09月13日 晴
朝晩は少し柔らかい空気を感じる。秋はすぐ近くまで来てる。
秋は一年で一番優しい季節。今から待ち遠しい。
今日は有紀の意外な一面を知った。
ちょっとだけ見方が変わった。
☆ ★ ☆
昼休み。
最近は有紀達と集まって、屋上でお弁当を食べるようになった。
騒がしいのは好みじゃないが、のんびり集まって食べるのも悪くはない。
今日の話題は有紀が田舎に帰った時に体験した怖い話。
「振り返ると、そこに白い着物姿の女の子が立ってたの」
私を含めた数人が、有紀の言葉に小さく息を飲む。
「その子は私の方を見て、かすれる声でこう言ったの」
じっくりと間を取る。ついつい引き込まれてしまう。
「逃がさないから」
誰かが小さく悲鳴を漏らした。絶妙のタイミング。背中に悪寒が走る。
「で、それからどうなったの」
「ふっと意識が無くなって、気がついたら病院で寝てた」
大きく息をついて、緊張を解く。
内容はともかく、有紀が怪談話を得意にしてるのは間違いない。
「後から聞いた話だけどさ。その子さ。数年前にその学校で飛び降り自殺した子なんだって」
蛇足的な付け足し。学校で自殺した子が着物姿というのは、随分と違和感がある。
しかし、折角の気分に水を差すのも悪い。ここは黙っておこう。
「幽霊とか全然ありえないって思ってたけど。マジ信じるしかないね」
有紀のコメントをきっかけに、幽霊を信じる信じないの議論が起こった。次々と安っぽい意見が飛び交う。
「カエデも幽霊って信じるタイプ?」
私にも質問が投げられた。
このグループは、下の名前で呼び合う事が多い。
苗字で相手を呼ぶのは私だけ。
馴れ馴れしいのは嬉しくないと思いつつも容認せざるを得ない。
皆の視線が私に集まっていた。私の答を期待しているのだろうか。そんな気の利いた返事ができるはずもないのに。
「私は……」
信じていない。霊魂や死後の世界なんてナンセンスだ。
死んだらお終い。何もかも消えてしまう。
だから、人は生きている今を大切にしないといけない。
以前の私なら迷いなくそう言えただろう。
しかし、サクラは。消えてしまったはずのサクラの電話は。
答えに迷った。
「カエデはこう見えて信じるタイプなんだよ」
有紀の言葉に意外そうな声が上がる。
「そ、そんなことない」
自分の答えが見つかってもないのに、慌てて否定する。
「私は知ってるんだよね。小学生の時にUFOの写真撮りに行ったりしてたんだよね」
「そ、それは」
「うわ、それって超意外」
「っていうか、実はマニア?」
「人は見かけによらないよね」
私の反論を聞こうともせずに、皆で騒ぎ立てる。
あまりに低レベルな会話に呆れつつも、どことなく心地良い感じがした。
「ね、クレープ食べてかない?」
放課後、荷物を片付けていた私に声を掛けてきたのは、有紀グループの一人。以前、私の事で有紀にぶたれた片方の子だ。
茶色に染めたセミロングの髪に、大きな目。水色系のシャツにスタンダードなタイ。
ゴシップ好きで有紀以上に騒がしく、いつも馬鹿笑いをしている。
「ううん。家事当番あるから」
「家事当番、そんなのあるんだ」
瞳をより大きくして、私は家事とかぜんぜん親任せ、と自慢にもならない事を言う。
「有紀も用事があるとかでさ」
なるほど、だからこの子が誘いに来たのか。損な役回りを押し付けられた点には少し同情する。
「ね、マジで行かない?」
小さく首を横に振った。
「そっか、UFOの話とか聞きたかったのに」
「だから、違うって」
昼休みの話で私はUFOマニアになってしまたようだ。
思わず苦笑を漏らす。
「でもさ。カエデ、最近変わった」
意外な言葉に耳を疑う。
「いつもうじうじしてるし。声掛けてもバッサリ。コイツはヤなヤツだなって」
確かに愛想が良い方ではないと思うが、そこまで酷くはないだろう。
「でもさ、最近変わったよ。うんうん」
納得するように何度も頷く。
「じゃ、私達いくからさ。今度は一緒にいこ」
そう残して、ドアの近くで皆と合流する。
と、そこで私の方を向いて、大きく手を振った。
そんなに私は変わったのだろうか。いや、ただ距離が近づいただけ。
きっとそう。
気がつけば皆の後ろ姿に小さく手を振っていた。
駅を挟んでショッピングモールの向かい側は、私も良く利用するスーパー。
古い三階建。一、二階は生鮮食品や日常雑貨。三階は文具や玩具も置いてある。
品揃えはまあまあと言ったくらいだが、何より安い。
低い音を立てて開く自動ドアを潜り、プラスチックのカゴを取って、奥の野菜コーナーに向かう。
「ドジなんだから」
並んだ野菜を見ながら、苦笑が漏れた。
借りていた本を図書館に返却して、家に向かっていると携帯が鳴った。
モミジからだった。
「あのねあのね」
切羽詰った声。何事かと思った。
「今日ロールキャベツにしようと思ったんだけど……」
一つずつラップに包まれたキャベツを手に取る。
値段は。まあこんな物かな。
「キャベツ買い忘れたの」
ロールキャベツにキャベツを買い忘れるなんて、何を作るつもりだったのだろう。
文字だけで遊ぶと、ロールになるんだろうか。
いくつか見比べて鮮度の良さそうな物をカゴに入れた。
明日の当番は私だった。ついでに野菜を買い揃えておこうか。
ビニールに詰められた特売品のジャガイモに手を伸ばし、と不意に横から伸びた指に触れた。
慌てて引っ込めて驚く。向こうもびっくりしたようだ。
「カエデ」
「石嶋」
珍しいところで会った。
「なんでこんなところに」
はっと嫌な想像が浮かんだ。
「まさか、万引き?」
「誰がするか」
少し呆れた口調だった。
「アンタさ、いつも私をどんな目で見てるのよ」
「あ、ごめん」
「買出しだよ。買出し。この季節さ、野菜とか傷みやすいじゃん。だからマメに買うようにしてるんだ」
有紀の持っているカゴには、ニンジンやキャベツ、少し多めのリンゴが入っていた。
「意外そうな顔すんな」
「石嶋って料理するんだ」
「ま、それなりに、かな。キャラに合ってないのは認めるけどさ」
ジャガイモの袋を無造作に掴んで、カゴに放り込む。
あれこれ比較とかしない、大雑把な買い物だ。
「ジャガイモはレンジでチンして、マヨネーズかけたら超美味しいよね」
ワイルド。
それは料理の範疇ではない気がする。
「後は冷凍食品かな」
売り場まで移動した。ひんやりとした空気が心地よい。
私の家ではインスタントや冷凍食品はあまり使わない。
パパが凄く寂しそうな顔をするから。
それにしても、色んな商品が出てるんだ。美味しそうなパッケージ。
下手に料理するくらいなら、ずっと手軽で美味しいんじゃないだろうか。
「これとこれと、これもいいかな」
目に付いた物を次々とカゴに入れていく。
そんなに買ってどうする気なんだろう。
「こういうのって手間要らずで美味しいじゃん。お弁当にも使えるし」
私の疑問に一言で答える。
「買い溜めできるし、冷凍食品が無かったら、うちは餓死しちゃうよ」
ひっかかる言葉。少し迷ったが、聞いてみる事にした。
「石嶋が御飯つくってるの」
「あ、夜だけね。朝はあんま食べないし、お弁当は妹の担当だから」
「石嶋の家も当番制なんだ」
意外な共通点に驚いた。
「違うよ。分担してるだけ」
「分担?」
「そ、妹とね。ウチは母子家庭だからさ」
あまりに何気ない言い方に、聞き間違いかと思った。
「あれ、知らなかった?」
衝撃で固まってしまった。辛うじて頷く。
「私が生まれてすぐにさ。親父逃げやがったんだ」
「あの、その」
「ん、なに」
「えっと、ごめん」
一瞬の沈黙をおいて、有紀が声を出して笑う。
変な事を言っただろうか。悪いことを聞いたと思ったのに。
馬鹿にされたような気がして、ちょっとむっとする。
「それなりに不自由なく暮らしてるから、別にそんな風に思わなくてもいいよ」
陰りのない言葉だった。
いつも騒がしく、いつもバカ話をして、いつも笑ってる有紀。
辛い事も、寂しい事も、嫌な事も一杯あっただろう。でもそれらを乗り越えて、今の有紀があるんだなと思う。
サクラの死から立ち直れない私とは違う。違いすぎる。
「なにしてんの? 買い忘れ?」
考え込んでしまった。
有紀は冷凍食品で一杯になったカゴを手にレジの方に向かっていた。
少し足を早めて後を追う。
会計を済ませて外に出た。
レジ袋を両手に抱えている有紀は、いつもとのギャップがあって、なかなか愉快だ。
「にたにたして気持ち悪いな」
「ううん。なんかちょっとイメージが違うなって」
「カエデが私に抱いてるイメージってのが間違ってんの」
それはそうかも知れない。
妙に納得する私を気にするでもなく、レジ袋に手を入れた。
取り出したのはリンゴ。光沢のある赤が夕日に映える。
「カエデも食べる?」
意味が解らない。
食べると聞かれても、ここには皮を剥くナイフも、盛り付ける皿もないのに。
ハテナマークを浮かべる私の前で、手に持ったリンゴをシャツにこすり付け。
思わず絶句した。
皮のまま、切り分けもせず、洗わないままで、いきなりかじりついたのだ。
シャクシャクと繊維を噛み潰す音。
「なに、鳩が豆食ったみたいな顔して」
「信じられない」
辛うじて言葉が出た。
行儀とかそんな話じゃない。買った果物をそのまま食べるなんて信じられない。
「ばっかじゃない? こうやって食べるのが、いっちばん美味しいんだよ」
そう言って、もう一口。
「カエデもやってみなよ」
もう一個取り出して、私に強引に押し付ける。
「こうやって、少し表面を拭いて、そうそう」
言われるがまま。
「で、後はかじる。本能に任せて、ひたすらかじる」
ちょっと抵抗を感じつつも、口をできるだけ開けて……。
シャク。
「どう、美味しいでしょ」
嬉しそうな顔。してやったりという表情が気に障る。
「別に普通のリンゴだよ」
「あ、素直じゃないね。美味しそうな顔してたのに」
「それはこのリンゴが美味しいだけ」
もう一口かじる。
口中に香りと甘酸っぱさが広がる。
リンゴってこんなに水々しかったんだ。
意外な発見に驚いた。




