結末の行方
「姫、有馬晴信殿と鍋島直茂殿に、文を届けてまいりました」
鳶が俺の元に現れて、報告する。
「そっ・・・分かってもらえたのかしら?」
俺は鳶を見れずに話す。
「文とルソン、台湾の状況を包み隠さず、お伝えしました」
鳶は淡々と報告する。
「民を、大事にする人物なのか。否か・・・」
俺は琉球の海を眺めながら呟く。
「姫はキリシタンを認めるのですか?」
鳶が俺に質問する。
「・・・、キリシタンで有ろうが、仏教徒であろうが、差別はしないわ。私が忌み嫌うのは、それを使って、差別する考えを持つ奴が唱える宗教よ。キリシタンだから弾圧、仏教だから弾圧・・・それが私が考える悪よ」
俺は暫し、考えてから鳶に話しかける。
「・・・・・・」
鳶は目を瞑り、沈黙する。
「今回の十字軍は、龍造寺隆信の野心を大いに擽ったのでしょうね。そこに付け込んだ賀茂在昌、小少将が巧みだったとも言えるけど、民を犠牲にするやり方は認めたくないわね。武士や豪族の決起に、私は心が痛まない。弱い民を騙し、戦いの場に駆り出す。それは辛いわ・・・」
俺は海に向かって、目を背けた。
森岳城の一室に二人の男が対面していた。
「晴信殿!何故、織田家に味方する。キリシタンの王国が、この日の本に出来るのです!王国を作りたくは無いのですか!」
在昌は晴信に叫ぶように話す。
「・・・・・・」
晴信は目を瞑り、沈黙する。
「何故、黙っておられる。迫害を受けるキリシタンを救済し、王国建設が我らキリシタンの願いではないのか!」
在昌は晴信を睨みながら叫ぶ。
「イエス様、マリア様は隣人を愛せよと仰った。なぜ?十字軍とやらはルソン、台湾の民を虐殺するのだ?私の元にいるキリシタンは弾圧され、行き場を失った者達だ。しかし織田の領地から逃げ込んだ民はおらぬ。迫害を受けたのはこの地、肥前の民だ・・・織田の領地から来たキリシタンは、宣教師達だけだ」
晴信が在昌に向かって叫ぶ。
「くっ・・・」
在昌は言葉に詰まる。
「私は私の信じる教えを守る。十字軍は認めぬ、これはこの城にいるキリスト教信者全員の気持ちだ。気に入らぬなら・・・攻めてこい」
晴信はそう言い放つとその場を立ち去った。残された在昌は、ただその後ろ姿を見つめる事しか、出来なかった。
「姫さん、動いたぜぇ。目的地はここ琉球じゃねぇ、ひっ」
鴉が言い終わる前に俺は被せる様に話す。
「肥前でしょ・・・」
俺の言葉に鴉が驚き、声を出せない。
「この争いに終止符を打つわよ・・・出陣!」
俺は鴉に向かって叫ぶ。
「御意!」
十字軍を追う形でお市の軍勢は琉球を出航した。
その頃、島津の軍勢は有馬晴信の篭る森岳城に入る。
島津が現れた事に焦る龍造寺隆信は、自ら兵を率いて森岳城に向かうが、島津、有馬連合軍が沖田畷に布陣し、守戦の構えを取っていると聞くと、長期戦になるのを恐れた。
隆信は十字軍が到着するよりも早く、織田が介入するのを恐れ、島津、有馬連合よりも兵力が倍以上あった事も隆信の慢心を引き出す。
隆信は長期戦になるのを嫌い、短期決戦を決意した。
これが隆信の命運を分けた。
大軍を生かせない地形に手こずる龍造寺軍に、島津の火縄が一斉に放たれる。
何とか火縄の猛攻を潜り抜けた所に、島津家久の奇襲が龍造寺軍の横腹に突き刺さる。
混乱して、収拾が出来ない事を悟った賀茂在昌は、隆信を逃がす為に本陣の兵を使い、逃げる時間を稼ぐ為に奮戦するが力尽き、討ち死にする。
龍造寺隆信も逃走をはかるが、深田に踏み入れて、逃げ損なった所を島津家臣川上忠堅に討ち取られる。
「兄上、お市様は相変わらず恐ろしい方ですな。全て読んでらっしゃる」
男が話しかける。
「隆景、お主が言うと現実味があるわ。織田水軍と毛利水軍で迎え撃ち、十字軍を押さえ、追いかけてきたお市様の水軍との挟み撃ち・・・相手に同情するわ」
隆元が隆景に苦笑いで話しかける。
「龍造寺は終わりましたな。隆信の野心は自らを滅ぼした。鍋島殿の諫言を受け入れておれば、良き未来もあったものを・・・」
隆景が呟く
「我ら、亡き父上の示した道を歩んで良かったと、心から思っておる」
そう言って、視界に入ってくる異国の船団を見つめる隆元。
「父上はお市様と同じ時代を、共に歩みたかったのでしょうな。最後まで我らが羨ましいと、仰っておりましたからな」
隆景も船団を見つめる。
「元春も拗ねておらねば良いがな・・・はっはっはっ」
隆元は微笑みながら話す。
「ふふふっ、左様ですな」
隆景が相打ちを打つと同時に十字軍からの砲撃が始まる。
「異国の軍などに、日の本の地に一歩も踏み入れさせてなるものか!放てぇ!」
隆元が叫ぶ。
しかし時が経つにつれて、船の数に押され始める織田毛利連合の船団。
「中々に厳しいな・・・」
隆元が顔を歪め、弱音を吐く。
「まだ・・・来ませんか」
隆景が遠くを見つめながら呟く。
そんな辛い状況下で、伝令が駆けて来る。
「殿!肥前の方角より船団が現れて御座います!」
肥前からの船を指しながら話す伝令
「ほう、あの旗は鍋島殿か。覚悟を決めたか、止めに来たか・・・」
隆景が呟く。
「鍋島殿は異国に付くようだな・・・残念だ」
異国の船に合流しようとする、鍋島の率いる船団を見ながら、隆元が呟いた。
「兄上、早計ですな・・・勝ちましたぞ」
鍋島の船団を見て、隆景が隆元に反論する。
鍋島の船団が織田の旗を掲げて、異国の船に攻撃を仕掛ける。
混乱している十字軍に追い討ちをかける様に新たな船団が現れる。
「待たせたわね。潰してあげる・・・放てぇ!」
俺は目の前にいる十字軍の船に向かって叫んだ。
こうして遥か異国から来た十字軍は、五島沖にて一隻も逃げ切れず、海の藻屑となった。




