弾正の覚悟
明からの使者が俺の元に現れる。
その高圧な態度は俺の弱みを握った為に出ているのか?元々なのか?分かりはしないが・・・
顔を見ているだけでも、ムカつく気持ちを押し殺して対面する。
「明からの使者とは、一体何ようですか?」
俺は遇えて、冷静に対応する。
「何様かとは、これはまた可笑しな事を仰る。決まっておろう。台湾、ルソンの返却の最終通告だ」
使者は俺を馬鹿にしたような目をして話す。
「その件に関しては、返答しておりましょう。否と・・・」
俺は殺意を持った目で使者を見る。
「うっ・・・よっよいのか。その様な強気な事を言って、大事な者がどうなるか?かまわないというのだな」
一瞬怖気づいたが、優位性があると思い直して、俺に強気で話す。
「それは、明が私の子を預かっているという認識でいいのかしら?」
俺は殺気を込めて使者を睨む。
「ぐっ、その様な事はわからぬが、無事に帰ってくるという確証を、明が手伝う事は出来るぞ・・・フフフッ」
そう言って嫌らしい顔をする使者。
「そうなの?台湾、ルソンは織田の領地。今更、明に返却なんて出来ないわ」
そう言って俺は拒否する。
「なら、織田の鉄甲船の製造方法と鉄甲船一隻で手を打ってやってもよいぞ」
使者は要求を変える。
「そんな事、承諾するとおもっ」
俺が言い終わる前に弾正が会話に割り込む。
「それで、梵天丸様は無事に帰ってくるのだな・・・ならば受けよう」
弾正が使者にそう告げる。
「なっ!何、勝手に・・・」
俺がそういい終わる前に弾正が話を進める。
「ほう、ではその様に伝えましょう。ではのちほど・・・」
そう言って使者は退出する。
「何、勝手に話を進めるの!弾正、鉄甲船は織田の秘中の秘よ。そんな物を
明なんかに渡したら、ただではすまないわ!」
明の使者が退出した後、俺は弾正に睨みながら、怒鳴る様に話す。
「姫、梵天丸様の命がかかっております・・・」
弾正は覚悟を決めた目をして俺を見ながら話す。
「確かに、梵天丸は大切だわ。でも明には渡せない。渡せば、何万何十万の民が泣く事になる。それならば・・・私はあの子を斬れる」
俺は心を鷲掴みにされそうな感覚と下唇を血が出るほど噛み締める。
「渡しはしませぬ・・・」
弾正はそう言って俺を見つめる。
「まさか・・・弾正!」
俺は弾正の考えを見抜いた。
「姫には黙っておったが、わしは病に冒されておる。残り僅かな命、有効に使わねばいけませぬ」
弾正は俺を強く見つめる。
「だっ駄目よ!弾正!まだ貴方が望んだ夢を見せてないわ・・・」
俺は涙を浮かべながら話す。
「十分です。十分見せて頂きましたからのう。梵天丸様は次世代を担う男になる!だから、その肥しになりたいのじゃ・・・」
弾正の意思は強く、俺は言葉を失う。
「どのような事があろうと、梵天丸様や熊を攻めないで下され」
弾正が俺に頭を下げながら、嘆願する。
俺は何も言えなくなっていた。
後日、明の使者が訪れて引き渡しの方法を伝えにきた。
澎湖諸島近海にて、こちらは引き渡す鉄甲船一隻と俺が乗る安宅船一隻のみで来るように伝えられる。
「流石に、相手も同じ船の数で来る訳は無いよな・・・」
鴉が呟く。
「そうでおじゃるな。間違いなく今、明が動員出来る船を全て引き連れてくるでおじゃろう」
雉麻呂が鴉の問いに答える。
「澎湖諸島周辺に数隻の明の船を確認しております」
鳶が現れ、話す。
「非常時を考え、織田の船を澎湖島に集めております」
李旦が話す。
そこに思わぬ来客が現れる。
「姫さん、困ってるみたいだな。助けに来たよ」
来客の男はそう言って俺を見ながら、胡坐をかく。
「慶次!それに宗巌、勝巌も・・・」
俺は驚きながら、彼らを見つめる。
「俺達が居れば、弾正も安心だろ?」
そう言って弾正を見て微笑む慶次。
「そうじゃな・・・」
苦笑いを浮かべる弾正。
「殿より、先代様の策をしっかりと見届けて、報告するように言われて参りました」
宗巌、勝巌は弾正に深々と頭を下げた。
「ふっ、偉そうな事を言いよるわ」
弾正は笑いながら話す。
俺達は暗い顔をして弾正を見つめていた。
「じゃ・・・弾正の策でいくわ。鴉、慶次、柳生親子はあたしと安宅船に乗船。雉麻呂、李旦は澎湖島にて織田の船団と共に待機。鉄甲船には鳶と・・・弾正でお願い」
俺はそう言うと下を向いた。
そこで一人の男が叫ぶ。
「某は!某は呼ばれておりません!」
熊は怒鳴るように叫ぶ。
「熊、あんたは台湾で留守番よ・・・」
俺は冷たい視線で熊にそう告げる。
「なっ・・・」
熊は肩を落として顔を下に向けて震える。
「姫・・・」
鴉や慶次達が俺に話しかけようとする。
「姫が決めた事じゃ、それに従わねばならぬ」
弾正が鴉や慶次に向かって話す。
弾正に言われて何も言えなくなる鴉達。
それから準備をして、出航する一日前に俺は弾正に呼ばれ、茶室に居た。
「弾正、鴉達を説き伏せてくれて、ありがとう」
俺は弾正に頭を下げる。
「いえ、姫があのように言わなければ、熊も死地に赴くと、言い出しかねませんでした」
俺に茶碗を渡す弾正。
「やっぱり、貴方の点てた茶は格別ね・・・」
俺は味わいながら、静かに飲み干した。
「姫に差し上げたい物が御座います・・・」
そう言って俺の前に小さな木箱を差し出す。
「これは・・・」
俺は木箱を開けて中に入っていた物を取り出す。
「その茶器を手に入れた時、私はその茶器に逃げ込みました。それを一度手放し、戻ってきた時に、その茶器は私の心の支えとなりました。その茶器を見ると貴方の顔が浮かび、夢が見れた・・・ありがとう御座いました」
弾正はそう言うと深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しかったわ。ありがとう弾正、大切にするわ・・・」
俺はその茶器を手に取り、撫でながら弾正に悲しく微笑んだ。




