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アイテム鑑定士の業務内容  作者: 冴野一期
一章(前編)
9/27

項目9:王女とメイドとの暮らし方。

 その夜、ルーインの街は、バケツの水をひっくり返したような大雨に見舞われた。

 表玄関の看板は、当然のように「閉店中」だと告げていたが、そんな時でも平然と扉を開けて入ってくる客がいる。

「よぉ! ジーク!」

 鈴の音は強い雨音にかき消され、聞こえなかった。客は雨に負けじと叫ぶ。

「昨日ぶりだな!」

「表の看板が見えなかったのか!」

「雨が強くてな!」

 ずぶ濡れになったエリオットの側には、連れが二人いた。共に暗色のローブを被り顔を隠していた。

「――夜分遅くにすみません、ジークさん」

 連れの一人がフードを取り払う。昼に訪れていたフィノだった。両手に抱えた大きな荷物を、重たい音を立てて置く。

「ぁ、ぅ……」

 さらに、フィノの足下にひっつく最後の一人。この場では頭ひとつぶん小さい。フードの下から覗くまぶしい金髪と、明るい翠色の瞳が、ジークハルトを恐ろしげに見上げていた。

「……おい。エリオット、こいつは」

「あぁ、リーアヒルデ王女だ。御身を一時、俺達が預からせてもらうことにした」

「どういうつもりだ。ここへ連れてくる必要はねぇだろうが」

「実は、少し気にかかることがあってな。俺たちのギルドも安全とは言い切れん」

「……だから? なんだってんだよ」

「明日には、俺も森の捜索で留守にせねばならん」

「知るかっ!」

「俺がいない間、王女の護衛を頼んだぞ」

「おいっ! ふざけんな!!」

 殺意すら込めてエリオットを睨むも、

「ジークさん、私からもお願いします。さぁ、リーアヒルデ様も」

「……お、おねがい、しま、う……」

 残る二人が揃って、ていねいに頭を下げてくる。一歩離れたところから「断れんだろう?」と、エリオットが得意気な顔を浮かべていた。


 一夜が空けた。

 朝が来るのと同時に雨は去ったのか、空は綺麗に晴れていた。

「……ねっみぃ」

 茶の短髪をかきながら、マズいコーヒーを片手に、店の表に通じる部屋までやって来る。玄関に手をかけたところで、すでに鍵が開いていることに気がついた。

「ふん、ふん、ふふん♪」

 鼻歌交じりに、店の前を箒で掃いているメイドがいた。城中や貴族の屋敷では珍しくも無いが、下街とも呼べる職人たちの住むところには、使いにでも出されない限り見ない姿だ。

「あっ! おはようございます。ジークさ――――ご主人様」

 あろうことか、場末の鑑定士の男を、様づけ呼ばわりだった。まだ陽が上がりきらぬ早朝から妙な幻覚でも見てるのか。そんな顔をしつつ、ジークハルトは店の中へ取ってかえす。すると今度は、

「…………ぁ……」

 廊下に続く扉の向こう。こっそり顔だけ出している、金髪翠瞳の子供と目が合った。

「ひぅ!」

 ジークハルトの記憶では、背中までなびいていた金髪は、今は自分と同じほどに短く、耳元で切り揃えられている。着ている服はありきたりなシャツの上に、大工たちや、その使い走りの少年たちが着る作業用のツナギだ。頭は長い耳を隠すつもりか <たれ> のついた帽子を被っていた。

「フィー……。どこ……?」

「あのな」

 ジークハルトが根負けしたように前に出る。途端に「ひっ!」と両肩を振るわせて、部屋の隅に走っていった。おどおどしながら謝った。

「……ご、ごめん、なひゃい……」

 まるで母親から離された、力のないウサギ。ジークハルトがますます不機嫌そうに眉をしかめると、目の前の小動物はガクガク震えて、さっと作業机の影に隠れた。

「どうしろってんだよ」

 思わずといった感じで呟いた時。

 玄関の扉が、明るい鈴の音を立てて再度開いた。

「どうしたんですか、ご主人様?」

「フィ~~っ!!」

「あら」

 エルフの少女が、全力で、弾丸のようにまっすぐ駆けた。ジークハルトの隣を抜けて、途中でこけそうになりながらフィノに抱きつく。受け止めたメイドは、箒を壁際において小さな頭を愛しそうに撫でてやる。

「リアン様、もうお目覚めでしたか」

「リアン? ――あぁ」

 偽名かと納得する。それから仲睦まじく、抱き合う二人を見比べた。しかし少年に扮したリーアヒルデはともかく、フィノが、メイドの格好をしてる理由はよくわからない。

「フィー、どっか行っちゃったと思ったっ!」

「大丈夫ですよ。私はどこにも行きませんからね」

「えへ~」

 幸せそうに、白いエプロンの胸元に顔を寄せる。そして、メイドに転職した知り合いは、紫色の瞳を細めて微笑んだ。

「ご主人様。リアン様が目を覚まされたようですし、食事の支度にいたしますね」

「……いいんじゃないか」

「かしこまりました。ご主人様」

 恭しく礼をしてくるメイドに対して、ジークハルトは、すごく気まずそうな顔を浮かべる。何気なく手にしたコーヒーを煽れば、いつもより、苦い味わいが広がった。


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