土佐に行こう
安土の一室にある特別室。限られた者だけしか入れない。
その部屋は今、混沌としていた。
「わぁ~!」
「きゃっきゃきゃっきゃ!」
「きゃ~きゃ~・・・」
「うぉ~」
「危ないからやめましょう!」
小さい子供や少し大きな子供が彼方此方で走り回り、一人の子供がそれを止めようとして、三人の女の子が冷めた目で座って見ていた。
そんな中、一人の女が膝の上に小さな幼子を乗せて机に向かっていた。
すらすらっ・・・ドンッ
一人の子供が机にぶつかり、女が書いていた書類が揺れ、筆が滑る。
「・・・・・・」
筆を走らせていた女の体が固まる。
「「「「「「!!!・・・・・・」」」」」」
走り回っていた子供達や注意していた子供が立ち止まり、恐怖に顔を歪め、立ち尽くす。
女は筆を静かに置いて、笑顔で話し出す。
「あんた達・・・死にたいの?」
その声を聞いて、ある者は失禁し、ある者は泡を口から出して気絶した。
子供達全員に共通していたのは、この世の終わりのような顔であった。
膝に置いていた幼い子供を虎に預けると、女は気絶した男の子に近づき叩き起こす。
意識を取り戻した男の子は、女の顔を見て失禁する。
「おい、駄目鶴。おめぇが一番年長者だろうが、率先して騒ぐとは・・・死にたい?」
駄目鶴と呼ばれた幸鶴丸が震えながら答える。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
そして白目を向いて気絶した。
女は次の獲物を見つける。
「奇妙、織田家の旗頭にならなきゃならない者が、落ち着きを持てないとはねぇ・・・消してあげようか?」
奇妙丸は膝から崩れ落ちるように気絶した。
「五徳、松・・・連れてけ」
二人の小さな女の子は、未来の旦那を引きずるようにして、違う部屋に連れて行く。
「鶴、あんなんじゃ言うこと聞かないわよ。もっとガツンと言いなさい!」
女は鶴千代に話しかける。
「申し訳ありませぬ・・・」
そう言って顔を下に向ける鶴。
「伯母上!鶴千代様はちゃんと注意したのに、馬鹿兄様と駄目鶴殿がいけないのです!」
震えながらも鶴千代を庇おうとする冬。
「間違っていたら目上の者であろうが、上司であろうが、正すのが下の者の勤めです。それを怠ったので叱っているのです」
「・・・・・・」
冬は泣きそうな顔をして女を見る。
「お市様の言うとおりだ。私はもっと確りせねばならない。だが冬、私を庇ってくれた事は嬉しく思っているよ」
鶴千代は冬を抱きしめて頭を撫でる。
それを見たお市は思った。イケメンすぎると・・・
「も~、折角書いた書面がまた書き直しよ・・・」
俺はまた机に向かい作業を開始する。
「姫様、お茶でも如何ですか?少し休まれた方が良いですぞぉ」
そう言って入ってきた男は俺を見てにこやかに微笑む。
「あらっ弾正来てたの?貴方のお茶なら飲みたいわ」
俺は筆を置いて立ち上がると、虎に預けた梵天丸を受け取る。
「おうおう、梵天丸ゃ。この久爺においで」
弾正は顔をこれでもかと崩して、微笑みながら梵天丸を俺から取り上げる。
「すっかり梵天丸のお爺ちゃんね」
俺は呆れた様に弾正を見る。
「お市様のお子ですからな、可愛くて可愛くてたまりませぬ。惜しむべきはわしの孫に女の子がおらぬことです」
悲しい顔をして話す弾正。
「もう、冗談は置いといて・・・何かあったの?」
俺は弾正を見て話す。
「茶の席にて・・・」
梵天丸をあやしながら茶室に向かう弾正、俺は弾正について行った。
茶室に入ると弾正は梵天丸を名残惜しそうに俺に渡し、茶の用意をする。
「姫、何か報告は上がっておりますかな?」
そう言いながら茶を点てる弾正。
「どんな報告?色々上がってきててね。緊急を要するような件はまだ無いけど・・・」
俺は弾正を見ながら話をする。
「長宗我部の領内が不穏な兆し有り・・・」
弾正が俺の前に茶椀を置く。
「あらっ、今更?」
俺は茶碗を手に持って飲み干す。
「四国で生き残っていた古い思考の武士が暗躍しておるようで・・・」
俺の茶椀を受け取りながら話す弾正。
「あの辺は根切りしてないもんね。でもなんで?暴発させた方が弾正にはおいしいんじゃないの?土佐取れる機会じゃないの?」
俺は弾正に微笑んだ。
「お市様の天下がわしの悲願となりました。その天下を脅かすのは、わしの思うことではありませぬ」
神妙な顔をする弾正。
「じゃちょいとあたしが見に行っちゃおうかしら?噂の姫若子とやらを見定めに・・・」
散歩に出かけるような感じで話す俺。
「ほっほっ、姫は変わりませぬな。道中お供致します」
そう言って頭を下げる弾正。
「後は誰連れてくかな。熊と犬は今、織田領地の警備管理に遣ってるし、猿と半蔵も諜報関連で動かせないし、鴉も雑賀衆と共に琉球行ってるし、虎は子供達の面倒があるし、雉麻呂と半兵衛も公家と寺社の調整に遣ってるし、十兵衛と官兵衛は兄様の雑用があるから、残ってるの蜂と鳶しかいないじゃん」
口に出して言ったら横に気配を感じた。
「我では不服で・・・」
鳶は冷めた目で俺を見る。
「いや、十分です」
俺は即答した。
「では、蜂殿に連絡致しますか?」
「蜂か・・・いないよりましかな?」
そう言って三人は笑いあっていた。