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大陸

店を出た3人と一人の少女は、そのまま裏通りを歩く。人通りが少ない方が都合がいい。彼女は目立ち過ぎるのだ。


「おい、レギオル。その娘、どうするつもりだ?言っとくがあの奴隷商人が違法だったとしても、そいつは魔族だ・・。どの道助かる未来はなぇ」


「知っている。魔族と邪教徒は大陸中で狩りの対象だからな・・」


「それがわかってんなら!何でこんな面倒なことするんだ!?聖法庁から目をつけられるかもしれねぇ。相当危ない橋を渡ってるんだぞ!理解できねぇぜ、ったく」


「魔族」・・・、この世界「大陸」に太古の昔より存在する人間とは異なる種族。聖法庁の二大聖典であり、世界の創造が書き記されている「原聖典」によれば、かつて魔族は「エルフ」と呼ばれ、全能の神が人間に仕えさせる為に創造した人間の贋作であったという。その後、全ての創造の業を成し終えた神は人に後事を託して長き眠りについたが、それを好機とみたエルフ達は人間に反逆し、そのくびきを人間の血によって払いおとした。不当な手段によって地位を簒奪したエルフ達はほどなくして堕落し、神から与えられた英知を独占した。エルフ達は背徳の限りを尽くして、大陸に巨大な帝国を築いたが、その支配は永遠には続かなかった。

人間の救いと救世主の記録、及び彼の弟子たちの記録が記されているのが「聖法典」であり第二の聖典である。そこには堕落したエルフ達に戒めの声と、虐げられた人間達に神の英知を示したメシアの教えが書かれており、メシアは神の英知を独占するエルフ達を糾弾、人間に光をもたらしたが、エルフ達の暴挙によって捕えられ、西部山脈の中腹(現聖都)で処刑された。その後、彼の10人の弟子たち(10聖人という)は彼の教えに従って神の英知を全世界に広めていき、人間はエルフ達を支配者の座から引き降ろし、大陸におけるその正当な地位を回復、神が最初に創造した正しい秩序を取り戻したという。それからおよそ1000年、メシアの教えは体系化され光を尊ぶ宗教として聖法庁が遥か昔に成立し、メシアが処刑された場所には聖都が建ち、大陸往路上に存在するので、毎月数千人の巡礼者が聖都を訪れる。聖法庁の権威は大陸中に浸透しており、ほぼ全ての人間がこの教えを信じている。また暦や月、曜日、時間の数え方にまで影響しているので人々の暮らしに否が応でも密接に結びついている。聖法庁を統べる法皇の権力は絶大であり、その威は帝国皇帝をも凌駕する。過去、実際に時の帝国皇帝が聖法庁の停戦勧告を無視して西方諸国に攻め入ったことがあるが、聖法庁は法皇の名の下に皇帝の破門を宣告、諸侯らの離反と造反を招き、腹違いの皇弟が「神敵」を討つという大義名分のもとに諸侯らをまとめて、皇帝を捕縛、退位させ、身ぐるみを剥がして囚人のごとく聖都に引いいていき、聖都の広場で多くの西方諸侯が見守るなか、元皇帝は「神敵」として火刑に処された。

それほどの権威をもつ聖法庁が目の敵にしているものが二つある。一つは「魔族」、かつてのエルフ達の子孫であり、忌むべき種族。もはや大陸西部~中央平原には存在しないが、辺境の東部地方ではまれに発見されるらしい。魔族は見つけ次第、危険が伴うようであれば問答無用に斬殺、或いは危険でなくてもあるべき秩序に従って奴隷化することが聖法庁によって義務付けられている。そしてもう一つが「邪教徒」である。元々は辺境の貧しい東部に多かったが、戦乱によって疲弊した農村部や帝国からの重い税に苦しむ小国などで秘かに蔓延しているという。噂によれば彼らの一部は太古にエルフ達が駆使した秘術を用いて人外の怪物を生み出しているとも言われているが確証は得られていない。特に5年前から急激に増加しているとの報告もあり、こちらもやはり見つけ次第危険があるようならば即斬殺、捕縛した場合は聖堂(聖法庁の出先機関であり、礼拝所。大陸の西部~中央ならば地方の村でも一つは必ずある)に引き渡し、派遣された聖騎士が大きな町に連れて行く手筈となっている。

この世界である「大陸」は基本的に西部~中央平原が豊かな土地である。大陸全体の人口は正確には誰もわからないが推定約1億というのが定説であるが、東部にはその1%以下、およそ100万人未満しか在住していないとされている。

大陸は鈍い5角形の形をしており、西部と中央とを区切る西部大山脈、東部と中央を区切る東部山脈(こちらは西部大山脈ほど長くはない)が縦に走り、西部大山脈が終わる南部からは大河が流れ出し、南部中央平原の中心へと至り(旧プロイセル王国の版図)そこから中央平原を縦に割るように北へ流れて行き、やがて右斜めに向きを変えて帝都がある銅湖へと繋がり、遂には海に出る。大陸を左ななめ下から中央にかけて斜めに切る大河であり、極めて重要な水源、及び資源の元である。これは「第一大河」と一般に呼称され、西南南方諸国から旧プロイセル王都、大陸往路上にある古代遺跡都市「セトラル」、そして帝都へと流れるので、それらの都市を結ぶ一連の物流手段としても活用されている。また、同じく西部大山脈の谷間にある湖(その中にある町を湖上都市オルトロープといい、独立した都市国家である)から流れ出て西北諸国へ、もう一方は中央平原最北部の帝国領へと流れる「第二大河」も太古よりその恵みを多くの生物にもたらしてきた。2つの大河は西武~中央平原にかけて流れているので、東部にはその恩恵は届かない。また、東部は物流手段も乏しく、かろうじて大陸の南北には帝国の辺境領からの陸路と、旧プロイセル王国領からの荒々しい陸路が東部地域へと繋がってはいるが、街道が整備されているわけではなく、道中も夜間は魔獣が出没する危険な旅路となる。故にほぼ唯一安全に東部へと至る手段は「大陸往路」であった。この大陸往路はいつの時代に整備されたのかもわからないほど遥か昔から大陸の人々に利用されてきた最重要陸路である。西部諸国から西部大山脈中の聖都、中央には遺跡都市セトラル、そして東は東部山脈の渓谷へと続き、開けた平地が存在する。そこに要塞のように築かれた、冒険者ギルド本部がある完全自治都市「フリダム」があり、フリダムから先は、東部地域が広がり一本道の街道が、偉大なる冒険者クリストファーとその仲間が切り拓いた港町、「イーストクリス」へと伸びている。基本的に東部(東北・東南含む)全域は辺境とされ、とても貧しい。大河がない事に加えて、太陽の上っている時間が西部に比べて短く、東部からは太陽は一つしか見る事が出来ず、陽光の量も少ない。また、多くの魔境や秘境が残っており、人の住める土地が極端に少ない。魔窟がいたるところに存在し、全ての生物を拒むかのようなツンドラの大地に、凶暴な魔獣が跋扈し幾多の冒険者が命を落とした暗黒の森、竜が住むと言われている頂上の見えない山々に、様々な怪鳥が生息し不死鳥が君臨すると噂される死の渓谷・・・。数え上げればきりがないが、人間が腰を降ろし根付いて行くには未だ過酷すぎる地ではあった。しかしそれ故に一攫千金を狙う多くの冒険者を惹きつけてやまないのもまた確かな事実であった。実際、冒険者のパーティが新発見の魔窟に挑み、多くの金銀財宝と希少価値の高い素材を多数持ち帰ったという話しは山ほど溢れている。そのような土地なので、聖法庁の目も届きにくく、大陸の西部~中央ほどには熱狂的な信者が多いわけではない。噂では魔族と共存している開拓村もあるという・・。聖法庁は度々東部の教化を命題に挙げているが、危険な地域ゆえに事が上手く運んだためしはなかった。希少価値の高い素材の利権を狙っているのは明らかだが、ことごとく冒険者ギルドの妨害と他国の思惑によって失敗している。東部地域では信じられるのは己だけ、己の身は己の力と知恵で守るという考え強く、冒険者ギルドの影響力が聖法庁のそれよりも大きいという実態がある。


「・・・・とにかくどこか隠れる場所があればな」

少女の手をひきながら足早に路地裏を歩く。


「・・・・それなら一応心当たりはあるぜ。絶対安全とは言えないが、頼んでみる価値はあるだろうな。」


「本当か?頼む、案内してくれ」


「ま、どうせそこに行く予定だったしな。丁度いいだろう。乗りかかった船だ。ついてきな。ところで嬢ちゃん、名前はあるのかい?」


声を掛けられた少女はビクッと怯えるような反応をしたが、やがて徐に口を開いた。


「イリア・・・。お母さんがくれた・・。もういないけど」


「そうか・・・。イリアか。俺はペックだ。よろしくな嬢ちゃん」


「イリア」


「あん?」


「イリア、嬢ちゃんじゃない」


「そうか、悪かったな。イリア嬢ちゃん」


「・・・・・」


「どうした?不満かい?」


「・・・嬢ちゃんじゃない。もう子供じゃない」


「大人に手をひかれている内は子供っていうんだぜ。イリア嬢ちゃん」


イリアが反論しようとした時、レギオルが歩く速度を上げた。


「誰かが追って来る。2名・・いや3名だ。明らかに俺達をつけている」


!!


ペック達も一斉に顔を強張らせる。

いつの間にか全員駆けだしていた。

考えられる追っ手はズムール商会の護衛か、帝都府の役人、或いは聖法庁の聖騎士も僅かながら在り得る。


足音はどんどん近付いきており、間もなく姿を現すところまで来ていた。これは最早尾行ではなく追跡と考えた方がいいだろう。


3名・・仮に手練れだとしたら子供を抱えたこっちは不利な事この上ない。

どうするのが最善か。このままでは追いつかれる。戦うには不利過ぎるし、子供だけを逃しても無意味だ。とすれば・・・。


レギオルはペックと視線を交わす。彼も同じことを考えていたのだろう。僅かに頷く。次の十字路に差し掛かった時、レギオルはイリアをの手をペックに向けて放り、ペックはイリアの手を掴むとイリアを抱えて脇道にそれて全力で走りだした。


レギオルはそれを確認すると道をふさぐように踵を返し、腰の大剣を抜いた。


手を離す瞬間、イリアの「あっ」という声が聞えた気がした。



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