鳶の不覚
土佐から堺に向かう船に一人の女が乗船していた。
女は船室の中に入ると口を開く。
「いるんでしょ。出てきなさい・・・」
女がそう呟くと一人の男が姿を現した。
現れた男の顔を見て安堵の表情を浮かべる女。
「お主らしくも無い、付けられるとはな」
そう言って手にした棒手裏剣を女の後ろに向かって投げる。
「クッ!」
投げられた棒手裏剣が男の腕をかすり、傷を付ける。
「なっ!誰!」
女は自分の後ろにいた男に向かって、驚きの表情を浮かべる。
「そいつは鳶加藤、お主の邪魔をした者の飼い犬よ・・・」
謎の男は呟くように話す。
「我の穏形を見抜くか・・・」
鳶は男と対峙しながら話す。
「わしらに穏形は通じぬ、生かしては返せぬゆえ・・・死ね」
片手を上げると数人の男が鳶を囲む。
「これほどの手錬がおるか・・・ここは引く」
鳶は男達を見て、瞬時にこの場から逃げる事を決める。
「ほう、さすがは鳶加藤、判断が早い・・・しかし、逃げ切れると思うてか」
男はすぐさま、追撃して切りかかり、船の縁まで追い込む。
「クッ!」
鳶はかわしきれず、肩を切られて海に飛び込んだ。
「もはや、助かるまい」
海を眺めて呟く男。
成り行きを見守っていた女が話し出す。
「さっきの棒手裏剣にも、その刀にも、毒が付いてるようね。それに船から落ちて、陸地まで泳ぎきれる距離でもないでしょうしね」
女が呟くと男が話し出す。
「仕留めたかどうか確認をしたかったが、仕方なかろう」
二人は鳶が落ちた海を見て呟いていた。
暫く、土佐に滞在していた俺達は、鳶の報告を待っていた。
「わざと逃がして、泳がせて、黒幕まで一気に行きたいところだけど・・・」
俺が梵天丸と遊びながら呟く。
「ちと、遅いですな」
久爺が呟く。
「段蔵がしくじるとは思えませんしな、何やらあったやも・・・」
百地がそう口にした時に、見知らぬ男が慌てて現れる。
「んっ!お前は根来の手の者か?」
藤林が男を見て呟く。
「はっ!津田算正の使いの者です」
男は俺を見て、素性を語る。
「何で?津田殿があたしに用事があるの?」
俺は首を傾げて使者を見る。
「加藤段蔵様が重症にて、当家にて養生中との事を伝えに参った次第」
頭を下げて話す使者。
「・・・すぐ行く」
俺は氷の様な表情に変わり、立ち上がる。
「姫!おまちを、鳶程の手錬がやられたとあらば、警護を厚くせねば危険です!」
藤林が叫び、百地が首を動かして同意する。
「そんな暇はない・・・」
俺が冷めたような言葉を返すと二人は沈黙する。
「藤林殿、阿波に行って柳生宗厳という男を連れてきてくれ」
久爺は依頼する
「おおっ!畏まりました」
藤林はすぐに姿を消して阿波に向かった。
「百地殿、姫の周辺警備に忍びを配置してくだされ」
「御意!」
「蜂殿、川並衆を館の周りに配置してくだされ」
「わかったぜぇ!」
二人に指示を出すと、久爺は梵天丸を抱きかかえ、俺に話しかける。
「姫、あまり気になされますな。我ら姫の為なら、この身朽ちても構いませぬ。鳶もそう思っておりましょう」
俺は自分の甘さに腹が立って立ち尽くしていた。
敵を甘く見ていた。鳶だけで十分であるとの慢心が、招いた結果を俺は、強く後悔していた。
「少し、落ち着かれよ」
久爺は茶を俺に手渡す
「鳶を倒せる手錬なれば、おのずと人物が限られてきますな・・・」
久爺は庭に出て話しかける
「織田の手に落ちてない、手錬を使える者。親直を操った女、小少将。もはや確証に近いわね・・・」
俺は落ち着きを取り戻しながら茶を口にする
「土佐はあの者らの息がかかっておりますからな。主犯は・・・」
久爺が口を濁らせる
「さすがに兄様とも相談しなきゃならないわ。あいつ等が馬鹿なことする前に止めないと・・・不味い事になる」
数日後、急いで来たであろう二人の男が、疲れも見せずに、俺の前に肩膝を付き、挨拶する。
「松永家家臣、柳生宗厳で御座る。これは嫡男、厳勝で御座る。先代様より、お市様警護の任を承り、参上致しました」
真面目だ。堅苦しいぐらい真面目だ・・・俺は心の中で呟く。
そんな時、宗厳と厳勝に向けて、棒手裏剣が四方から飛んでくる。
「なっ・・・」
俺が驚いていたら、一瞬で全ての得物が叩き落されていた。
得物が落とされたと同時に百地と藤林が二人に切りかかる。
二人は流れるような動きで避けて、刀を二人の首元に触れた所で止める
「降参じゃ」
「参った」
百地と藤林は白旗を揚げる
「腕試しをされるとは、中々手厳しいで御座るな・・・」
宗厳が少し拗ねたように話す
「姫の警護、抜かりが有ってはならぬゆえ・・・申し訳ない」
藤林は、悔しそうな表情をしていたが、二人に謝罪する
「いや、良いで御座る。某も姫には、期待している一人ですからな・・・はっはっはっ」
宗厳はそう言って笑っていた
「しかし、柳生は剣の道を究めようとする武士。姫の考えは合わぬのではないのか?」
百地が不思議そうに話しかける
「柳生の剣は活人剣、人を生かすために剣を振るう。誇りや名誉で振る気は御座らん。姫の考え、行動は、柳生の本質と被っておる。ゆえ、この任の話を聞いた時に、我ら二人、天命と思ったほどよ」
柳生の二人はそう言って微笑んだ。
そんな二人を見て、お供の者達は、つられた様に笑い合っていた。
「揃ったようね。じゃ鳶のいる所まで行きますか」
「「「「「「御意!」」」」」」
そして俺達は、急ぎ土佐を出て、紀伊に向かったのだった。




