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08月17日 晴

 今日、皆でプールに行った。

 プールサイドでお酒を飲んでゆったり過ごしてるパパ。

 水しぶきを上げてはしゃぐママとモミジ。

 家族そろっての楽しい一日になった。

 

 

                    ☆  ★  ☆

 

 

「カエデの水着姿、見たかったなあ」

「もう、変な言い方しないで」

 そう答えて、くすくすと笑った。

「モミィは泳げるようになった?」

「去年よりはマシになったと思うけど、まだまだ浮き輪がないとダメな感じ」

「ちぇっ、あたしが居れば、今年こそ泳ぎの達人にしてあげたのに」

「あんまり厳しくすると、また泣いちゃうよ」

「それは違うよ」

 ちっちっちっと舌を鳴らす。

「運動には特訓が必須なの。その汗と涙が自分を強く大きくするんだよ」

「特訓って……」

 古いマンガでしか聞いた事のない単語に苦笑してしまう。

「それを乗り越えていくのが、青春なワケよ。うん」

「乗り越えたらどうなるの?」

「え、それは、その」

 そこから先は考えてなかったようだ。言葉を揺らすサクラに。

「ね、なになに、何が待ってるの?」

 更に意地悪気に聞いてみる。

「だから、えっと、その、そう! 特訓の先にあるのは猛特訓だよ!」

「なにそれ」

「猛特訓の次は超特訓、続いて激特訓とグレードアップしてく感じ」

「凄そうなのは分かるけど、最後はどうなるの?」 

「うぅぅぅん。それは私にも良くわかんないんだよね」

 私とサクラの笑い声が重なった。

 

 

 携帯をしまって、小さく伸びをする。

 夏休みも残りは僅か。後の課題は創作童話だけ。

 一向に進まない原稿用紙の前に座った。

 元来、創作活動には向き不向きがある。それを課題として強要するのはどうだろう。

 と、恨みがましくなってる自分に呆れる。

 たかが課題。夏休みの宿題なのだ。

 適当に書いてしまえば良いのに。昔から私は要領が悪い。

 サクラに相談してみようかな。

 雑談の話題としては面白いかも。

 キラキラと砂が踊った。

 サクラの事を思うと、つい砂時計に手を伸ばしてしまう。

 落ちている砂は、少しずつ確実に増えている。

 実感はないが、何かが変わりつつあるのだろうか。

 なんとなく気になって、ポケットミラーを覗き込んだ。

 相変わらず表情の乏しい顔。

 昼間のプールで焼けたせいか、いつもより健康的に見えた。

 それだけじゃない。

 少し前まで、この鏡に映っていた顔は真っ赤な目をして、頬には涙の跡があった。

 毎日毎日、一人になっては泣いていた。

 やはり少しずつ変わってきているらしい。

 もちろん、それはサクラを忘れたからでも、自分が強くなったからでもない。

 サクラの電話が、モミジや家族の優しさが、私を、あまりに弱い私を支えてくれている。

 あと、ちょっぴり有紀の存在もあるかも。ホンのホンの少しだけど。

 シャーペンを手にした。ただの夏休みの課題。難しく考える必要はない。

 今、思う事を書けば良い。

 舞台は遠い外国。静かな森の奥。

 そこに住む小さな妖精の話にしよう。

 

 

                    ☆  ★  ☆

 

  

 これはずっとずっと昔、ずっとずっと遠い世界の話。

 そこには優しい光と綺麗な緑に囲まれた森がありました。

 その森の奥の奥。小さな妖精が住んでいました。

 妖精には友達が居ました。

 何よりも大好きで。何よりも大切な友達。

 二人はどこに行くのも。楽しい時も苦しい時も。

 いつも一緒。ずっと一緒。

 それが普通で、それが永遠に続くと思っていました。

 でも。

 ある日、友達が居なくなりました。

 妖精はあちこち探しました。

 いつも一緒に遊んだ草原。

 いつも景色を見ていた木の上。

 いつも蜜を飲んでいた花畑。

 いつも一緒に居た場所も、行ったことがない場所も探しました。

 何日も何日も。

 友達を見つける事はできませんでした。

 最後に妖精は森の一番奥の泉までやってきました。

 もう夜、周りは暗くて、空には月と星の優しい光だけ。

 あちこち飛び回って、喉がカラカラ。

 水を飲もうと思い泉を覗き込みました。

 と、キラキラと月と星の光が水面を照らしました。

 妖精は驚きました。

 キラキラと反射する泉に友達の姿が浮かんだのです。

 ドキドキしながら声を掛けると、泉の中の友達が優しく微笑んで、自分が旅立った事を告げました。

 妖精は泣きました。

 そこは森からずっとずっと遠い場所。

 どんなに頑張っても妖精の小さな羽根では辿り着けない場所だったからです。

 悲しむ妖精に友達は囁きます。

 月と星が輝くホンの少しの時間だけ、この泉の水に姿を映す事ができると。

 妖精は毎晩、泉を覗き込みました。

 そこにはいつも変わらない友達の姿がありました。

 微かな時間だけ、気まぐれな月と星の輝きが起こす奇跡。

 ある日、妖精は決めました。

 ずっと住み慣れた森を出て友達に会いに行こう!

 泉の水をすくって、鏡を作りました。

 これでがあれば、泉から離れても友達に会う事ができる。

 友達の笑顔があれば、その小さな羽根でどこまでも飛んでいける。

 

 

                    ☆  ★  ☆

 

  

 ペンを置いた。

 妖精は小さな羽根を羽ばたかせて、いくつもの国を超えていった。

 苦しい事も危険な事も。小さな身体で、精一杯の勇気で乗り越えていった。

 沢山の出会いがあって、親切な人に助けられて、旅を続けた。

 一杯笑って、一杯泣いて。

 小さな妖精は私の分身。いや、泣く事しかできなかった私の憧れ。

 私はサクラにもう会う事はできない。でも妖精は……。

 結局、最後まで書き上げられなかった。

 ハッピーエンドも。バットエンドでも。

 どちらも納得できなかった。

 だから。

 大きく伸びをした。身体のあちこちが悲鳴を上げる。数時間、デスクに座ってペンを走らせていたからだろう。

 立ち上がって窓まで移動し、柔らかい光が差し込んでくるカーテンに手を伸ばす。

 少し勢いをつけて開けた。太陽が顔を見せつつあった。

 もう一度、全身を伸ばす。

 眠っていないのに、気持ちはすっきりしていた。

 今日も一日頑張ろう。


 

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