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闇と水滴

初めて書きます。生温かい目で見守ってください。。

ポチャン

暗い。果てしなく暗い闇。一切の光が遮断されたこの空間で、どれほどの時を過ごしただろうか。何も見えないし、何も聞こえない。そう、水滴の音以外は。

ポチャン

また垂れてきた。昨日は雨でも降ったのだろうか。こうも不規則では時間感覚が狂う。いや、とうの昔に狂っているだろう。もはや自分が正気かさえわからない。在るのは暗黒だけ。焦点を合わせず虚空を見続ける。暗闇の奥で何かが揺らめく気配を感じる。来た。これだ。この揺らぎの源を覗き込む。永遠に続く底知れぬ闇、その中に感じる微かな予感。来る。ふと視線を感じた。顔が浮かび上がる。誰だ、この顔は…いや見覚えがある。この輪郭、そして瞳。瞳の中に移る揺らぎ、小さな光、炎。そうだ、こいつを知っている。何度も脳裏に浮かんでは消える、追憶の灯。ああ…手を、腕を、動かそうとする。

ポチャン

はっとする。もう揺らぎはない。また暗闇だ。もう何度繰り返しただろうか。闇との対話は果てることなく続き、闇もまた自分を覗き込んでくる。やはり自分は狂っているのかもしれない。それはそうだろう、この独房に入れられてからは一瞬たりとも陽光を浴びていない。いやランプや松明の火さえ目にしていない。もし今、独房を出る事になれば突然の光によって色を失う名だろう。出る?ここを?まだそのような考えが出来る自分に驚愕する。当たり前だがここでは外界との接触はほとんどない。12回目の水滴が落ちる頃に、番兵が腐ったパンとジャガイモ、塩のスープが入った器を放り込みにくる。その足音と金属の擦れる不協和音、湿ったパンの感触、這い蹲りながら飲むスープの薄味が、唯一の生の実感、生きているという感触を与えてくれる。それだけだ。これまでも、この先も。もう自分に生きている意味はないのだから。自ら命を絶たないのは、自殺の意味すら見出せないから。自らの意思による行動が、能動的な行いが、一切の意義を持たない。自分は亡霊だ。生きながらに死んでいる。或いは死にながらに生きている。あいつは今の俺をみたら悲しむだろうか。それとも嗤うだろうか。どうでもいい。考えるのも疲れた。意味のない事を思考しても何も変わらない。

ポチャン

水滴が垂れた。考えるのを辞めてからどれほどの時が経ったのだろう。自分は眠っていたのだろうか。夢と現実が交わる暗黒で、またもや揺らぎが生じる。また繰り返すのか。五感が空間と溶け合う不思議な感覚を味わいながら、それは来た。

カツン、カツン、ガチャガチャ、カツンカツン、ザッザッザッ

番兵の足音だ。もう食事の時間なのだろうか。だがおかしい。変だ。いつもとは違う足音。一人ではない。それも大勢だ。14,5人はいる。おかしい、明らかにおかしい。

途中で他の独房の鍵を開ける音が聞こえる。それと同時に囚人の怯えた叫び声も。


「ひがり、ひがりぃぃぃ!!」


「出ろ!陛下の温情だ!」


「ひぃ!ぐるなぁ!ぐるなぁ!!」


「ちっ!狂ってやがる。おい、こいつを外につまみ出せ!」


「はい、しかしいいんですか?こんなイカれた奴使いもんになりますかね」


「構わん。とにかく息のあるやつは全員連れてこいとのお達しだ。イカれてようが俺たちの知ったことではない。」


「それもそうですね。しかしまぁ、なんでこんな役目に。気味が悪いったらありゃしないですよ。おまけにこの臭い…。本当についてないですよ。とっとと終わらせて給金で一杯やりたいですね。」


「そうだな。何、大罪人といっても殆どが発狂しているか、足腰が萎えた奴しかいないさ。怖がる事はない。例の亡霊もひょっとすればもう死んでいるかもな。」


「ですが番兵の報告ですとちゃんと食事は摂っているようです。番兵が嘘をつく理由はありませんし、本当に生きているのでは。」


「うむ、だがにわかには信じられんな。もう既に5年経つのだぞ。ねずみに餌でも与えているんじゃないのか。或いは本物の亡霊か…」


「辞めてくださいよ隊長…つきが落ちますぜ」


「ふん、行くぞ」


数人が一団となってやって来る。歩調が速い。まっすぐこちらに向かってくる。誰だ?何の用だ?処刑か?…あり得るな。

めずらしくも新鮮な思考を巡らしていると、扉が開いた。松明の光が差し込む。眩しい。鎖に繋がれた腕でジャラジャラ鳴らしながら目元を覆う。目を瞑った先で光が溢れてくるのがわかる。懐かしい感覚だ。僅かばかり目を開ける。瞼を細めつつ淡い色と仄かな明るさが瞳の奥を刺激する。先頭の兵士が、こちらは鼻に腕を当てつつ、口を開いた。


「レギオルだな?なんと…。まだ生きていたとは」


「これがレギオル…。継承戦役の英雄。カメルンの生ける亡霊…」


「本当にいたのか…」「おい、生きてるぜ。信じられねぇ…」


ザワザワ、兵士たちが口々に感嘆とも似つかない驚愕の声を漏らしていく。

ピチャン

水滴が落ちた。だが地面ではなく兵士の頭の上だ。決して変わる事のなかった不文律の音はこの瞬間をもって崩れ去った。同時にそれは暗闇の終焉をも意味していた。その変則的な水滴音に彼の、レギオルと呼ばれた男の思考と感覚は急速に回復していた。

話さねば。何を?わからない、わからないが、何か声を出さなければならない。これは幻ではなく、現実だと確かめるために。自分はまだ正気を保っているのかを知るために。


「ぁ…、ぅ…ぁ…?」


声が出ない。当然だ。どのくらいの期間かわからないが、発声などしていなかったのだから。だが分かったこともある。自分は今、久方ぶりに、本当に久しぶりに能動的な行為を行っているのだという事。不思議だ、生きている、自分は確かに意志を持って生きている。狂ってはいない。聞こえる心臓の鼓動音、熱い、胸が焼き焦れるように熱い。わかる、これが生きているという事だと。己の存在が誰かに実感されていること。痩せ細った体からは涙すら出てこないが、今、自分はかつてないほどに生の実感を得ている。かつて幾多の戦場で、幾多の敵を斬り、幾多の味方を失ったが、今この瞬間ほど生を感じた事はなかっただろう。ほんの一瞬の出来事ではあるが、彼は、レギオルは確かに感動を得ていた。

先頭の兵士が再び話し出す。どうやら彼が隊長のようだ。


「声が出ないようだな。無理もない。だがその様子ではどうやら正気らしいな。貴様は運がいい。釈放だ!畏れ多くも神聖なる帝国皇帝、フェルナンデス3世陛下の恩情により、本日をもって無罪放免!同時に、臨時懲役軍「鉄鎖騎士団」への入団試験を命じる!連れ出せ!」


隊長の指示により兵士2人がレギオルの鎖を解放する。ジャラ。解き放たれた男はしかし、動くことは出来なかった。腕は痩せ細り、腹はあばらが浮き出ている。足は萎えているのか、動かす気配がない。兵士たちは互いの顔を見合わせ、多少の安堵と共にレギオルの脇を掴み起こそうとする。それに気付いたのか、ピクンと彼の身体が震えた。そして兵士たちは信じられない光景を目の当たりにした。立ったのだ。自力で。誰の力も借りずに己の足腰で。誰もが息を呑んでいた。驚愕と共に瞠目する兵士たち。それもそうだろう、この立つことを許されない地虫の巣穴のような特別地下牢に、5年も放り込まれていた男のなせる技とは到底思えなかった。そして何よりも、体中が痩せ衰えてなお迫力のある体格。身長は兵士よりも頭二つ分は高い。骨と皮のようなみすぼらしさが目につくが、かつては引き締まっていたのだろう、彼の肩幅は広い。


「ひっ」


見上げる兵士たちに恐怖の色が伝染する。兵士たちが一歩下がる。怯えた表情を浮かべつつ、腰の剣に手を伸ばす。


「これは驚いた。自力で立てるのか…。だが無理はしない方がいい。足が震えているぞ。下手をしたら二度と立てなくなる。安心しろ、お前に危害は加えない。そういう命令だ。だから、肩の力を抜いてここは大人しく我々に従ってくれないか?」


問いかけられたレギオルはしばらく隊長と視線を交わしていたが、やがてゆっくりと頷いた。それを合図に兵士は再びレギオルに恐る恐る近づき、脇に肩を入れる。抵抗はなかった。事切れたように項垂れながら力なく、兵士に寄りかかる彼の姿は隊長を始めその場の者を一様に安心させる効果があったようだ。彼らは滞りなく最後の任務を遂行し、レギオルを5年と20日ぶりに外界に連れ出した。石畳の薄暗い地下牢の廊下から地上に出た時、外の心地よい冷気が彼の頬をなぞった。季節は初秋。人々が豊かな実りを神に感謝し、一年の収穫を得る時節、空に浮かぶ二つの太陽が彼の生還を祝しているようだった。



最初のうちはなるべく間隔をあけずに投稿したいです。

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