準備
「晴彦、これをあそこに置いてほしいにゃ」
荷物を持っていて、両手が塞がっているシャミが、目の前にある箱を見ながら俺にそう言ってきた。
「わかったー」
俺はそう言ってシャミの所にいくと、言われた通り、箱を指示された場所に持って行った。
今俺たちがしているのは、ミケおばさんに頼まれた仕事だ。
なんでも、スズ村の隣にある『フント村』から客が来るらしい。その客を歓迎するために、朝から俺とシャミ、他の村人と一緒に準備をしているのだ。
「にゃにボーとしてるにゃ、ちゃんと働くにゃ!」
少し立ち止まっていた俺を見て、シャミが可愛く怒っていた。
「すまん。で、次はどうすればいいんだ?」
「しっかりするにゃよ? んー、ちょっと待つにゃ」
シャミはそう言って、広場の中央でみんなに指示を出していたミケおばさんの所へかけて行った。
シャミに聞いた話によると、ミケおばさんはこの村の村長の奥さんらしい。
普通こういうのは、村長直々にやるもんだと思うんだが……、なんでも、村長は気が弱く、人を指示するなんてとても出来ないらしい。
なので、現場の指示も奥さんに任されたんだとか。
どこの世界でも、奥さんの方が強いんだな……。
俺は、ふとそんなことを思いながら、シャミの帰りを待った。
「はるひこ〜、とりあえずここはもういいから、少し休んでていいって、言ってたにゃ」
お、休憩か。流石に朝から働いてたから、足にきてたんだよな。
「わかった」
「シャミは家に帰ろうと思うけど、晴彦はどうするにゃ? スズ村をいろいろ見て行ってもいいにゃよ?」
探索か……。確かに、俺はこの村に来てから、シャミの家と銭湯にしか行ってない。
この際だし、いろいろ回ってみるか……?
「ん〜、一人で回ってもわからんしな」
俺はしばらく考えたあと、そう言ってシャミを見た。
「確かにそうだにゃ。……ならシャミがいろいろ案内してあげるにゃ!」
シャミが思いついたようにそう言うと、まだ何も言っていない俺の手をつかんだ。早速案内してくれるみたいだ。
「よ、よろしく」
俺は、シャミに引っ張られながらそう言って
、少し遅れた足をシャミの歩幅に合わせる。
スズ村はそんなに大きくない。
シャミと一緒に見回っても、すぐに終わってしまった。
教会や薬を売っているお店。一応、装備品が売っている店なんかもあった。
だいたい見回ったのでどうしようか考えていた時、ちょうど俺のお腹が、グー、となった。
「お腹が減って来たな」
お腹がなったことを少し恥ずかしいと思いつつ、笑いながらシャミにそう言った。
シャミはそんな俺を見て笑っている。
「それじぁ、そろそろお昼ご飯を食べようかにゃ」
シャミはそう言って、自分の家に向かって歩き出した。俺もそれに遅れまいと、歩き出す。
シャミの家は近くにあったので、家に入って、すぐに昼食を作った。
出来上がった簡単な料理を食べながら、この後どうするかシャミに聞いてみることにする。
「そろそろ広場に戻るか?」
俺は昼飯を食べながら、同じく、俺の前で食事をしているシャミにそう聞いた。
「そうにゃね。村もある程度の所は回ったし……。食べ終わったら、また広場に向かうにゃ」
「了解」
俺はそう言うと、残っている飯を一気にかき込み、残ったお皿を台所へと持って行った。
「ごちそうさま」
「夜に一気に洗うから、そのまま置いといて大丈夫にゃ」
まだ食べているシャミが、俺に向かってそう言って来た。
「わかった」
俺はそう言って、取りかけたスポンジを諦め、再びテーブルの方に戻るとシャミの前に座った。
飯を食ってるシャミ、可愛いな。
俺はそんなことを考えながら、シャミのことを見て時間を潰した。
「そんなに見られると、恥ずかしいにゃ」
シャミが、じっと見ていた俺に対して頬を赤らめながらそう言って来た。
やばい、可愛い。
そう思いながらも、俺は食いにくそうにしていたシャミのために視線をそらすと、今度は外の景色でも見て時間を潰すことにした。
「ごちそうさまにゃ」
シャミが手を合わせながらそう言った。そして、残った食器を台所に持って行って、再び戻ってくる。
「さぁ、そろそろ行くかにゃ」
「そうだな。よし、午後も頑張ろう」
「頑張ろうにゃ」
ニコニコしているシャミはそう言うと、玄関を開けて、外に出る。俺もそれについて行き、一緒に広場へと向かった。
辺りはすでに暗く、空にはぼんやりと光を放つ月が浮かんでいる。つまり夜だ。
スズ村の広場から続く道を歩く、二つの影があった。
「疲れた……」
俺達は、ミケおばさんに頼まれた仕事を、今さっきまでしていた。
「シャ、シャミも流石に、疲れたにゃ……」
隣ではシャミも、ぐったりしながら歩いている。
シャミも疲れてるな。この後は、飯を食って、風呂に入って、魔法の修業か……。
「シャミ、今日も魔法の修業はやめとくか?」
「にゃう〜……、ごめんにゃ晴彦、確かに今日は、もうにゃにもしたくにゃいにゃ」
「わかった。気にするな」
シャミも女の子だ。あまり疲れを溜め込ませてはいけない。
それでシャミが倒れたりしたら、大変だしな。今日はやめておこう。
そんなことを考えながら、シャミの家に帰った。
俺達は家に着くと、早速飯を作ってそれを食べた。
その後、一緒に風呂に入りに行く。……もちろん別々に入った。
何をしようか。
今俺は、シャミが風呂から出るのを、銭湯の外で待っているところだ。
しばらく考えた後、一人で魔法の修業をすることにした。まずは簡単な『イグニッション』や、『ファイアーボール』を練習する。
ついでに、魔力のコントロールも練習しておく。
「イグニッション!」
俺の手の上には、バスケットボールぐらいの大きさの火の塊が浮かんだ。
それを調節して、ソフトボールぐらいの大きさにする。
シュンッ。
そんな音がして、どんどんと小さくなっていく。
「これぐらいで、大丈夫かな。『ファイアーボール』!」
小さくなった火の玉を、近くにあった岩に向かって飛ばした。
火の玉が当たった岩は、小さな後を残しただけで、壊れることはなかった。
よし、こんなもんだろう。
『ファイアーウォール』や『ファイアーウェーブ』は、結構派手な技なので、ここで使うのはやめておこう。
もう一回『ファイアーボール』の練習をすることにした。
そういえば、試したいことがあったんだ。
そう思った俺は、『ファイアーボール』を詠唱してから、小さくする。そして火の玉に意識を集中させた。
出来るかわからないけど……。
俺は、右手の上で火の玉を浮かばせつつ、左手でも火の玉に意識の糸をとばす。
すると、最初は動かなかった火の玉が、左手を動かした通りに動いてくれるようになった。
やればできるもんだな…。
そう思っていると、後ろから誰か来る気配がした。
「はるひこー、どこだにゃー」
どうやらシャミが風呂から出て、俺を探しているようだ。
俺は、飛ばしていたファイアーボールを消すと、急いでシャミの所に行った。