傾奇者
「かかさま、かかさま」
幼い子供が、寝ていた俺を呼びながら、俺の体を揺する。
「んっ?どうしたの、梵天丸。おしっこ?」
俺は半分寝ぼけながら、梵天丸を見る。
「だれかきた・・・」
視線の先にある人物を見て思わず、口を開く。
「あんた誰?」
俺は少し身構えて、梵天丸を背中に回して庇うような仕草をする。
「俺は前田慶次郎利益、あんたの首を取りにきた」
慶次は俺を見つめて話し出す。
「そう、名乗るなんて自信があるのね。一益の差し金かしら?」
俺は慶次を睨みながら話す。
「ほう、やはり感づいてたか。やっぱやるねぇあんた、叔父御が心酔するだけはあるか」
何がおかしいのか分からないが慶次は笑っていた。
「叔父御とは犬の事かしら?」
俺が問いかけると慶次は頷く。
「ああっ、叔父御は俺が嫌いみたいだけどな。好きになる女の趣味は似てるのさ」
そう言って笑う慶次。
「そんなに話してていいの?囲まれたわよ。あなた・・・」
俺は慶次を睨みながら話す。
「んっ?全て倒してからでもかまわないさ」
慶次がそう言うと、四方から慶次に向かって、棒手裏剣が飛んでくる。
刀で弾き返す慶次、その一瞬の隙に、俺と慶次の間に宗巌が入り込むと、宗巌が刀抜き、慶次に向かって横薙ぎにする。
慶次は後ろに下がって避けるが、後ろにいた巌勝が斬りかかり、持っていた刀で受け止める
「ふぅ、さすが柳生と言ったとこか」
慶次が呟くと上から、百地と藤林が斬りかかる。
「これはちょいときついな・・・」
それでも避ける慶次。
其処に慶次の左右から熊と犬が槍で慶次を突く
慶次に刺さる直前。
「駄目!殺しちゃ駄目!」
俺が叫ぶと槍が慶次の服を斬った所で止まる。
「なんで殺さない・・・」
冷めた顔をした慶次は俺を見て話す。
「あんたに殺気が無かった。本当に殺す気なら、お喋りしないで斬れた筈よ」
俺はそう言って慶次を見る。
「其処まで見て、読んでるのかよ。それに叔父御まで来るとはな。これは参った、参った、降参じゃ」
慶次は刀を捨てて、腰を落として胡坐をかいた。
「あんた、一益の命は受けてないわね・・・」
俺は慶次を見る。
「ああっ、俺が勝手に動いた。俺の勘が姫さんは知ってるって囁いたからさ」
慶次は俺を見る。
「何で斬らなかったの?あたしはあんた達にとって邪魔でしょ」
俺がそう言うと慶次は赤い顔をして下を向く。
「姫さんの寝顔みたら何故か斬れなかった・・・」
「なっ・・・!」
俺は慶次の言葉で顔が赤くなるのが分かった。
「姫様、どうします?斬ります?牢にぶち込みます?縛って吊るします?」
犬が俺に聞いてくる。
「う~ん、どうしよっか?」
俺が悩んでると慶次が決意した顔をして話し出す。
「姫様、俺を雇ってください。お願いします」
正座をして頭を下げる慶次。
「えっ!なんで!」
俺は驚いて目を見開いた。
「この前田慶次郎利益、姫様に惚れ申した!」
頭を下げたまま話す慶次。
「ならぬ!絶対ならぬ!姫の近くにお前など付ければ、姫の自由行動に拍車がかかってしまうわ!」
犬は慌てふためいて叫ぶ。
「んっいいよ」
俺はすぐに承諾した。
「おっやっぱ話が分かるねぇ」
慶次はそう言って正座を解き、胡坐をかいた。
「ああっ・・・」
犬は絶望した顔をしていた。
「じゃ慶次、一益の所に戻って情報回して」
「あいよ!」
慶次頷くと部屋から出て行った。
「しかし、あの慶次とやら中々の武芸者ですな」
宗巌が呟くと、犬以外の者が頷いていた。
「我らの攻めを見事に避けておったのう」
「本気であれば、何名かは殺れていた」
「しかし、味方であれば、あれほどに心強い者もおらぬな」
そう言って犬以外は皆で笑っていた
慶次が一益の屋敷に戻ると実父である益重が待っていた。
「何処に行っておった」
益重が慶次に問いかける。
「んっ女のところさ」
呆れたような顔をして慶次を見る益重。
「一益殿の機嫌が悪い。あんまり出歩くな」
「あいよ、でも何で機嫌が悪いのかねぇ」
慶次は益重に問いかける。
「市が官位を賜ったそうじゃ。お主の言う通り、始末せねばならんかもしれん」
慶次を見ながら話す益重。
「やっと分かったのかよ、遅いな・・・」
慶次は背を向けると自分の部屋に入っていった。
一条邸の一室で三人の公家(近衛前久、山科言継、一条内基)が話をしていた。
「信長め、あのような女子を参議にせよと帝に上奏するとは前代未聞でおじゃる!しかも従一位の位階とは破格過ぎるでおじゃろう!」
内基は喚き散らす。
「落ち着きなされ、今は我慢の時で御座いましょう」
言継が内基を落ち着かせようと声をかける。
「落ち着けるものか!山科殿は帝の心痛をわからぬのでおじゃるか!」
内基は言継に噛み付く。
「信長の天下がもうすぐ崩れのでおじゃろ?今少しの我慢はするべきでおじゃるよ」
傍で聞いていた前久が話しに加わる。
「近衛殿があのような田舎者を甘やかすからこうなったのでおじゃる。責任は感じてもらわねば困るでおじゃる」
内基が睨みながら話をする。
「織田が、帝をこのように扱うとは、思わなかったのでおじゃる」
前久は頭を下げて肩を落とした。
「しかし、本当に異国を引き入れて良いもので御座いますか?」
言継が懸念の言葉を出す。
「大丈夫じゃ、ローマ法王とやらが、帝を日の本の王と認めておじゃる。織田を滅ぼせば、帝を中心とした公家と武士の栄華が待ってるでおじゃるよ」
顔を崩して笑う内基、それに釣られるかのように二人も笑った。
「これで帝も心休まるでおじゃろう・・・ほっほっほっ」
「民は馬鹿なままが良い・・・ほっほっほっ」
「まっこと、まっこと・・・」
三人は夜更けまで話していた。




