-エピローグ-
「合格おめでとう!」
「ありがと! お姉ちゃん!」
抱きつく私の頭を優しく撫でてくれる。
校門前に設置された掲示板。ゆったりと風に舞う早咲きの桜が、祝福してくれてるみたい。
まだ実感は湧かないけど、四月になれば、私もこの学校の生徒。
大好きなお姉ちゃんに一歩近づけた気分になる。
私、秋野椛とお姉ちゃんは、対照的な姉妹だと思う。
キラキラした長い黒髪のお姉ちゃんと、クセのある髪をセミロングにしてる私。
色の白い透き通るような肌のお姉ちゃんと、日焼けして男の子みたいな私。
穏やかで落ち着いたお姉ちゃんと、いつも騒がしくバカやってる私。
勉強が得意で頭の良いお姉ちゃんと、運動神経しか取り柄の無い私。
お姉ちゃんと私は、カッコよく言うと月と地球みたいな関係。
明るい昼間はひっとりと、不安な夜はしっかりと。いつも優しく見守ってくれている。
「これもお姉ちゃんが勉強教えてくれたから。ありがと」
「そんなことない。頑張ったのはモミジだし、私は少しお手伝いしただけだよ」
「ううん。私一人じゃ絶対にムリだったと思う。やっぱりお姉ちゃんのお陰なの!」
私の言葉に、少し困ったような顔をした。
私が通う事になる『県立藤見野高校』は、この辺りでは有名な進学校。自由な校風とか盛んな部活とか制服が可愛いとかで、結構人気がある。でも、そんなのは、ぶっちゃけどうでもいい。
私にとってはお姉ちゃんが三年間通った学校。それだけ。
「私ね私ね」
「モミジ、また繰り返してる」
私は子供の頃から言葉を繰り返す癖があるらしい。落ち着いて喋るようにって、最近お姉ちゃんによく注意される。
「だってだって、今日は一杯喋りたいんだもん」
「ほら、そんな顔しないの」
膨らせた頬を、お姉ちゃんの細い指がつつく。
ぶぅぅぅっと息を吐き、笑った。
「私ね、これから三年間をすっごく楽しく過ごすんだ」
「楽しく過ごすには勉強もしないとね」
「うう、それはそれなりにってくらいで」
「ダメ、学生の本分は勉強なんだから」
「お姉ちゃんって、すっごくマジメだよね。私ね、お姉ちゃんのそういうトコロ……」
ちょっと間をおいてじらしてみる。でも、お姉ちゃんは気にならないのか、優しく微笑んだまま。
結局、気持ちが負けた。
「そんなお姉ちゃんが大好き」
ぎゅっと抱きついた。
「もう、バカ言わないの」
ちょっと照れた風にそう言った。
お姉ちゃんはすごい。料理もできるし、絵も上手い。勉強も得意で、色んな事を一杯知っている。
それだけじゃない。今年、お姉ちゃんは難しい大学の教育学部に入学した。
学校の先生になる。その夢に向かって、しっかりと歩いている。
私も頑張ったら、お姉ちゃんみたいになれるかな。
「どうしたの」
「えへへ、なんでもないよ」
「変なの。にやにやしちゃって」
「だって嬉しいんだもん。ね、記念に写真撮ろうよ」
ポケットからデジカメを取り出した。
オレンジを基調にした丸っこいデザイン。誕生日にお姉ちゃんがプレゼントしてくれたお気に入り。
抱きついたままの私の肩を、お姉ちゃんが腕を回して優しく包み込んでくれる。
あったかい。甘いフルーツの香り。
緩やかに揺れる髪。長い睫毛とキラキラした宝石のような瞳。
胸がドキドキする。
私が妹じゃなかったら、男の子だったら、絶対告白するのに!
「モミジ」
お姉ちゃんの声が妄想を中断させた。デジカメを持った腕を精一杯に伸ばす。
「いくね〜。はい、ちぃず」
ぴっという小さな電子音。
抱きついたまま、撮れた画像を確認した。
小さなフレームの中で、私とお姉ちゃんは微笑んでいた。
バカみたいに笑う私の隣で、優しく控えめな微笑みを浮かべるお姉ちゃん。
「……!」
お姉ちゃんが小さく息を飲んだ。
視線を向ける。寂しそうな表情。零れそうなくらい涙の溜まった瞳。
どうしよう。何か声を掛けたくて、でも、どう言えばいいのか解らなくて。
お姉ちゃんが、そっと目を閉じた。
三年前、お姉ちゃんは大切な親友を交通事故で亡くした。
すっごく落ち込んで、すっごく塞ぎこんでいた。苦しんで悩んで。何もかも捨てちゃうかと想った。
でも、お姉ちゃんはそれを乗り越えて、闇から抜け出した。
私も少しでも支えになりたくて、思いつく限りの事をやってみたけど。結局、何の役にも立たなかったのが悔しい
お姉ちゃんの唇が微かに動く。声に出さなくても解る。三つの音。いつもお姉ちゃんの中にある魔法の言葉。大切な人の名前。
目を開けた。私に向かいにっこりと微笑む。
暗い夜道で見上げる月みたいな、綺麗で優しくて暖かくて、そして強い笑顔。お姉ちゃんがこの微笑みを無くす事は、これから絶対に無いと想う。
「さ、モミジ、そろそろ帰ろうか」
「うん」
くっついてた身体を離す。
「今日は合格祝いだから、モミジの好きなメニューを作ってあげるね」
「やった! じゃあねじゃあね」
ハンバーグに肉じゃが、グラタンにオムライス。カラアゲも食べたいし、パスタだって捨てがたい。
「そんなに食べれないでしょ」
で、やっぱり。
「じゃあ、カレーライスがいい」
「一昨日もカレーにしたのに?」
ちょっと呆れたみたいだった。
しかし。ここで退くわけにはいかない。
「あのねあのね。私ね、お姉ちゃんのカレーが大好きなの」
お姉ちゃんが小さく溜息を溢す。
「解った。モミジのリクエストに応えないとね」
「やったぁ!」
「帰りにスーパーに寄らないと」
「うん、じゃあ走っていこう!」
「え、待ってよ」
お姉ちゃんの手を引いて、強引に駆け出した。今は走りたい気分だった。
〈Fin〉




