私立Dies学園
私立Dies学園。
90年前、ドイツと日本の交流のために創立された。
学園の校風は一言で表すなら、そう「自由」であった。
そして、この学園の校風が自由たる所以は生徒会にある。
校則。それは教師が決めるのではない。
生徒会長にある者が決めるのだ。
「我の言葉こそ正当!」
という初代生徒会長の言葉と、それを容認した創設者により、半ば強制的に受け継がれてきた伝統だ。
校長を務めるロート・シュピーネは昼休みの校舎を歩きながら、物思いに耽っていた。
「ふぅむ……やはり少し舐められているのでしょうかね」
甲高い声と青白く痩せ細った風貌、そして異様に長い手足のシュピーネは、舐められている、というより気持ち悪がられているといった方が正しいかもしれない。
「それに……だいたい……」
ぶつぶつと呟いているシュピーネは、急に視界が暗くなったことで誰かと鉢合わせた事を悟った。
というか、ここまで暗くなるのは1人しか心当たりがない。
見上げると案の定、体育教諭のトバルカインが仁王立ちしていた。
通常比喩のはずの言葉が、この人物の前では比喩では無い。
3m近い巨漢と小山のような筋骨隆々の体躯。
そして、人間離れした貌は、まさしく寺社仏閣で見かける仁王像だ。
「ドケ」
短くそう告げる。
反論などせずに、ここは道をあけておくか。
無言で道を空けると、トバルカインは何も言わずに去っていった。
心持ち、いつもより愉しげだったが何かあったのだろうか?
その答えは、保健室の前で分かった。
「いつもいつもホントに!」
女性の怒った声が廊下にまで響いてきた。
保健医のリザ・ブレンナーの声だ。そして、この時間帯に彼女の叱責を受けるのは大概相場が決まったいる。
中を覗き込むと案の定、彼女の夫で歴史教諭のヴァレリアン・トリファが正座で半べそをかいている。
右目の辺りに青あざができているが?
「娘の着替えを覗くなんて、どういうつもりですか!」
「本当に申し訳ない……」
あぁ、そういうことか。
ヴァレリアン教諭は授業も分かりやすく、人間性も素晴らしいと評価が高いのだが、唯一娘の氷室 玲愛に関連する変態的行動が問題になっている。
おそらく顔の痣はトバルカイン教諭に現行犯で捕まった時のモノだろう。
彼は、ヴァレリアン教諭に対して容赦がないうえ、ヴァレリアン教諭をいじって楽しむ癖があった。
「まぁ、夫婦喧嘩は犬も食わぬと言いますし」
無関係を決めるとシュピーネは先に進んだ。
中庭に出た。
昼食を食べる学生で賑わうなか、一際目を引くグループが2つあった。
「はい、戒、卵焼き♪」
「ありがとう、ベアトリス。……うん、おいしいよ」
隅のほうに座っているとはいえ、溢れる幸せオーラは如何ともしがたい。
カップルは学校でも有名な櫻井 戒とベアトリス・キルヒアイゼンだ。
まぁ、昼日中から見せつけられては、温厚なシュピーネでも思うところはある。
だが!
それ以前に!
危険な2人組が!
「やっぱり、髪の毛が一番ベストだと思うの」
「うんうん。爪も捨てがたいけど、ちょっっと堅いのよね~」
髪の毛云々の話をしているのは、先ほども名前が挙がった氷室 玲愛。それに対し相槌を打っているのはルサルカ・シュヴェーゲリン。
驚くなかれ、彼女たちが話しているのはチョコレートの内容物についてだ。
あの2人の周囲だけ、異様に人が少ないのも無理もない。
シュピーネも早々のこの場を離れる事にした。
「逝けやヴァルハラァァァァ!!!」
廊下を歩いているとそんな叫びが聞こえた。
いや、それだけではない!
「デジャブるんだよ」
「Ein、Zwei、Drei、Vier!」
「ふん……」
数人の男子の声と窓が割れる音。時折聞こえる重低音は床が砕ける音か。
ここ1、2年の日常になりつつある乱闘だ。
しかも音はだんだんと近づいて来ている。
「く、来るならきなさい!」
逃げる暇なく、生徒の姿が見えてきた。
奇声とともに飛んできた釘がシュピーネの頬を掠めた。
白髪の生徒が2人。
小柄な方がシュライバーで、釘を握っているのがベイだ。
この2人同じクラスで生徒会の役員なのだが、どうにも仲が悪くたかがジャンケンでさえ大喧嘩に発展する。
その後ろから改造エアガンを発砲しながら走るのは、遊佐 司狼。
以前同級生と瀕死になる喧嘩を行った札付きである。
発砲せれているのは、マキナ。
彼も生徒会役員だ。無口で冷静な部類の人間であるが、ときたまこうして暴れる事がある。
「ひぃぃぃぃ!!!!!」
巻き込まれほんの数秒でシュピーネの意識はブラックアウトした。
「ぐぅぅ」
「あの大丈夫ですか?」
しばらく気絶していたらしい。
心配するように数人の女子生徒が遠巻きに眺めている。
普通はもっと距離が近いものだろうが……
頭を振りながら立ちあがると、廊下の端にいる不審人物と目があった。
カール・クラフト。
まるでボロ布のような服装だが、立派な生徒であり、生徒会副会長だ。
女子生徒を見渡せば彼がなぜあんなところに居るのか、容易に想像がつく。
学園のアイドルであるマルグリット・ブルイユ。
カールは彼女のストーカーであり、それを知らない人間はおそらくこの学園にはいないだろう。
「みつけたぞ!」
「一体どうしたのかね、そんなに血相を変えて?」
「テメェ、またマリィの私物を盗んだだろうが!」
「知らんよ。毎回言うがね、私は彼女に嫌がられながらストーキングするのが好きなのであって、直接何かしようなどと……」
マルグリットの彼氏である、藤井 蓮に詰め寄られても平然としているカールだったが、服の裾から大量に写真が落ちた。
「ん?なんだこれ……」
「あぁ、麗しのマルグリットコレクション第1億9千8百61万3千4百49から62番までの数々だ。」
さらっと気持ち悪い事を口走りながら写真を拾い上げるカールに蓮が殴りかかる。
もうそれを抑える気力なども無いし、つもりもない。
ただ、背後から感じる圧力感に、ただ溜息をつくばかりだ。
「卿ら、何をやっている?」
白の学ランを何の嫌味も無く着こなして登場したのは、生徒会長のラインハルト・ハイドリッヒ。
あぁ、なにも聞きたくはない……
彼は別に抑えに来たのではない……
ただ、自分の親友と戯れにきたのだから……
心労で胃が痛くなり、さらに視界が白く染まっていく。
シュピーネは安らかに卒倒した。