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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

飽和幸福量

作者: 箱猫


「俺、先輩には幸せを感じてほしくないです。」


なんて後輩の唐突な一言は、俺を混乱させるだけで。

今の俺は物凄く間の抜けた顔をしているだろう。


「だから、幸せにならないでください。」

「…え。いや、ちょ…。」

「いえ、幸せになってほしいんですけどなってほしくない…うぅ。なんて言ったらいいのか…。」


混乱しているのはあちらも同じで。

俺は頭を抱えて混乱している馬鹿な後輩を眺める。

現役美術部員でない彼と現役の俺。きっと技術は俺の方が上。でも顔とか体つきとかで負けた気がするのはきっと気のせいじゃない。

青みがかった瞳は、ただ一言、綺麗だった。


「紙とペン。要るか?」

「いいです…。お気にせず。」


持っていたメモ帳とペンはしまって、もう一度後輩、(ひさ)を見る。

悶々と頭を抱えている。うーとかあーとか唸ってる。

そりゃそうだ。久は理系で、語学には向いていない。動詞は解っても助詞は解らないタイプ。

人間には何故得手不得手があるのだろうか。それは多分ひとつとして同じ脳みそはないということなのだろう。


「えっと…ですね。」

「うん。」

「先輩は、どんなとき幸せですか?」

「そうだなぁ…。」


俺の幸せ。

1、寝るとき。

2、綺麗な色が出来たとき。

3、今。

…ざっとこんなものだろうか?大きかないが人並だと思う。

だが、それがどうしたというのだろう?


「眠い時寝れるのは幸せだな。」

「あー…なんていうか、先輩らしい。」

「あとは絵の具。」

「先輩って青系作るの上手いですよね。」

「あと、今が幸せ。」

「俺もです。」

「で、それがどうかしたか?」

「内容は別に問題じゃないんですが…。じゃあ先輩はどうしてそれらで幸せを感じるんですか?」

「…はぃ?」

「幸せだと思うってことは、何か不幸を感じた事があるってことでしょう?」


不幸…というより、不満だろう。

例えば、眠いとき。

例えば、色が思うように作れないとき。

例えば…久が居ないとき。


「幸せだと思えるのは、不幸がなことがあったから。つまり、幸せだと感じないなら、幸福が当たり前になっているなら、その人は不幸じゃないってことでしょう?」

「そりゃ…理屈はな。」

「俺、先輩には不満なんて感じてほしくないんですよ。だから、幸福でいっぱいになってほしい。」


幸せに満たされる。

それは、きっと、日々を怠惰に過ごしてきた俺の父親の事を言うだろう。

なんの不幸もなく、ただ生きていた。

幸福も不幸も、彼にとっては無いも同然。


飽食した幸せは人を殺す。そんな事を言ったのは誰だった?


「だから、先輩には幸せを感じてほしくないんです。」

「それは無理だ。」


なんたって、身近な例があるのだ。

幸せに殺された人間。

そんな人間に、なりたいとは思わない、思えない。

泣いて笑って怒って拗ねて、いろんな感情を感じていたい。久と一緒に。


「俺はもう不満を感じているからな。」

「え…えぇ!?ご、ごめんなさい先輩!俺本当に鈍感で…っ!何かお気に障りましたか!!?もしかして俺無意識に先輩に何か失礼を…!!あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ…………!」

「一人で飛躍するな。そんな大きな不満じゃない。」


止めておきながら思う。俺はあうあうとひとり暴走している久を見ているのが楽しくて好きだ。

ほら、こんな事でも俺は幸せを感じてしまうのだから。幸せを感じるなという方が無理なんだよ。


「先輩じゃなくて(あたう)と呼べ。」

「あ…与さん。」

「…譲歩しよう。」


それでも、久が俺に幸せを感じてほしくないと望むのは、

これは、久が俺を想ってくれている…と思っていいのか?


「あ…もうこんな時間だ。与さん。帰りましょう?」


俺の横に立って手を差し出す久。

俺はその手を迷わずに取った。



(君と色んなものを見て、聞いて、感じていきたいんだ。)



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