触れさせるな!」
慶次が槍を振るって兵を薙ぎ倒す。
「させぬ。先代の策見事で御座った。守りきれずに、愚策にする事など出来ぬわ!」
「はい、父上!」
柳生親子が叫びながら、刃を振るって駆けると、兵が次々と倒れて行く。
「早く、姫!この船から離れてくだされ・・・そんなには我らもちませぬ」
群がる明の兵を切り伏せながら弾正が呟く。
「この熊田熊五郎、織田の盾とならん!かかって来い・・・」
血まみれになった熊が明の兵に叫ぶと明の兵は怖気ずく。
それを静かに見つめる三人の将軍
「見事じゃ・・・我は撤退する」
戚継光はそう呟くと手を上げた。
戚継光の率いた船団が、退却を始めると劉顕、劉綎親子の率いた船団も追従するかのように、撤退を開始する。
「なっ!なに考えてるの!今、此処であの女を消さなきゃならないのに、こんな好機はないのよ!あの馬鹿な将軍達は、殿下に伝えて罰を下してもらうわ!」
小少将は地団駄を踏んで悔しがりながら叫ぶ。
「ふっ、明の皇帝に報告する事など出来ようか。お主は此処で、我らと共に死ぬのだから・・・」
小少将に呟き、見つめながら、手にした松明を船倉に放り込む。
「まっまさか・・・撤退よ!撤退しなさい!」
小少将は叫びながら自分の船に戻ろうとする。
「逃がすと思って御座るか?」
そう言って熊は持っていた槍を投げつけると小少将の体に突き刺さる。
「ぐふっ、あたしが・・・このあたしが・・・」
体に突き刺さった槍が船の端に刺さり、小少将の体を釘付けにする。
「「姫、さらばじゃ・・・」」
二人は共に、俺の乗っている船を見つめながら、微笑み呟いた。
眩い閃光と凄まじい音と共に、鉄甲船は吹っ飛び、周りにいた明の船を巻き込んで、跡形も無く消え去った。
「今まで・・・ありがとう弾正、熊」
俺は爆風を体に感じながら、二人の最後の顔を焼き付けたのであった




